2.鐘の音色と共に物語は始まる
時代は中世ヨーロッパ。
石畳と石造りの建物が立ち並び、多くの人が代わり映えの無い簡素な作りの、衣服を身に纏うのが当たり前とされるこの時代は、庶民と貴族とが階級で区分され、身分の違いが明確に線引きされていた。
そして、庶民を虐げる貴族や圧政をする王族などが度々現れ、庶民にとって生きることが現代よりも難しい時期が、幾度も襲い掛かる理不尽な時代でもある。しかし、庶民の商売根性はいつの時代も変わらない。
「安いよ安いよ!そこの綺麗なお姉さん!取れ立ての林檎はいらないかい!お買い得だよー!!」
市場に新鮮な果物や野菜を並べて、客引きの声が辺り一帯から聞こえてくる。
ここは城下町のメインストリート。人通りが多いため商売をするならここ以上の場所はない。日銭を稼ぐために彼らは競い合うようにして、次々と客を捌いていき商品を売っていく。
そんな賑やかな喧騒が溢れるこの場所に、突然似合わない怒鳴り声が響き渡った。
「邪魔だ!!退けッッ!!」
「どわあ!?」
市場が開かれる人通りの多い道を、無理やり掻き分けるように突き進む男は、進行方向にいた線が細い男性を遂に突き飛ばした。どこかで買ったと思われる真っ赤な林檎や、瑞々しいレタス、カリフラワーが彼の荷物から溢れ落ちてしまう。
辺りにばら蒔きながらどんもりうって転ぶ男性と、なりふり構わず人を押し退けて走る男を目撃したすぐ近くにいた女性が、悲鳴を上げ場は騒然となった。
見窄ぼらしい小男はそんな周囲のことなど微塵も気にせずに、一心不乱に人垣を掻き分けて無理やり前へ進んでいく。
だが、そんな迷惑極まりない男を追う人影が四つ。それは男女混成の凸凹なグループであり、年齢も含めた様々なところで合わなそうな組み合わせだった。
それこそ、現在も背が高い灰色の髪をした青年が、隣を走る赤みがかった茶髪の少年に向けて、こめかみに血管を浮き上がらせながら怒声を放つ。
「テメェふざんけんなよ!?バカチビトール!!何でいざ取っ捕まえるときに限って転けるんだよ!?」
「う、うるせーな!仕方ねーだろ!終わったことグチグチ言ってる暇あんなら、さっさと走れアホノッポルーク!アイツの持ってる情報がねーと、これからの計画に支障が出てきちまうんだぞ!」
「だから、その手間を増やしやがった奴が言ってんじゃねえッ!!」
背丈で言うなら赤みがかった少年が155cmほどで、灰色の髪質の青年が175cmくらいだろうか。見た目だけで言うなら第二次性徴前後の差があるような二人だが、上下の関係があるようには見えない。
まるで、兄弟喧嘩にも見える二人のやり取りを、彼らの後ろを走る少女がかなりマジな顔でキレた。
「ちょっと貴方達ッ!いい加減にしてくださいまし!貴方達のせいで一番割りに合わないことをしているのが他でもないこの私、ハンナ・フォーサイスでしてよ!?
あまり調子に乗っていると二人まとめて張り倒して、地面へキスさしあげましょうか!?ああんッ!?」
庶民の服を着ながらも、明らかに庶民からかけ離れた上品さを醸し出す普段の振る舞いも、全力で走りながらでは見る影もない。
年の割りに女性的な魅力が溢れる彼女でも、そう言ったものを放り投げたとしても言わなくてはならないときがあるのだ。
だが、ここには彼女以外にも沸点が超えているものがいた。
「だああああッ!!本当にうるせェなガキ共ッ!ピーピー喚くんじゃねェ!!アイツをみすみす逃がしやがったら、お前ら全員無賃金で労働させてやるからなッ!!いいか、分かったかッ!?」
ハンナと並走するのは、十代の三人よりもずっと大人な30代の大柄な男だ。普段から鍛えているルークよりも遥かにマッチョな男であり、頬に傷跡を残し地肌が黒いスキンヘッドに髭を生やしたその姿は、多くの人が想像する荒くれ者としか言いようがない。
彼の名前はバイロン。彼らが所属する組織の上司であり今回の男の追跡もその組織として、何としてでも達成しなければならない案件だ。ここで捕まえることができなければ本気で働かせるつもりである。
「くそッ……お遊び気分でしかないとでも言うつもりかいなッ!!」
男はそんなどこか軽く聞こえてくる賑やかな声に舌打ちをしながら、人が多い大通りから路地の奥へと入り追手を撒こうとする。この辺りは男の庭だ。土地勘もない余所者に追ってこられるわけもない。
しかし、男の追手は普通ではなかった。
「トール!このままじゃ撒かれますわよ!?もう【精霊術】使ってもいいのですよね!?」
「ああ!こんな裏路地じゃあ気取った憲兵もいやしねー!使っちまえ!」
「畏まりました……それでは、行きますわよ!」
そう言うといきなりその場に静止し、地面を手に当てた庶民のワンピースを着ながらも、溢れ出る気品を隠そうともしない少女の伸ばした橙色髪が、強い風が吹いて無いにも拘わらず僅かに靡き始める。
先程までと調子の変わった彼女は、まるで祈るように祝詞を紡ぐ。
「『原初の四属性である地の精霊よ、不肖なる我が身に宿りて汝の敵を指し示せ──【グランドサーチ】』!」
すると、長い橙色の髪の先をドリル型に巻いた少女の瞳に、緑色の光が灯る。すると、彼女の視界では目の前の建物が透過し、逃げる小男の姿がボンヤリとした緑色の姿として見えるようになった。
「あの男は南南西に向かっています!私が先導しますので追いかけて来なさい!おバカ達!」
「「誰がバカだ!」」
そこからというもの、男がどれだけ抜け道を突き進もうが、四人の追手は迷い無く突き進み、最短経路を走り抜ける。そして、トール達の目の前に逃げる小男の姿が肉眼で捕捉できた。
「よし、見えた!それじゃあ、ここから本気だあッ!!」
そう言うと、トールの速力が《《まるで世界からの後押しがあるかのように急激に加速した》》。体力を消費して速度を上げるその速さは、走る馬と同等のもの。
通常の人間の速力で逃げ切ることは不可能だ。
「はあ!?……ああ、クソッ!!」
「おっと!」
男が振り返り慌てて懐の獲物を取り出すが、三角飛びでその攻撃を躱して、そのまま膝蹴りを側頭部に叩き付けた。
「とりゃあッ!!」
「がはあ……ッ!?」
その鋭く速い攻撃を受けて、痛みで怯んだ男にトールはさらに腰に提げた剣を鞘に容れたまま、追撃で鳩尾にめり込ませるように一撃を食らわせる。
「そいやッ!」
「ーーゴフォッ!?」
一回転してあとにカランッと男は短刀を取り落として動かなくなる。そこにルーク、ハンナ、バイロンまで到着すれば、身体能力が男よりも遥かに高い四人が揃い踏みとなり、この時点でこの男が逃げ切ることは絶対に不可能となった。
このようにして、彼ら原作主人公一行の物語は始まるのだ。
そんなトール達の事を上から眺めるものがここに居る。その男は彼らを見下ろすように高い建物の縁に立ち、外套をはためかせ誰にも察知されることなく、そこに一人佇んでいた。
まるで、世界から排斥されているかのように、人間だけではなく通り過ぎる鳥などにも見付けられないその姿は、この世界において一つの頂点に登りついていることの証明だった。
目元をフードで隠した男は口を開く。
「この国を……いや、世界を変え救済する四人が現れたか」
影となっている外套の内側には、この世にある様々な艱難辛苦を乗り越えてきたような、とても40~50代には見えない彫刻のような引き締まった肉体が。
数多の修羅場を乗り越えてきたような、鷹のように鋭い眼光が。
燻んだ金色の長髪は乱雑に伸ばされ、本来ならばだらしない印象を受けるだろうが、彼の眼光とその立ち振舞いによりその男のただならぬ覇気をさらに際立たせる。
もし、彼を認識できるものが現れるとするなら、理性と野生を併せ持った獅子を想像することだろう。
ガラァァン!ガラァァン!と、外套の男はすぐ後ろで時刻を告げる、大鐘楼の鐘の音が鳴り響く。
その音に紛れるようにして、眼下に広がる世界を見渡しながら、一つの区切りを告げるかのように告げた。
「ようやく物語が始まったか。この【Ribellione † Leggenda】の世界が……………………いや、流石に10年は長過ぎじゃね?」
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