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1.プロローグ 現実の最期

「ぐふっ!うふっ!にひひひひひひっ……」


 とある町のとあるマンションの一室で、タブレットの購入履歴を見てニヤニヤと笑う20歳の男。

 口角を上げて笑う彼は体の内側から溢れる愉悦を噛み締めきれず、ついには一人っきりの部屋の中で口に出して話し出した。


「クククッ……明日からようやく【RL】が思う存分やれるぜ!いやー、長かった~っ!!マジでバイトしまくって金稼いだ甲斐があるわー!」


 カシュッ、と小気味良い音を鳴らしながら缶ビールのプルタブを開き、彼はゴクゴクと喉を上下に嚥下させてビールを流し込んでいく。コンビニで買った唐揚げと枝豆をツマミに彼は一人祝杯をあげていた。


 彼の名前は酒粕(さけかす)天星(てんせい)


 彼は平均的な良くも悪くもない普通の顔と雰囲気で、突出する特徴があるわけでもない、今年飲酒という楽しみができたどこにでもいる男だった。

 彼は明日から始まる夏休みよる長期の休暇をあることに捧げる日程を組んでいる。全ては明日からの毎日を満喫するためのバイト漬けの日々だったのだ。

 そんな彼が楽しみにしている物こそ、ミーハーの彼らしい今注目されている大人気のゲーム、2055年の現在、VRMMOが一般的となった昨今で一際有名になった超人気作品。


 そのゲームのタイトルは【Ribellione † Leggenda】。【RL】と略称で親しまれる大人気ゲームである。


 まるで、リアルのように見えるゲームグラフィックに、現実世界さながらの感覚を味わえる、今までにない高性能の物理エンジンを詰んだ新感覚ゲーム機、【バーチャルキャスト】によって表現される中世ヨーロッパの世界観と、VRMMOならではのバトルシステム、そして秘められた謎解き要素が話題に話題を呼び、世界中のゲーマーを熱狂させることとなった。


「数年前のVRゲームはあくまで映像だけのもので、専用の機具を用意しなくちゃ、怪我するリスクがあったんだよなぁ。

 それが今じゃ、完全没入型VRMMOの【バーチャルキャスト】でフルダイブの時代に変わって、意識だけ飛ばすのが当たり前になるとは……時代は変わったもんだ」


 2040年に発売された【バーチャルキャスト】は、それまで開発されていたVRMMOとは、隔絶した性能を有していた。

 仮想世界を完璧に再現しながら、プレイヤーにとって有害となるフィードバックは全てカットされた、VRMMOの理想とまで言われたゲームハードだ。

 その【バーチャルソフト】が発表された5年後の2045年に発売されたゲームこそ、【Ribellione † Leggenda】なのである。

 だが、今世間で話題となっているのはその二作目だ。


「【Ribellione † Leggenda 2】。10年振りに発売された続編だけどめちゃくちゃ売れてるしレビューも絶賛ばかり……なんだけど、……俺って今の今まで無印もやってこなかったんだよなぁ……」


 そう、彼はこの人気作に今まで手を出してこなかった。ミーハーな彼がしなかった理由は単純明快。


「完全没入型VRMMOとか事故ったら絶対ヤバいし、それこそ植物状態とかなったりするとか考えるとすげー怖い、マジで怖い。

 え?なんでアイツら家庭用ゲーム機に自分の五感を委ねられるの?サイコパスなん?絶対にどっか螺子の外れた気狂いそのものだろ。

 学生の時は、周りの奴らが『マジでVRMMOサイコー!』とか、言ってるの聞きながら『あっ……、コイツら近い内にゲームの事故で死ぬわ……』って正直思ってた。近い将来、『アイツは近い内にやると思っていました』とか、インタビューの練習を隠れてしてましたよ。ええ、ええ……」


 控えめに言って彼はそう言った痛々しいことをしてしまうタイプの男である。誰も見ていないのに一人でやる寸劇ほど虚しいものなど無いだろうに。

 そのような理由でやりたくはあったが、【バーチャルキャスト】への恐怖心で二の足を踏んでいた彼は、大学生となったことでようやくその世界に触れることを決断したのだった。


「だけど、なんだかんだ10年も無事故やり通したからなぁ。『VRMMOの理想』って肩書きは嘘偽りなしってことか」


 彼はバイト先の一つである本屋で買った攻略本を片手に掴み、待ち望んだゲームが配達される明日へ思いを馳せる。


「ゲームで覚えることがバカみたいに多いんだよなぁ【LL】って。【スキル】もVRMMOならではで動きやセリフを再現できないと上手く発動できなかったりするから、予習復習をしないといけないわけで。……運動が苦手な奴は操作が難いから中々先に進めないとか聞くし」


 実際にはそういった人に向けて、空中にカンペが出たり自動で体が動くようにもできるようだが、戦闘中によそ見をしながらカンペを読んだり、自動で体が動くシステムアシストでは、返って被ダメージを受けることが多くなったり、様々な不測の事態に出遅れることが多いため、練習以外で使われることはまずないらしい。


「今どき書店の攻略本がここまで売れるとか【Ribellione † Leggenda】ぐらいじゃねぇの?売れ行きヤベーし最初は『 † 』とか付いてるから、当時はネットじゃ『厨二ゲーw』って言われまくってたなぁ。

 それが、まさかシリーズになるほどバカ売れの大好評なんて、世の中何があるか分からんわホント」


 ネット掲示板では発売当初【Ribellione † Leggenda】に対して、そのような小馬鹿にしたコメントが散在していた。

 だが、そのゲームクオリティの高さに次々と手の平返しをしたり、逆にそのようなコメントをした者に対して見る目が無いなどと煽るコメントが溢れるなど、お互いの敵意や悪意がどんどん重なり、見るに堪えない罵詈雑言の地獄と化したスレッドが幾つも生まれたのだった。

 そんな様々な視点で注目され、このように日本でも二作目の続編が大々的に発表されるまで、人気を獲得した【Libellione † Leggenda】ではあるが、このゲームを楽しむための最大の関門がその覚えることの多さだった。


「ジョブの一つで覚えるスキルモーションの平均が40、詠唱系は35って流石に多すぎじゃないかぁ……?

 VRMMOだからスマホを見ながらってこともできないし、ゲーム内で学んで覚えるかあらかじめ攻略本を買ったりして、暗記するしかないとかさぁ……普通だったらクソゲー認定されない?これ?

 ……まあ、上位互換と下位互換の技なんかもあるし、範囲や手数を気にしなければ、半分以下のゲームスキルでゴリ押しできるから問題無いっちゃ問題無いし、その手間をしてでもやりたいってのが、世界規模で人気になった神ゲーたる所以(ゆえん)なんだろうけど」


 死にスキルとまでは言わないが局所的にしか使わないゲームスキルもあるため、わざわざ全てを覚える必要性は無いのである。

 だが、この様な攻略本が発売されることから分かる通り、全てのゲームスキルを把握したいという声が一定数あがり、その声を反映して攻略本が何冊も発売されることとなったのだった。

 そして彼もそんなことを思う中の一人。ずっしりと重みのあるその本を空いている左手で掴んだ。


「いやいや、さすがに辞書並みに厚さがあるとは思わんて。

 セリフだけじゃなくて理想的なゲームモーションなんかもこと細かく書かれて、確かにあってためになったし、最大効率のレベリングの場所や強力な装備の確保の仕方もちゃんと載ってるけど、……バグ技まで載せるのはゲーム会社から文句とかでないのか?」


 楽しみ方の一つではあるが、『このゲームのここがデバッグのミスしてありましたー!』と、声高々に言ってるのと変わらないのでは?と、彼は疑問を浮かべる。

 まあ、こうして絶版になることもなく売り出されていたのだから、問題はなかったのだろう。


「それに加えて、それぞれのジョブが世界でどういう扱い方をされてるかなんかの、フレーバーテキストまで盛り沢山ときたからな。高い買い物だったけど満足度がやべぇのやべぇの!」


 【Ribellione † Leggenda】の世界観や度々起こるイベントは、現実(リアル)で起こった陰惨な事件や風習などをモデルとしているため、気になる人はそう言った公式からの情報を求めて、攻略本を購入する者も少なくない。

 だが彼が攻略本を購入した理由は別にある。それはミーハーである彼が周りの反応などを無視したとある欲求からだった。


「俺が【RL】をやりたいのは、キャラメイクを初めとしたその自由度の高さにこそある。

 自分が理想とするキャラクターをゲーム世界で再現することはもちろん、それを他でもない【Ribellione † Leggenda】っていうストーリー重視の作品でできるっていう感動!

 なら、思う存分に堪能させて頂くしかないよなぁ?『正体不明で敵か味方なのかも分からず極めて怪しいが、手詰まりのときにはいきなり現れて助言をする、アンダーグランドを住処とする隠しキャラのイケオジ』をッッ!!」


 長い。人物像の概要が長過ぎる。だが、彼からすれば一つとして外せない要素だ。彼にとってそのキャラクターはそれだけ思い入れがあった。


「いいよなぁ……。モッズコートみたいなモスグリーンの、外套を被った彫りが深いイケオジ……絶対に絵になるわ。そのムーブを盗賊(シーフ)のジョブでやれたら完璧。……ぐふふふっ、俺の理想そのままだぜ」


 アルコールが回り赤くなっただらしない顔で、彼は明日からのことに思いを馳せる。


「『この街の裏の知識が無いとは、お前さてはモグリだな?』とか、『小僧、その程度の実力で王都に行きたいとは笑わせる。道化師にでもなりたいのか?』とかとか、『昔と比べてこの街も変わった。……フッ、まるで俺だけ時代に取り残されているかのようだ』……とかさあッ!そんな渋い系のイケオジ超カッケェよなぁ……!」


 二度目だが、彼は割りと痛い男なのである。


「キャラメイクも今日終わらせたし、明日から本格的にイケオジムーブを楽しみながらメインストーリーを楽しみますか!そこの辺りは、小説やコミックなんかの別冊にまとめられてるから、ネタバレしないのは製作陣の粋な計らいだよなぁ。

 ネットの攻略サイトだとそこら辺適当で、普通にネタバレ食らうから攻略本の売れ行きもいいんだろうけど」


 つまり、面倒なスキルモーションや詠唱などのプレイヤースキルが求められるものを予習して、ストレスゼロでゲームの楽しむための今までの努力だった。

 あとは、【Ribellione † Leggenda】を100%楽しむだけである。彼が報われる時がやってきたのだ。我が世の春と言いたい気分だった。


「そんで、【RL無印】を終わらせたらそのまま【RL2】をやるって寸法だ!10年待たされたファンとは違って俺は連続で楽しめるんだよなぁ……!

 ゴクゴクッ……ふぅーっ、ヒックッ……あははっ!えーと、そんで……そんで?なんだっけ?

 あーっと、えーと…………ああっ!そうそう!そのための食費や家賃なんかの生活費も確保済み!ゲームや食い物の贅沢三昧の毎日とか、ぐひひひっ!マジ俺勝ち組なんですけどぉ~!」


 カシュッカシュッと、プルタブを次々に開けて黄金色の液体を胃の中に次々と入れていく。唐揚げの油をビールで流し込むこの旨さは最高以外の言葉で語られるものでもはない。

 彼はこれまで食べた食べ物の中で、この組み合わせが最高であると確信している。この組み合わせが至高であり、全人類の最後の晩餐の一品に冷えたビールと唐揚げを挙げるべきだと本気で考えているのだ。


 ──そんな彼は3ヶ月前にアルコールの味を知ったピチピチの成人なのだということを明記しておく。


「ゴクゴク……プハァ!くぅ~ビール超うめぇ……!ふふっ、ふははははっ!我が軍の勝利だああああっ!!

 ……まあ、【RL】はオンラインで繋がることはできるけど、基本的に1人でやるゲームだから相手にするのはCPUなんだけど……。

 もぐっ、んぐ、あむっ、……ゴクゴクッ……かぁ~~っ!ハイハイ、どうせ俺はお一人様ですよーだっ!どうせ、明日からやってくる楽園を考えれば、彼女なんていう時間も金も取られる存在なんてこっちから願い下げで~すぅ!

 おらっ!お前も飲みやがれぇ~……って、誰もいないやないか~いっ!ギャハッ、ブギャハハハハッッ!!」


 缶ビールを幾つも飲み干して、明日から本格的に始める【Ribellione † Leggenda】に向けて、彼はやる気をこれでもかと高める。

 気分は最高。明日からの日々に退屈の二文字は無い。

 彼はここが人生の絶頂期だと、アルコールによって酩酊し気分が高揚する中で、笑いながら思いつつ電池が切れたように床に伏せた。彼の明日からの日々は幸せの二文字で満たされていたのだった。


「りべりおん~れじぇんだぁ……、さいっこ~~っ!アハハハハハハハハハハハハッッ!!」












『○月□日、△大学に在籍している男性が急性アルコール中毒により、亡くなっているところを発見されました。

 警察の調査によると事件性は無いと判断され、また彼の同級生からは「そのうち、やると思ってました」という証言も…………』

(作者はお酒の中でビールが一番苦手です)


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

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