冬の半ば―羨望―
静かになった廊下を速足で歩く。
冬のこの季節は日が暮れるのが早く、三十分程の委員会が終わっただけで辺りは暗くなり始めていた。俺の所属している委員会が一番遅く終ったらしく、彼女を待たせてしまっているかと焦りながら、俺は教室へと向かう。
教室に近づくと、話し声が聞こえてきた。俺は一度足を止め、音を出さないよう慎重に歩きだす。教室の扉は開けっ放しになっていて、廊下にその声は響く。
内容までは聞き取れなかったが、その二つの声が誰のかは分かった。
一つは楽しげな彼女の声。それと……。
そっと、扉についている硝子窓から教室の中を見る。そこには笑顔の彼女と、相模。
――あぁ、またか……。
それは、最近よく見る光景だった。きつく拳を握りながら、二人を見る。
相模が俺を裏切らないとは分かっていた。でももし、相模が……彼女を好きになってしまったら、どうすればいいのだろう。俺の都合で彼女の気持ちだけではなく、相模の気持ちまで押さえつけるのだろうか。
……俺さえいなければ、いいのに?
いつもそう考えて、そして苦しくなる。俺がしなければいけない事など、決まっているのに。
曇っていたはずの冬の空はいつのまにか晴れ間が覗き、俺の決断を迫るかのように彼女と相模の二人を赤い光が優しく照らしていた。
俺は一度息を吐く。
向き合わなきゃ、ならない。
決意を秘めて、俺は教室の扉を開けた。
「おっ!やっと登場か、坂口。待ってたぜ!」
爽やかに笑いながら、俺に手を振る相模。俺は精一杯の笑みを顔にはり付けながら手を振り返した。
相模が居る後ろの席で、焦ったように顔を俯かす、彼女を見ながら。
相模と他愛もない会話を交わしながら、俺は二人が居る場所へと近づいていく。その間、彼女はずっと黙って俯いたままだった。
「菫、帰ろう」
彼女の横まで来ると、俯いた彼女を見つめながらそう言葉を掛けた。彼女は小さな声でうん、と頷く。
「俺はお邪魔になりそうだから、先に帰るわ」
帰り仕度を始めながらそう言った相模の言葉に彼女は弾かれたように顔を上げた。それは縋るような表情で、相模を引き止めたいという気持ちが溢れていた。
腹に鉛玉を受けたような、重たく鋭い、痛みにも似た強い衝撃を受ける。それに耐えるように、俺は二人に気付かれない程小さく、でも強く唇を噛み締めた。
痛みと共に、苦くも感じる鉄の味が口の中に広がった。
「じゃあな。あとは頑張れ」
その相模の言葉にはっとした俺は、急いで相模に笑顔を作って返す。彼女がどんな顔をしているのかは、もう見られなかった。
「ああ、じゃあな」
手を振りながら教室を出ていく相模を見送る。
一つ引っ掛かったが、それは聞けなかった。聞きたくなかった。
『頑張れ』って言葉は……誰に、何を?
最悪な想像をして、しかしそれを振り払う。もう俺のやるべきことは決まっているのだから。
そして俺は教室の出入り口を見たまま、もう一度彼女に同じ言葉を掛けた。
「……菫、帰ろう」
今度は決意を固めた、固い声で。
「うん」
彼女は、さっきよりもはっきりとした声で頷いた。
少しだけ振り返って、窓越しの空を見る。
茜色の太陽が、直視できない程の厳しい眩しさで、俺の目に映った。