冬の終わり―邂逅―
俺が彼女を好きになった時にはもう、彼女の眼差しの先には相模が居た。いや、むしろ相模を好きな彼女を好きになった……と言った方が正しいのか。
彼女を好きになったのは些細なことだった。彼女はきっと覚えていない……些細なこと。
それでも俺にとっては決して忘れる事の出来ない、些細なこと。
あれは一年生の冬の事だった。彼女とは違うクラスでまだ会ったこともない、そんな寒い冬の日。
俺はその日遅刻しそうで焦っていた。前日に雪が降って、足場が悪い中走っていた。もうすぐで学校に着く、そんな時……俺は滑って転んだ。
顔面から見事に地面にダイブした俺はコントのように手足を少し広げてうつ伏せの状態になった。一人で地面に突っ伏しているこの状態に羞恥の感情が湧くが、 遅刻ぎりぎりの時間だった為、俺の周りには誰もいない。
そんな状態が馬鹿馬鹿しくなり、更に地味に痛くてなんだか遅刻してもいいと思い始めた。
「大丈夫ですか?」
頭の上から降ってきた声。その声には幾分かの笑いが含まれていた。
俺はその声に突っ伏していた顔を上げる。
少しだけ見た事があったが、名前も知らない女子。それが彼女、遠野菫と初めて話した瞬間だった。
彼女はクスクスと笑いながら、しゃがんで俺の方に手を差し出していた。その笑いに少しむっとしたが、すぐ浮かんだ考えによってその感情は収まる。
俺の後ろには誰もいなかったはずだった。
俺は足が速い方で、もし誰かいても抜かしている。でも俺の学校の生徒は誰も居らず、それで俺は余計に焦っていた。
学校が見える位置に来た時、この日初めての同じ学校の生徒を見た。しかも学校の正門間近に。
俺の勘違いで無ければ、彼女は学校近くにいたのにわざわざここまで来てくれたのだ。まぁ、そこまで言う程の距離でもないが……この遅刻ぎりぎりの時間帯に、わざわざ。
俺は素直に彼女の手を取り、彼女にはあまり体重を掛けないように立ち上がる。そしてまだクスクスと笑っている彼女を見た。
――……そんなに笑える転び方だったかな……。
少し複雑な思いを感じながらも、俺は笑顔で言った。
「ありがとな!」
俺の感謝の言葉に彼女は笑うのを止めてきょとんとした表情になった。
あれだけ笑っていたから感謝されたのが不思議だったのだろうか……。
そう考えた次の瞬間。彼女は目を細め、口元を緩めて、花が綻ぶように笑った。
「どういたしまして」
冷えた空気の中で眩しく光る太陽が優しく彼女の笑顔を照らした。そして空気に暖かく融ける言葉と共に、彼女の優しい笑顔は俺の記憶に刻まれた。
暖かく照らす太陽が、雪を光らせた冬の日の出会いだった。