冬の始まり―切望―
「今日の弁当は?」
チャイムが鳴ると同時、彼女の席に行って嬉しさを隠さずに聞く。すると彼女は呆れたように笑いながら答える。
「今日は唐揚げ入れてるよ」
「マジ!?俺、唐揚げ好き!」
喜びから自然に笑みが零れる。彼女は、はしゃぎすぎと言いながら笑う。
「ピーマンもあるんだよ?」
突然言われたその言葉で、俺の笑いはひきつったものに変わる。
「俺……ピーマン嫌いだって」
「知ってるよ」
俺が言い終わる前にかぶせて答えた彼女は満面の笑み。可愛い……と一瞬思うが、今は違うと思い直し喋ろうとした。
「嫌いなものも食べなきゃ駄目」
何か言う前に笑顔のまま彼女にそう言われてしまうと、俺はもう何も言う事ができない。
苦い笑いを零し、いつも座っている彼女の前の席に座る。まだ笑っている彼女を愛おしく思い、優しく笑んだ。
彼女が初めて弁当を作ってくれた日からほぼ毎日作ってきてくれるようになった弁当は、今一番の俺の楽しみだ。彼女が俺の為にしてくれる事が、堪らなく嬉しい。
「ありがとうな」
彼女をまっすぐ見つめて、感謝の言葉を口にする。すると、彼女は俺の言葉に動きを止めた。
「別に……ついでだし……」
俺から視線を逸らし、照れながら答える。そんな彼女を笑顔のまま見つめていた。
すると突然、俺の背中に重さが加わった。
「何だよ、お前らは……俺の席の後ろでらぶらぶと……。彼女いない俺に対する嫌がらせか?」
「相模……」
溜め息を吐きながら俺の上で嘆くように言う男は名を相模 慶祐。
身長は高く、明るめの茶髪は清潔感溢れる長さと髪型にセットされている。顔も整っていて、所属しているサッカー部ではエース……性格も優しくて爽やか……よくからかわれたり嫌味を言われたりはするが、基本はそうだ。
高校に入ってすぐにできた友達で、二年になった今では親友とも呼べる仲。そうは言っても俺は相模とは正反対の男で、常々女子はどうして相模が俺といるのか謎だ、と言っている……らしい。
俺は男子の平均的身長で黒髪、短髪で清潔感はあるとは思うがセットなどしていない。顔はまだ普通に整っている方だと……思う。父さんは格好いいし、母さんだって美人だったから俺もそこまで悪くないのでは、なんて思っている。だが、俺は美術部でエースも何もないし、性格に至っては優しくて爽やかなどとは程遠い奴だ。
でも相模とは気が合うし一緒にいて楽だ。相模もそう思ってくれているのだろうと思う。
……少しだけきついときもあるが、それは相模のせいではない。俺の、至らなさからだ……。
相模と彼女には見えないように、きつく拳を握った。
「たくっ、俺が協力してやったのに……俺には何の恩恵もなしか、坂口」
にやにやと笑いながら俺をからかう相模に、俺は苦笑を零した。
「それには感謝してるよ。ま、何かあったら助けてやるから……今は許せ、相模」
心なし小さな声でそう返す。それでも、いつものふざけた感じを醸し出すよう気をつけた。
相模が来てから、一度も見ていなかった彼女の方を見る。縋るような思いで、願った。
彼女は相模を見て笑いながら小さく手を振っていた。相模も振っているのだろう。
その……彼女の笑顔は困ったような、それでも嬉しさが滲み出たような笑顔だった。
それは俺が、これまで彼女を見てきて何度も見た、けれど決して……自分に向けられる事の無かった表情。
……願った。
彼女がもう、相模のことを好きでないようにと……。
彼女の表情をそれ以上見る事が出来ず、俺は窓の外へと視線を逸らした。
寒い冬の空は、更に寒さを増長させるようにどんよりと曇っていた。