1 王女さらわれる
昔むかし、ある国に三人の王女がおりました。
上の二人は大層な美しさで評判が高く、近隣の国からはもちろんのこと、遠く離れた国からも、求婚者の訪れが絶えませんでした。ところが、末の王女はどうしたことか、ひどく不細工でした。
もちろんお城の中で、末王女の顔かたちについてとやかく言う者などおりませんでしたが、巷では妖精の取り替え子と噂されておりました。
生まれたばかりの赤ん坊を、妖精が攫ってしまうことがあるのです。妖精は攫った子の代わりにひどく醜い子を置いていくのです。
取り替え子は不思議な力を使えると言い伝えられておりますが、末王女にはそうした気配もなく、不細工な姿形を気にするあまり、お城に求婚者が来た時に宴が開かれると、いつも部屋に閉じこもって人目につかないようにしておりました。美しいばかりでなく心優しい姉王女達は、末王女に気兼ねして一向に婿がねを決めようとしないので、王と王妃は頭を悩ませておりました。
ある日、王は近頃評判の占い師をお城に呼びました。
お城の人達ばかりの集まりなので、末王女も顔を出しました。王女達は占い師の評判を聞き知っており、興味を持っていたところだったのでした。
占い師は頭のてっぺんから足の先まで覆い隠すような服を着ていたので、どんな人なのか誰にもわかりませんでした。しかし、話す声を聞くと、どうやら女の人であることがわかりました。占い師は両掌に載るくらいの大きさの水晶玉を恭しく取り出して、準備を整えました。それから王がいくつか質問し、占い師の腕前を試してみました。占い師は次々と当てました。そこで王は言いました。
「お前の腕前はよくわかった。さて、これから王女達を占ってもらう。お前達、一人につき一つずつ質問をしなさい」
始めに、上の王女が尋ねました。
「私のお婿さんになる人は、どんな姿をしているかしら」
占い師は答えました。
「涼しい目元の、きりりとした姿形の美しい王子様が見えます」
次に、中の王女が尋ねました。
「可愛がっていた白い子猫が、今朝から姿が見えないの。どこにいるのかしら」
占い師は答えました。
「小間使いのお部屋にある小さな寝椅子の隅で眠っております」
早速人を使って探させると、その通り子猫が見つかりました。
最後に、末の王女が尋ねました。
「私が幸せになるにはどうしたらよいのかしら」
占い師は上の王女達よりも時間をかけて水晶玉を覗き込んでいるようでしたが、やがて答えました。
「お城を出て北へ進みなさい」
そこで末王女は旅に出ることにしました。王と王妃は大層心配して、道中困らないようにとお金や衣装をたくさん持たせ、それらを運ぶお供も大勢つけてやりました。それで末王女の一行は、町から町へと移動する隊商のような長い列になりました。
お城の北側は広い森になっておりました。
王はこの森で時折狩りをしました。王女もお腹が空くと、お供に狩りをさせて食事をしました。
森の中には鳥や鹿といった動物ばかりで、人間は王女の一行ばかりです。進むにつれて森は深くなり、昼なのか夜なのかわからなくなりました。
王女が眠るための建物は一向に現れません。王女はどんどん馬を進めました。ようやく森を抜けることができました。そこはちょっとした草地になっており、すぐ側には山が聳えておりました。
もう辺りは夕闇が降りてきておりました。本当に夜になったのです。探しても森と山ばかりで、やはり夜露をしのげそうな建物は見当たりません。一行は野宿をすることになりました。王女が野宿をするとは誰も考えていなかったので、皆で工夫して王女の寝床を作らなければなりませんでした。
どうにか準備が整い、王女はにわか作りの天蓋の下で、布団らしきものにくるまることができました。王女は初めての野宿にわくわくしましたが、やはり初めての遠出で疲れてしまったので、すぐに眠りに落ちました。
王女はひどく揺れるので目を覚ましました。びっくりしたことに、王女は布団ごとぐるぐる巻きに縛られて、見知らぬ風体の男達に運ばれているところでした。
「助けて」
叫ぼうとしましたが、声がでません。口には猿ぐつわをされておりました。男達は王女が目覚めたことにはお構いなく、えいほえいほと運んで行きます。他にも大勢の人が何かを運んでいて、どうやら山を登っているようでした。王女は恐ろしさのあまり、気を失ってしまいました。
次に王女が目覚めた時には、もう地面に下ろされておりました。猿ぐつわもぐるぐる巻きもそのままです。大勢の見知らぬ顔が、王女を取り囲んでおりました。皆が皆、珍しい物を眺めているような顔つきをしておりました。王女は皆を睨み返しました。
「なんて不細工な王女様だ」
「噂には聞いていたけれども、初めて見た」
「侍女の方がよほど王女様らしい顔をしているぞ」
「本当に王女様か」
皆が口々に王女の不細工なことを言い募るので、王女は恥ずかしくなって目を閉じました。やがて王女を見るのにも飽きたのか、声が急に聞こえなくなりました。
「なんだって王女様の一行なんかが、あんな辺鄙な場所で野営していたのやら。王様が狩りをなさる時でも、森を抜けることはなかったのに」
これまでと違って、恐ろしげな声が聞こえました。静かになったのは、どうやら王女を攫った者達の頭が来たためのようでした。王女は目が合ったら殺されるのではないかと思い、しっかりと目を閉じておりました。
「もしかしたら、見捨てられた王国へ嫁入りするところだったかもしれないぞ」
おそるおそる誰かが言いました。ぶはっ、と恐ろしげな声が噴き出しました。
「あそこへ娘を行かせるのなら、嫁入りというより嫁捨てだろう。いくら不細工でも娘を捨てる親がいるものか。だが、お城に住む連中の考えは、俺達と違っているのかもしれないな。野郎共を皆殺しにしてしまったのは取り返しがつかないが、王女様と知って殺すわけにもいくまい。明日にでも山を下りて知恵を借りに行こう。目隠しをしておけ」
王女は目隠しをされました。その夜は、ほとんど眠ることができませんでした。