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ベルヅ国

 浮遊感が無くなり、足元の確かな感触に転移を終えたことを察して薄く目を開く。


 薄暗くも仄かな灯りが部屋の内装を照らす。


 ベルヅ国王の瞳に合わせたような濃紺のビロードのカーテン、そして執務机の後ろに国宝級の一振りの剣が飾られている。


 そしてこれ見よがしにその机の上に数多の魔導具が並べられている。


(結界どころか聖力すら封じられそうですね……)


 試してみたい気もするが彼等の前で試す勇気はない。


 イグニダ将軍に後ろ手に捕らえられたまま、ベルヅ国王の様子を窺うと背中を折って震えているかと思えば堪えきれない様子で噴き出した。


「ふっ……あっはは! いやぁ、痛快だ! ようやくあの氷の宰相閣下を出し抜けたよ! ああ、今は公王だったか? いやそんなことどうでもいいか! 聖女のお陰で随分と腑抜けになったようだ!」


 濃紺の瞳に涙を滲ませながら、まるで子供のようにお腹を抱えて笑い出す。


「あんな小物が相手だって知ってりゃ、もっと早く奪いに行ったのによォ。脅かしすぎだろ、お前」


「いやぁ、すまないね。あれ程まで張り合いがなくなっているとは思わなかったんだ。だが、そのお陰で難なく聖女を手に入れることが出来ただろう?」


「まあな。当分はこれで遊べる。暫く俺を呼び出すなよ?」


 殺気を飛ばすイグニダ将軍に、ベルヅ国王は降参と言うように両手を上げながら苦笑する。


「わーかってるさ。君の邪魔はしない。気が済むまで遊ぶといい。聖女は可哀想だけどね」


「可哀想か。ハッ、心にも無いことを」


「いやいや、私にも人並みの道徳心というものがあるんだよ?」


「ねェよ」


 被せ気味に即答するイグニダ将軍に、唇を突き出しながら「あるんだけどねぇ」と拗ねた口調で呟く姿は国王とは思えないほど年相応な青年の姿だった。





 夜が明ける前にイグニダ将軍の邸へと連れて来られた私は、客室へと放り込まれて監視をつけられた。室内には戦闘に長けた侍女がひとり。部屋の扉の前に二名の騎士が立つ。


 この部屋の壁は聖力を封じる魔導具が埋め込まれているようで、結界どころか治癒魔法すら使えなかった。

 自力で脱出するのは至難の業だろう。



 一先ず血で汚れた服から着替え、お風呂に入れられてようやく一息ついたところだ。


「……牢屋に入れられて鎖で繋がれるかと思いましたが快適すぎて怖いですね」


 正直良くてペット扱いだと思っていた。ここまで人間扱いしてもらえるとは思っていなかったので、この環境に安堵していた。


 しかし、少しでも逃げるそぶりを見せればどのような扱いに変わるか分からない。

 なので今は大人しく寝て、体力を温存するしかない。


 ぽすん、と枕にうつ伏せに倒れ込むと洗いたての石鹸の香りがした。


(セルシオン様……)


 目を閉じるとセルシオン様の腕枕をつい昨日のことのように思い出してしまう。


(あの日の約束を果たすためにも生きてダクス公国に戻らなければ)


 セルシオン様にも誰にも、あれが叶わぬ夢だなんて言わせない。

 もうあんな顔で笑ってほしくない。

 側で生きていくと決めたのだ。

 早く帰らないと、きっと心配して今頃眉間に皺を寄せていることだろう。


「眉間の皺、取れなくなっちゃったらどうしましょう……治癒魔法で治るのでしょうか」


 帰ったら試さないと、などと下らないことを考えて口元に笑みを浮かべる。


 まだ笑える。まだ戦える。

 気持ちが折れない限り大丈夫だ。


(まずは身を守ることを考えて、きっと皆が助けに来てくれるからそれを待って、数日耐えればきっと大丈夫で……)


 不安な気持ちを押し潰すようにシーツをぎゅっと握りしめる。 


(きっと大丈夫です。セルシオン様はお強いですし、コーネリアもナレアスも優秀ですから。きっと、すぐーー)


 目をぎゅっと閉じていても隙間から熱い雫が滲み出る。


 敵地で聖力が一切使用できない状態というのは、それだけで今までにない不安と無力感に襲われるのだと初めて知った。





 柔らかな陽光に目を細める。

 知らず眠っていたようだ。


 図太いという勿れ。睡眠は正常な精神を保つために必要なことだ。

 

 ダクスの朝とは違い、ベルヅ国は早朝でもまだ暖かさを感じる。

 ベッドから出ると、音もなく侍女がやって来て支度を手伝ってくれた。


 昨夜はよく観察出来なかったが、明るい部屋の中で見る彼女は、私によく似た茶色の髪を結い上げて、眉上で前髪を切り揃えていた。焦茶の双眸は感情を排除したガラス玉のようだった。

 無駄口を一切叩かない、初めて出会った時のシアのように取り付く島のない徹底した態度だ。


「あの、私はユーフィリアと申します。昨夜は遅くにお手を煩わせてしまってごめんなさい。あなたのお名前は何と仰るのですか?」


 声を掛けても射殺すような鋭い目付きで無言で拒否された。

 だが、負けじと語りかける。


「私は今日、何をしたらよろしいのですか?」


 大人しくしていろと言わんばかりにソファに視線を向けられる。


「座っているだけというのも退屈なのでお話ししませんか?」


 微笑みかけても、彼女の表情はぴくりとも動かない。


(懐柔作戦は年単位じゃないと無理そうです……成功する前に助けがきますね)


 会話は諦めてソファに腰を下ろす。


(ですがこのまま何もなく数日過ぎるのであればその方が好都合ですね。痛い思いも何もしなくて済むならそれに越したことはありません)


 イグニダ将軍が何度か口にしていた「遊ぶ」という不穏な単語。

 言葉通りの楽しい遊びのはずがない。


(恐らく拷問でしょうか。甚振るのが好きそうでしたもんね。となると今はその準備中と言った所でしょうか)


 薄暗い地下室、そして血で汚れた拷問器具とイグニダ将軍の陰惨な笑みを想像してしまい顔を歪めた。


(ああ、出来ることならこの予想は当たってほしくありませんね……)

 



 そしてそんな私の願いも虚しく、夕方に差し掛かる頃その時はやって来た。

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