ウェルニー大聖堂
ウェルニー大聖堂。
創世の女神ウェルニアを信仰するウェルニー教の中で最大の大聖堂である。
そのウェルニー教の総本山はアルディス王国にあった。
なぜこんな小国にと思うだろう。
その理由は、このアルディスから聖女が生まれることが多いからだ。
初代聖女から始まり、歴代聖女の半数以上がこの国の出身である。
私の前世であるティアニアもこの国の出身だった。
そのためこのように小さな国だと言うのに建国以来まともに侵攻される事はなく、もし攻め入られそうになっても兵士の中の信者の手で内部瓦解したり、各国の信者の合同部隊がすぐに駆けつけて、アルディス王国に足を踏み入れさせる事すらなく撃退していた。
当然のようにこのウェルニー大聖堂は信者達の寄付金により豪華絢爛、美麗荘厳、明け透けに言えば金に物を言わせたそれはそれは派手な佇まいをしていた。
清貧を基にしているとはとても思えない。
柱に掘られた天使の像は、名のある彫刻家の手による作品で、ステンドグラスは隣国の巨匠の手による物。
所々に飾られている絵画や壁画は国内外問わず、才ある芸術家達に描かせたものだ。
そしてウェルニー教が信仰する女神ウェルニアの像は、神の手と称された芸術家のデズバンが手掛けた。
この大聖堂内にある美術品だけで城がひとつふたつ購入できるだろうーーなどと罰当たりなことを考えながら、大理石の床を靴音を響かせて、案内役の神官に先導され、大神官の待つ部屋へと向かう。
私は月に一度、大聖堂へ顔を出すことを義務付けられている。
王族の勤めではなく、不思議な事にただ大神官様からの要望でお茶をして帰るだけなのだ。
アルディス王国では、十歳を迎える子どもは国教であるウェルニー教の洗礼を受けることが義務付けられている。
大聖堂の奥にある聖なる泉に手や足をつけるだけで、何かしら特別な力を授かったりする物では無い。
だと言うのに、その洗礼の際、私よりも五歳歳上の当時大神官候補だった彼に毎月お茶をする事をお願いをされたのだ。
大神官候補様の『お願い』と、妾腹の王女であれば、今後のウェルニー教との付き合いを考えて、陛下は一も二もなく許可を出した。
それからの付き合いなので、かれこれ七年だ。
訳もわからず大聖堂に通う事になった私がいつだったか理由を聞いたところ、
『ユーフィリア様から聖なる波動を感じるのです。きっと聖女様の生まれ変わりなのでしょう。ああ、清らかな匂いがします。はぁぁぁ、これだけで一週間何も食べなくても生きていけそうです。それにしてもなんと美しい御手なのでしょう。きっと聖女ティアニア様の御手もこのように白魚のような美しさで、吐息は天上の花の香りなのでしょうね。ユーフィリア様、私の顔に息を吹きかけていただいてもーーあ、お嫌ですか。残念です。それにしてもなぜ聖女がいないこの時代に生まれてきたのかと絶望していたのですが、あなた様が現れたお陰でようやく私も神を信じる事ができました。ああっ、私の聖女よ。私の生きる意味はユーフィリア様です!』
ーーと、一息に捲し立てて鼻息荒く微笑まれたのを遠い目で思い出す。
あまりの衝撃に鮮明に記憶に残っている。
そう。ハーヴェイ・ミゼラン大神官は、聖女マニアである。
それも私の前世ティアニアの大ファンらしい。
今考えれば彼の推測が当たっていたのだが、そこがまた怖い。
長年通いなれた廊下を抜けると外の熱気が押し寄せる中庭の回廊に出た。
色とりどりの花が咲き乱れる中庭を横目に通り抜け、高位神官達の執務区域へと進む。
そこを更に更に奥へと進むと太陽と蔦の精緻な紋様が描かれた大扉の前に辿り着いた。
「大神官様、ユーフィリア様がいらっしゃいました」
案内役の神官が扉越しに声を掛けると、程なくして大扉が開かれる。
「お待ちしておりました、ユーフィリア様。本日も御尊顔を拝謁できます事、誠に恐悦至極にございます」
ハーヴェイ大神官が頭を下げて出迎えてくれた。
床につきそうなほど長い緑髪を三つ編みで一つにまとめて、ふわりと花が咲いたよう微笑む。
その顔は儚げな美しさと共にどこか親しみやすさを感じる。
白を基調にした神官服は髪色に合わせた金と鮮やかなグリーンで太陽と蔦、そして聖花の刺繍が施されている。
職人技が光る綾羅錦繍の出来だ。
長身の彼が神官服の裾を引き摺りながら、私に歩み寄るとほのかに甘い花の香りが漂った。
ハーヴェイ大神官は躊躇いなくそっと手を握ると笑みを深めて私と視線を合わせる。
ただでさえ垂れ目の彼の明るいシルバーグレーの瞳が更に垂れ下がり、甘さを帯びる。
心からの好意を示されているようで気恥ずかしく感じて、誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。
「一ヶ月ぶりですね、ハーヴェイ大神官。お変わりないようで何よりです」
「ユーフィリア様もお変わりありませんか? ふふ、なんて堅苦しい挨拶はこの辺で。さあ、こちらへどうぞ。美味しいお菓子を頂いたのです。一緒に食べましょう」
そう言って私の手を引くと、シアと案内役の神官を執務室に残し、執務室の奥の扉から大聖堂特別温室へと向かった。