王命
玉座に鎮座する国王陛下は、隣の王妃の玉座に母を座らせて私を見下ろした。
本来なら妾を王妃の玉座に座らせる事など有り得ないことだが、王妃は私を憎んでいる。
今回の呼び出し対象が私という事で王妃ではなく、母が同席する事になったのだろう。
それにしても妾が座った知れれば、王妃は怒り狂って叩き壊しそうだけれど、それは良いのだろうか。
あの絢爛な玉座の行く末を思い、静かに黙祷した。
謁見の間には陛下と母の姿の他には文官、近衛騎士の姿しか見当たらない。
この場に宰相の姿がないことに更に嫌な予感が湧き上がる。
(陛下のストッパーがいない中で王命が下るのですね。このまま回れ右をして帰ってはダメでしょうか……)
すぐにでもドレスをたくし上げて逃げ帰りたい気持ちだったが、そうする訳にもいかず、せめてもの抵抗にゆっくりと玉座の前まで進み頭を下げる。
「よく来たな、ユーフィリア。面を上げよ」
「ご挨拶申し上げます。国王陛下。本日もご壮健のようで何よりでございます」
国王にしては騎士と見紛う程の体格の良さだ。玉座が少し小さいのではないかといつも気になってしまう。
王家の象徴かのような黄金の髪は後ろに撫でつけられ、大ぶりの金の耳飾りが揺れている。
実の父ではあるが善良とはとても言えない人相だ。実際、汚い事も沢山してきたのだろう。
そして、今まで放置されてきた私を態々呼び出したのだ。今回の呼び出しが私にとって良いことではないと簡単に予想がつく。
陛下は血のように赤い瞳を弓形に細めると、顎髭を撫でながら話し始めた。
「ユーフィリア、お前も十七になったな」
「はい」
「お前と言う娘に婚約者の一人もいないのは、私の不徳の致すところだ。しかし、決して蔑ろにしていたわけではないことは理解してくれているな」
「勿論でございます。陛下のお心遣いに日々感謝しております」
「ははは、お前は弁えているな。良い良い」
有無言わさぬ圧力をかけていながら何を言っているのやら。
陛下の隣に座る母に視線を向けると、私を心配そうに見下ろしていた。
母は平民ではあったがまさに傾国の美女と称されるような人だった。
ひとたび街を歩けば皆が振返り、甘やかなチョコレート色の髪を解けばその色香にため息があちこちから零れて、蜂蜜色の瞳で微笑みかけようものならその微笑みの先を巡って乱闘が起きるほどだったそうだ。
その美貌に目を付けた陛下に無理矢理愛妾にされたが、虎視眈々と逃げる機会を狙っていた母は私を身籠っていた事に気付かぬまま市井に逃げた。
隠れて私を産み落としたが、産後程なくして国王に見つかり、以降現在に至るまで離宮で軟禁されている。
幼い頃は同じ離宮で過ごしていたが、十二歳の頃には部屋を移され、母と引き離された。
たまに面会は許されるが、いまだに衰えぬ美貌は陛下を魅了して止まないようで、男性は一切近づく事すら出来ないそうだ。
本来なら憎悪の対象であろう陛下との間の子だというのに、母は深い愛情を注いで私を育ててくれた。
その裏で私に対して申し訳なく思っているのも知っていた。
母も苦しい立場だろうに、一番に私を思ってくれる。
その事に感謝しながらも、いずれ来るであろう嫉妬の矛先に怯えていた。
恐らく、今日がその結末だ。
「母に似ず、平凡な面立ちに育ったのは残念ではあるが、見られぬ顔ではない。そんなお前でも良いと言ってくれた国があってな。東のベルヅ国のイグニダ将軍は知っているか?」
「い、イグニダ将軍と言いますと、緋染めの……」
「そうだ。緋染めの英雄。血に飢えた狂人と呼ばれるサレマード・イグニダ将軍だ。三十半ばだがまだまだ旺盛なようでな。若い娘を希望されている。ユーフィリアよ。一年後、嫁げ。王命である」
母が真っ青な顔で口元を覆っている。
私も似たような顔色をしている事だろう。
悲鳴を上げなかっただけ褒めて欲しいくらいだった。
サレマード・イグニダ将軍と言えば、諫言した婚約者を斬り殺しただとか、家督を譲らない兄を殺めて家畜の餌にしただとか本当か嘘かは知らないが様々な耳を塞ぎたくなる噂を聞く御仁だ。
断りたい、しかし王命だとはっきり伝えられてしまった。
拝受しなければ不敬と見做され、打首にでもされそうだった。陛下はそういう方だ。
手足の震えを隠しきれぬままカーテシーをする。
「お、王命、しかと承りました。ご温情に感謝致します」
「幸せになるのだぞ。以上だ。下がれ」
私の動揺に気付いているのだろう。
しかし、陛下は母の心を奪う邪魔者を排除できたとでも言うように心からの笑みを浮かべていた。