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コーネリア

「ぅ、う……っ」


 ぐらりと揺れる頭。

 あまりの気分の悪さに口元を押さえる。


「無理せずとも良い」


 そう言ってダクス宰相に抱き上げられた。


 遠慮する気力もなく、されるがままだ。

 目を開けることもできず、ただ気分の悪さを耐える。


 風の動きがないことから室内だと言う事が窺えた。


 数歩歩いたダクス宰相が私を寝台に寝かせると、シーツの石鹸の香りがふわりと舞う。清潔に日々整えてあるのだろう。

 空気の換気もされているようで心地の良い部屋だった。


「ナレアス、飲み物を頼む」


「はっ」


 短い返事の後にナレアスが部屋を出る足音がした。

 彼が退出したことにより緊張が緩まり、気分が少し楽になる。

 薄く目を開きダクス宰相の姿を探すとちょうど窓を開けているところだった。

 ひんやりとした風が吹き抜けていく。


「ここはどこなのですか? ダクス領……いえ、ダクス公国へと着いたのでしょうか?」


「ああ、ここは元ダクス公爵邸だ。そうだな……ダクス城とでも名付けるか」


「ふふ、そのままではないですか」


 力無く笑う。

 どうにか落ち着いてきたので、ふらつく体を腕で支えながら起き上がる。


「何をしている。横になっていろ」


 顔を顰めたダクス宰相が大股で近づく。

 そんな彼を手で制してから深々と頭を下げた。


「ダクス宰相。この度は私の命を救ってくださりありがとうございます。あなたが亡命に手を貸して下さらなければ、一年後の私の命はなかったことでしょう。このような体勢で申し訳ありませんが、今お伝えしたかったのです。このご恩は、生涯をかけてお返しします」


「馬鹿を言うな。五年の契約だと言っておろう。王女ーーいや聖女に頼みたい事があるのだからこちらにも利はある」


 言いながら私の背を支えて横たわらせる。

 その時ちょうど扉が開いた。

 ナレアスだろうか。

 ちらりと視線を動かすと、白金の髪を肩で揃えた女性が、飲み物を乗せたトレイを手に頭を下げた。


「セルシオン様、おかえりなさいませ。聖女様、ようこそいらっしゃいました」


 そう言って羨ましくなるほど豊かな胸を揺らしながら近づいてくる。

 ダクス宰相が横に避けると、サイドテーブルにトレイごと置く。


 そして、紅い眼が私の顔を無遠慮に覗き込んだ。


 絹のような髪がさらりと揺れる。

 白い肌にはシミひとつ見当たらない。

 淡い桃色の小さな唇は弧を描いていて、そのおっとりとした雰囲気はどことなくハーヴェイ大神官に似ていた。

 見た感じでは年齢は私より少し上だろうか。どこか幼さを残した顔立ちだが不思議な余裕を感じた。


 そして何より特筆すべきは、耳が長く、先端が尖っていることだった。


「亡命おめでとうございます、聖女様。私はセルシオン様にお仕えしております、コーネリア・メイルートと申します。どうぞコーネリアとお呼びください」


(セルシオン……ダクス宰相のことですね)


 公王となった彼を名前で呼ぶほど親密な仲なのだろうかと考える。


 そして自分がまだベッドの上にいたことを思い出し、慌てて降りようとするとダクス宰相が腕を組んで「コーネリア」と不機嫌そうに一言だけ言う。

 コーネリアがくすくす笑いながら私を押し留め、ベッドボードにクッションを重ね、私が楽に寄りかかれるように整えてくれた。そして、持ってきた果実水を私に飲ませる。


「無理は禁物ですよ。これでいかがですか?」


「ありがとうございます。大丈夫です。私はユーフィリア・アルディスです。これからよろしくお願いします」


 彼女の耳をチラチラと気にする私の視線に気付いて、コーネリアが可愛らしく笑う。


「お気付きの通りエルフです。ですが聖女様には魔族と言った方が伝わりますでしょうか?」


 コーネリアは笑みを浮かべているが随分と皮肉な言い回しに感じた。


「エルフが魔族ではないことは知ってます。当時のアルディス国王の野心の犠牲者だと歴史書にも記されております。

……あの、もしかして、コーネリアは魔王討伐時代の?」


「はい、当時から今現在まで長生きさせていただいてます。なのでティアニア様の魂の色もよーく覚えていますよ」


 コーネリアが親指と人差し指で輪っかを作って至近距離から私の目を覗き込む。

 全てを見透かすようなその紅の瞳にたじろいだ。


「そ、そう、でしたか。でしたら私がこの地へ亡命することとなり、それはさぞご不快なお気持ちになられた事でしょう。……申し訳ありません」


 かつてエルフを迫害したアルディス王国の王女であり、聖女ティアニアの魂を持つ私に良い印象を抱くはずがない。

 しかし、コーネリアは緩やかに首を横に振った。


「いいえ。私はティアニア様のこと嫌いではありませんよ」


「え?」


「私の特技は遠見なんです。その遠見で魔王様の最期を覗いていたのですよ。私たちの生贄となられた魔王様を見届よう、と思いまして」


「ふん、悪趣味なことだ」


「ふふ、そう仰らないでください」


 二人は軽い口調だが当時の彼女たちエルフの状況を思えば相当逼迫した状況であったことだろう。

 追い込んだ私が言えたことではないけれど。


「聖女様が終止符を打たなければ、こちらの被害はあれだけでは済みませんでした。それに恨み続けるにはあまりにも時が経ちすぎましたからね」


 コーネリア自身が口にするようにその声にも表情にも悪意は感じない。

 周到に本心を隠しているのか、本音なのかは読み取れないが。

 しかし、コーネリアのようなエルフだけではないだろう。

 ペリドットの瞳を思い浮かべて、問いかける。


「……ナレアスという青年もエルフなのですか?」


「はい、ただあの子は聖騎士との戦いで命を落としたので……」


 ぼかしてはいるが、恨みが消えていないと言いたいのだと察した。


「ですが、あの子に何かされたら私に仰ってください。ちゃーんとお仕置きしておきますから」


 ほのぼのとした柔らかな笑顔の中に妙な凄みを感じて身震いした。


 そんな私に気付いているのかいないのか、「さて」とコーネリアが手を叩き、微笑みかける。


「聖女様、ご気分も落ち着いてこられたのでは?」


 その言葉に、多少頭痛はすれども眩暈も吐き気もすっかり治っていることに気付く。


「はい、随分と楽になりました」


「それは良かったです。では、まずはお着替えをしましょうか。セルシオン様は執務室へご移動ください。お仕事がたーくさん待ってますからね」

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