亡命2
マルロス共和国は、豊かな資源があり土地も広い。しかし幾度となる戦により街や田畑は燃え落ちて、あまり発展していなかった。
そのため今回、アルディス王国の法制度や災害対策、都市整備、ウェルニー教の影響など諸々を視察する目的で来たわけだ。
今回の使節団は八十人程と言っていたが、この場には二十人程しかいない。中心人物だけが通されたようだ。大使が陛下に挨拶をすると、次々に贈り物が運び入れられた。
それらをぼんやりと眺め、そろそろ終わるかと言うところで朗々とした声が響いた。
「さて、ここでひとつ目出度い話がある!」
足音を響かせ、玉座の前まで進む。
玉座と大使の間に立ち、不敵な笑みを浮かべた異様な雰囲気の彼に知らず皆が口を噤む。
彼が片手を上げると、高濃度の魔力が集い始める。
何をするのかと戦々恐々と貴族や文官、使節団達がダクス宰相から距離を置き、中には謁見の間から逃げ出そうと大扉へと駆け出す人まで出てきた。
「ダクス宰相、何をするつもりだ! 今は使節団の……」
陛下の言葉を無視して私の腰を抱くと、そのまま天井へと向けて練り上げた魔力を放出する。
「えっちょっ、な、何をしてるんですかーーーっ!?」
謁見の間の天井を見上げれば、直径5mの穴が綺麗に開いていた。
瓦礫も爆発音もない。音もなく消失していた。
恐らく魔導師団の中にもダクス宰相と同じことができる人はいない。それ程規格外の威力だった。
穴から覗き見える空は晴れ晴れとしており、熱風が謁見の間に入り込む。
穴を塞がないと雨の日が大変ですね、などと呑気に考えていたら、ダクス宰相は私を抱いたまま浮かび上がり王城の主塔の先端へと降り立った。
「ひぃぃぃぃぃいっ!?」
あまりの恐怖にダクス宰相へ力一杯しがみつく。
「む、怖いか? 少し耐えよ」
「た、耐え? えっ、このまま!? このままですか!? わ、わわわ私の足浮いてますけど!!」
「離したりはせん。このまま俺に抱かれておけ」
「ひうっ……顔……声が……いい」
微かに浮かんだ笑みと穏やかな声に理性が溶ける。
私の遺言がこれになってもいいと思った。
理由はさておき大人しくなった私に満足そうに頷き、彼は新たに魔力で風を操作し出す。
『アルディスの国民よ! 我が名はセルシオン・ダクス!! 我が領土であるダクス領は今この時をもって独立し、ダクス公国の建国を宣言する!!』
拡声魔法で国中へとダクス宰相の凛とした声が轟く。
国民から悲鳴が上がった。陛下の暴君ぶりを止める人間が居なくなることに危機感を感じているのだろう。
「考え直してくれ!」「私たちの目の保養が!」「俺たちの生活はどうなる!」「自分だけ逃げる気か!!」「どうか見捨てないで!!」など、王城の近くにいた国民達の声を広い、不安になりダクス宰相を見上げる。
しかし、彼はそんな声を鼻で笑い一蹴する。
『はっ、知ったことか!! この国が嫌ならば我が国に来ればいい。生き方を決めるのは己だ。そうであろう!?』
『お、……ぉぉぉおおお!!!』
国民の地を這うような雄叫びが風に乗って届く。
アルディスの国民は大変ノリがいい。
『そして、アルディス王国第一王女であるユーフィリア・アルディスをーー』
「え、公妃に?」「いや、先日ベルヅのーー」「婚約されたばかりでは」「嘘よ、やめて! 結婚しないで!」
『我が国の聖女として迎え入れることと相成った!! 聖女たっての希望で我が国へ亡命することになったのだ!!』
『う、うおおおおおおーーーっ!!』
今日一番の歓声だった。
「聖女ですって」「聖力が発現したのか!」「素晴らしい」「どれくらいぶりだろうか、聖女が現れるのは」
さすがアルディスの国民だ。亡命すると言っているのに聖女という単語だけで、すでにお祝いムードとは。
『ふははははは! そういうわけだ、国王! お前の尻拭いや悪巧みを潰すのも飽いた。俺の場所へ戻るとしよう!』
高所の恐怖が薄れてきたので少し下を見てみると、中二階にある中庭へと出て来ていた陛下や王太子、貴族や騎士達、そして使節団がこちらを呆然とした顔で見上げていた。
少し遠いが表情は辛うじて見える。
その中にシアの姿を探してみたが見当たらない。
彼女の事だ。待機場所から動かず、中庭に出て来ていないのだろう。
探すのは諦めて下に集まった人々を見下ろす。
名指しされた国王は普段の姿からは想像もできないほど酷く狼狽して、膝をついてダクス宰相を拝むように手を組んで見上げた。
「待ってくれ、宰相! 思い留まってくれ! 頼む!! ユーフィリアが欲しいならくれてやる! お前と結婚させてやってもいい! だから国に残ってくれ!!」
『たわけ! 王女は物ではない!! どの口でほざくのだ。貴様が先に公約を破ったのだぞ。北の領地への支援金減額、そして増税。清浄の森への無断部隊投入。俺の副官への贈賄。……俺を愚弄するにも程がある!! 貴様に俺に要求する資格などないわ!!』
「ぐ、ぬう……」
あ、それは怒って当然です。