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亡命1

「ユーフィリア様、ご支度が整いました」


 使節団を出迎えるために着飾られていた私はシアの声に視線を上げた。


「ふふ、ありがとうございます。シア、やはりあなたの腕は王城一ですね」


 鏡の前でくるりと回ってみるとハーフアップにされた栗色の髪と共に、瞳の色に合わせた淡い水色を基調にした Aラインのドレスがふわり舞う。

 胸元は白のレースで刺繍されてパールが飾り付けられている。まるで浅瀬の海を表しているような涼やかなドレスだ。


 小振りなアクアマリンのイヤリングが耳元で揺れて、鏡の前で微笑んでみると普段よりは幾分か華やかに見えた。


 シアのメイク技術の賜物だ。年々腕を上げている気がする。

 しかし、手伝いに寄越された他の侍女達を「仕事の邪魔なのでお引き取りください」と追い返したのには笑ってしまった。

 まあ私の髪を乱暴に扱うわ、横柄な態度だわでシアの逆鱗に触れてしまったので仕方ない。

 そんなわけで私の身支度はシア一人によって整えられた。



 鏡の前から離れて部屋の中をゆっくりと見渡す。

 この部屋ともお別れだ。

 大切な物はもうダクス宰相に預けてある。


「お時間です。ユーフィリア様」


「ええ、行きましょうか」


 二度と戻ることはない部屋に背を向けた。




 使節団を迎えるために謁見の間へ向かう私の後ろをシアが付いて来てくれていたが、中には連れてはいけないため、大扉の前で足を止めた。


 シアを振り返るとその手を握る。

 一瞬目を瞠って、少し戸惑うようにコバルトグリーンの瞳が揺れた。


「シア、行ってきます」


「……いってらっしゃいませ」


 なぜ手を離さないのかと言いたげな顔だ。

 それに気づかないふりをして封筒を握らせる。


「これを持っていてください」


「はい」


「ちゃんと、持っていてくださいね」


 含んで聞かせるように区切って言う。


 きっと私の私物と思ったことだろう。

 けれど、それはシアに宛てた手紙だ。

 その中に祝福をしたブローチも入れておいた。

 全てが終わる頃には、宛名を確認して中にある手紙を読んでくれているはずだ。

 受け取らざるを得ない贈り物で困らせてしまうだろうけれど、きっと私の言葉に従って持っていてくれると信じている。


(幸せに生きてください)


 最後に願いを込めるように少し力を込めてシアの手を包むと、名残惜しさを振り切るように手を離した。


「シア、ありがとうございます」


「いつも申し上げておりますが、私の職務ですのでお礼は不要でございます」


「ふふ、ええ。知ってます。私が言いたいだけなのです」


 いつも通りに淡々と私を見送るシアに笑顔を見せると、今度こそ背を向けて大扉をくぐった。


 大扉が閉まる寸前ーー


「さようなら」


 囁くような別れの言葉は私の願い通りシアには届かずに掻き消された。




 王都から王城までの道を使節団が通ると国民から歓声が上がった。その声は王城まで届いていて、街中の熱気が凄まじいことが窺える。


 歓声は徐々に大きくなっていき、使節団がそろそろ到着するのだと察した。


(ダクス宰相はいつ決行するつもりなのでしょう。派手にすると言ってましたし、あぁ緊張で足が震えて来ました……っ)


 どうにか表情だけは取り繕っているが、一歩も動ける気がしない。

 気を紛らわそうとキョロキョロと視線を巡らせる。


 陛下と王妃は玉座に座り、互いに目を合わせようともしない。

 更に不仲に拍車が掛かっているようだ。

 そして王妃の玉座は案の定、新しいものに変わっていた。当然と言える結果だ。


 王太子は私から少し離れた場所で窓の外を見ていた。こちらに気付いているようだけれど、このような場で罵声を浴びせるような愚行を冒すつもりはないようで私に近づいてくる様子はない。



 そして先程からなぜか無意識に視線が向いてしまう彼へと焦点を合わせる。


 礼服を身に纏い、忙しなく文官に指示を出すダクス宰相を視界に収めると咄嗟に目元を覆った。


(うぅ、眩しいっ……!)


 美しさで目が灼けるような気持ちになりながら、そろりともう一度彼に目を向けた。

 

 黒を基調としながらも、所々に深みのある紫の布地を取り入れてあり、詰襟には金で縁取られたアメジストの飾り釦が取り付けられている。カフス釦も同じもので揃えてあり、彼が腕を上げる度に光を受けて紫が煌めいた。


 溜息が漏れるほど優美である。

 貴婦人方の視線は彼に釘付けだ。

 そんな彼が今日、私と共に亡命するなど誰が思うだろうか。


(あぁっ、亡命のことを思い出したらまた膝に震えがっ……!)


 こんな状態で大丈夫なのかと不安になりながら、その時を待つ。

 


 使節団の予定時刻より遅れているようで、ダクス宰相の眉間には皺が寄っている。

 文官達が怯えて身を竦めているのを見えた。

 ダクス宰相は威圧しているつもりはなかったのだろう。その反応に眉尻を少し下げていた。


 苦笑してその様子を眺めていると、ふと視線が交わった。


 不機嫌そうな顔は「何を笑っている」とでも言いたそうだ。

 距離が離れていても何となく彼の言いそうなことがわかってしまい、くすくすと小さく笑うと、そんな私に彼も気が抜けたように目元を緩めた。



「……っ!」


 その表情に一気に顔に血が上る。


 そんな私に気付いているのかいないのか、彼はすぐに指示出しに戻った。


(し、心臓が止まるかと思いました……っ)


 激しく脈打つ鼓動に呼吸が荒くなる。


「今のは反則ではありませんか……」


 消え入りそうな声で呟き、胸元を押さえて、赤くなった頬を隠すように俯く。


 そんな私の視界に革靴が映る。


(ああ、この流れはーー)


「おい、貧相なドレスだな。あの男に用意してもらわなかったのか?」


 今日は関わらないでいてくれると思ったのだけれど、そう簡単にはいかないようで王太子が目の前に立っていた。


「ええと、あの男……ですか?」


 王太子は嫌そうに顔を歪めながら視線でダクス宰相を示す。


 なぜダクス宰相がドレスを用意する必要が?と不思議に思い、そのまま問いかけるように王太子を見上げる。


「お前とは男女の仲なのだろう? あの男ならもう少しマシなものを用意できるだろう」


「はいぃっ?! いえ、何のはなーー」


「マルロス共和国使節団の皆様が到着なさいました!!」


 衛兵の声に遮られてしまい否定できぬまま、王太子は舌打ちをして立ち位置へと戻っていった。


(あぁぁぁ、ダクス宰相の冗談を真に受けたままではないですかっ! わ、私と彼が男女の仲だなんてっ……)


 顔の赤みが引かぬまま、チラリとダクス宰相を見てしまう。

 彼の背中を見ただけで、また顔から湯気が出るかと思うほど熱を帯びる。


(ち、違うのです。これは。あまり男性に慣れていないので過剰に反応してしまっているだけで、そう言う色恋沙汰の話ではなくて。…………だ、だって仕方がないではないですか)


 誰に言い訳しているかわからないが心の内で弁解している間にファンファーレが鳴り響き、使節団の先頭が現れた。

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