織りなす想いが紡いだ未来へ
晴れ渡る空。
惜しみなく降る聖花ノルトリアスの真っ白な花吹雪。
私が公国初の公妃となった今日この日。
ダクス城は冬の終わりを宣言するように雪の代わりに花を纏った。
参列者にはダクス公国の貴族は勿論のこと、アルディス王国からお兄様、気不味そうな顔をしたベルヅ国王など周辺国からも多くの方が祝いに駆けつけてくれた。
昨年改築された聖堂でハーヴェイ大神官の祝福を受けて、永遠の誓いを立てる。
その間もあちらこちらから啜り泣く声が聞こえてきて、セルシオン様と視線を合わせて笑った。
「っ、うぅ……ユーフィリア、おめでとう。幸せになってくれ……っ」
「お兄様、ありがとうございます。あぁ、もう泣かないでください」
「全く泣きすぎではないか。アルディス国王であろう?」
人目もあるというのにポロポロと泣き出すお兄様の腕を摩ってあげる。
「うっ、すまない……ドレスもよく似合っている。……花束が間に合って良かった」
ずずっと鼻をかみ、私の持つ薄水色の花晶石の花束に視線を落としたお兄様は安堵した顔でぽつりと呟いた。
ギリギリまで出来が気に入らないと何度も作り直しをしてくれたそうだ。
コーネリアが何度も催促してくれたらしい。
まだめそめそとするお兄様をどうしたものかと思っていたら、お母様がやって来てお兄様との間に割り込むようにして私の手を取った。
「ユーフィリア! とても綺麗ね。シアが良い仕事をしたようね。さすがだわ」
「お母様……」
「今までの分も幸せになるのよ」
「いいえ。今までだって幸せでした。これからもっと幸せになるだけですよ」
「……そう言ってくれるなら私も救われるわ」
涙の滲んだ蜂蜜色の瞳は甘やかに揺れる。
周囲の目がお母様に注がれるのを感じて、お母様の護衛に目配せをする。しっかり頷き返されたのを確認してお母様と別れると、道すがら参列者に軽く言葉をかけながら聖堂から出る。
すると上から騒がしい声が降ってきた。
「メルテ! 身を乗り出さないでください!」
「わーってる、わーってる。過保護なんだよ、もうー。ほら見てよ。このバランス感覚! メルテちゃん天才すぎじゃない!?」
「あー、もういいです。いっそのことそのまま落ちてください……」
「ふっ、ダーレンは甘い。甘すぎるよ。まるでナー坊のネリネリへの恋心くらい甘いよ。このメルテちゃんが無様に落ちるとでも? 史上最高得点を叩き出してみせよう!」
「何のですか!? 余計なことしないで聖花を降らせることに集中してくださいってば!」
セルシオン様が不機嫌そうに眉を寄せて彼らを見上げる。
「ええっと、聖堂側の聖花を降らせる係はお二人のようですね」
「……酷い配置ミスだな。塔主にクレームを入れておこう」
セルシオン様は冷えた声でそう言うと、気を取り直して私をエスコートしながら長い階段を降りる。
降りた先には、色とりどりの花々が飾られた屋根のない四輪馬車があった。
その馬車を挟むようにしてナレアスとコーネリアが真っ白の騎士服を着用しそれぞれ馬に跨り待ってくれていた。
セルシオン様の手を取り馬車に上がる。
顔の高さが近くなったコーネリアが私に微笑みかけた。
「邪魔者が現れても一言も発することなく、後悔する間もなく、この世界から消しますのでご安心くださいね」
「お、穏便にどうぞ……」
「誰も消えたことを知らなければ穏便に済んだと言えるかと」
ふわふわんと微笑み掛けるコーネリアも少し浮かれているのだろうか。いつもより声が弾んでいる。
「コーネリアのことは気にするな。やり過ぎそうな時は俺が止める」
「ナレアスに絶好調なコーネリアを止めれます……?」
「無理だろうな」
「ふふ、無理よ」
「無理って言うな!! セルシオン様まで酷いですよ!」
拗ねた口調のナレアスがおかしくて、明るい笑い声がいくつも響く。
他愛無い話をしている内にパレードの開始時刻を告げられ、馬車がゆっくりと走り出した。
国民達の歓声を浴びながら街を進み、道に所狭しとひしめき合いながら笑顔で祝いの言葉を投げる民達に手を振った。
彼らの喜ぶ顔を見て改めて思う。
やはりセルシオン様を怯えた目で見る人なんていない。セルシオン様の民達を思う心は伝わっているのだ。
確かに親しみはないだろう。しかし、尊敬と感謝の籠ったいくつもの視線に誇らしい気持ちになる。
私の愛した人は本当に素晴らしい人なのだと大声で叫びたい気分だった。
ひらりと白い花弁が目の前を舞う。
城からも聖堂からも離れたこんなところまで風に運ばれてきたようだ。
花弁を捕まえようとしたが、すり抜けるようにまた風に飛ばされていく。それを穏やかな気持ちで見送った。
「聖花が欲しければ後で部屋に用意させよう」
「いいえ。捕まえてみたかっただけなので大丈夫です。それにしてもまるで聖花祭りのようですね! ……私、もう二度と見ることはできないと思っていました」
イグニダとの婚約を命じられた時のことを思い出す。
私の表情の微かな翳りに気付いたセルシオン様が、そっと上から手を重ねて私の手を握る。
まるでどこにも行かないよう繋ぎ止められたようで擽ったい気持ちになる。
大丈夫だと言うようにセルシオン様を見上げて微笑んだ。
「毎年この日に降らせよう。来年も、再来年も、その次も俺の隣で見たらいい。
いずれ王でなくなったその時は、共に聖花を育てて、たった一本のそれを愛でればいい。なんなら大神官から買い取ってもいい」
「ふふ、そこまでしなくて大丈夫ですよ。その気持ちだけで幸せです」
体を寄せてその肩に頭を預けると、セルシオン様も私の頭に頬擦りするように顔を寄せる。
そして不意に上を向かされたかと思えば予告なく口付けられた。
こんな場所でと恥ずかしい反面、今日くらいはと思い受け入れてその背中に腕を回した。
そんな私達の仲睦まじい姿に先程より更に大きな歓声が上がった。
イグニダとの婚約を命じられたあの頃の私に、この未来を伝えても信じてもらえないだろう。
一年も経っていないというのに、この怒涛の日々はあまりにも私の世界を変えた。
楽しく幸せなことが沢山あった。
辛く思い出したくないこともあった。
自分の存在が許せなくて幸せになることを拒んでいた私が、前世からの柵と向き合い、また新たな関係を築いていけたのはセルシオン様がいてくれたからだ。
こうして皆と笑い合える未来を掴み取れたのは奇跡だった。
(まさしくこれこそウェルニア様のご加護でしょうか)
普通なら思い出すことなどない前世の記憶。
関わりの深かった者達が同時期に生まれ落ちる確率。
少し考えただけでも分かる。これが到底起こり得ないことで、奇跡にも程があるのだと。
(ああ、でも今はそんなこと考えるのは無粋というものですね)
今この瞬間を目に焼き付けねば勿体無い。
幸せが形となったこの光景を一分一秒でも長く覚えていられるように。
お読みくださりありがとうございました。
これにて完結となります。
本当でしたら亡命編で完結させる予定だったのですが、どうしても過去編を書きたくなりここまで書いてしまいました。
少しでも皆様に楽しんでいただけていたら嬉しいです。
もしかしたら何話か番外編を追加するかもしれませんので、気が向かれたらぜひ読んでみて頂ければと思います。
よろしければ評価やブクマお願いいたします。
感想などもいただけるととても喜びます!
長くお付き合い頂きありがとうございました。