それぞれの長い夜【番外編】
外の暗さに合わせて光量を落とされた魔導塔の灯りが廊下を照らす。
満たされた腹を撫で、少しの眠気を感じながらも執務室を目指して足を進める。
次から次へと舞い込む仕事量に辟易する反面、民の生活や業務の問題点が改善されていくことにやり甲斐も感じる。
(うんうん、やっぱり僕には補佐が向いてるんですよ。王なんて柄じゃない。何と言ってもまず威厳もないし、美貌もない。武力もなければ、魔力もない。あっはっは! 見事にナイナイ尽くしだ!)
ーーけれど、僕にはセルシオン様を支える頭脳がある。
「やっぱ適材適所でしょ。あーあ。あと十数年、どうやって繋ぎ止めますかねぇー」
今一番頭を悩ませている問題のことを考えている割に足取り軽く、廊下を進みゆく。
ふと窓の向こうを見遣ると、薄い雲に隠された月が優しい光を放っていた。
「……これで長い冬も終わりですね」
終わらないダクスの冬のように、春の雪解けさえ受け入れられず、長き時を孤独の中で過ごされた敬服する王がようやく幸せを手にしている。
それが自身のことのように喜ばしい。
「これぞまさに大団円、ってやつですかねぇ。めでたしめでたしーっ……と?」
前方からコツリと響く足音が聞こえて窓に向けていた顔を戻す。
「おや、大神官殿ではありませんか。なぜこのような時間に? そもそも城門は閉ざしているはずですが」
にこやかに声を掛けているが、怪しい動きはないか警戒して少し距離を取って立ち止まる。
「こんばんは、宰相閣下。良い月夜ですね。思わず城から月を眺めたくなりましてお邪魔してしまいました」
コーネリア嬢によく似た、食えない笑みの向こうで影が蠢く。
(あー……大神官直属の部隊なら隠し通路くらい見つけますよねー。セルシオン様に明日報告しておきますか)
一旦その件は追求せず別の質問をする。
「月見ですか。それはそれは大神官殿は見た目通り風流なお方ですね。ーーで、何をしに?」
「こうふらりと身の赴くまま風の吹くまま、とでも言いますか」
「回りくどい言い訳は結構です。本来の目的をどうぞー」
再度促すと、大神官殿は少し言いづらそうに視線を逸らして神妙な顔で口を開く。
「正直に申し上げますと実は神のお告げか急にユーフィリア様の貞操が心配になりまして、慌ててこちらへ参った次第です」
うっわ。邪魔する気満々じゃないですか。
「いやいやいやいや。お待ちください。普段のイチャつきを見ていれば、あのお二人が式まで一線を越えないはずがないでしょう? 聖女様は我が国の公妃となるのです。いい加減諦めていただきたい!」
ビシッとはっきり言い切ると善人の皮を被った聖女様の狂信者が悲しげに俯く。
「いやはや、全く容赦ないことです。主従は似ると言いますが、ダクス城の皆様は私に対してあまりに非情では?」
「主君の敵となるならば非情にもなりますよ。ここで引くならば今回の無断入城については不問とします。ですがお二人の営みを邪魔立てするつもりでしたら徹底的に排除しますよ」
片手に警報装置を持ち、スッと表情を消して返事を待つ。
こちらの本気が伝わったのだろう。
大神官殿は苦笑しながら、降参だと言うように手を上げる。
「……本当に憎らしいほど公王陛下に似ておられる」
「これでも遠縁ながらダクスの血筋ですので」
ダクスの血は僕にとって誇りだ。
どんな褒め言葉よりも嬉しい言葉だった。
顔には出さないが正直あまり言われた事がないので、嬉しくて小躍りしたい気分だ。
「さて、と。残念ながら邪魔できませんでしたし、そろそろお暇しましょうか」
「ぜひそうしてください」
被せ気味に同意する。
何せ仕事が待ってるのだ。早く行ってほしい。
「あ。良ければ少しお付き合いくださいませんか? 私の見張りも兼ねて」
酒を呷るようなジェスチャーをしてみせる大神官殿に引き気味に指摘する。
「いえ、あなた聖職者ですよね?」
「まあまあ。お固いこと言わずに」
「僕は今から仕事が……」
「まさかこの時間から働くと? 業務過多ではありませんか。人間には休息が必要ですよ、宰相閣下」
「適度に休んでますし」
大神官殿と酒を飲むくらいなら仕事をしたいため決して折れる気はなかった。
頑なに拒否するやり取りを繰り返し、ようやく大神官殿は諦めたのか首を横に振り溜息をつく。
「ああ、これはダメです。手遅れです。ワーカーホリックに付ける薬はありません。これは荒療治しかありませんね。ーーお前達」
音もなく。声もなく。それは現れた。
全身黒づくめの服を纏い、顔を隠したその者達は、僕に猿轡を噛ませると肩に担いだ。
「〜〜〜〜〜っ!!」
「大人しくしてくださいね。じっとしていれば怪我はしませんから」
(誘拐犯のセリフじゃないですか!!)
聖職者とは思えない頭のイカれた行動に意識が飛びそうになる。
「ユーフィリア様の出会いからお話ししましょう。そうすれば私の愛がどれだけ深いかご理解いただけるかと」
心底どうでもいい。
視線にて訴えかけるがまあ当然受け流される。
そして僕は担がれたまま隠し通路を抜けて聖堂へと運ばれていく。
もうここまで来たら諦めるしかない。
聞きたくもないどうでもいい話を聞くくらいなら早々に酔い潰れてやろうと心に決めて、少しでもこの夜が早く終わるようにと神に祈った。