それぞれの長い夜【後編】
「ほら、好きにしていいぞ」
ベッドに寝そべるセルシオン様の長い黒髪はすでに解かれており、真っ白いシーツの上に広がっている。堅苦しい上着は既にソファの背にかけられ、今は薄いシャツ一枚だ。首筋から鎖骨にかけてのラインがよく見えるようにはだけられている。更に着目すべきは、シャツの上からでも分かる、程よく付いた筋肉の盛り上がりだ。腕の太さも、胸板の厚さも素晴らしい。きっとシャツを捲れば腹筋も割れていることだろう。
許されるなら「見てみたい!」と叫ぶ心のままにベッドに飛び込み、そのシャツを捲り上げて隅々まで触り散らしたい所だ。
(セルシオン様なら許してくださると思いますけど、その後が怖くてとてもじゃないですけど出来ませんけどね)
お返しとばかりに何をされるか分からない。私の嫌がることはされないとは言え、普段の甘やかしを考えるに恥ずかしい思いをさせられることは間違いない。
今はこの私しか見ることはないだろうセルシオン様の姿を鑑賞しているだけで充分だ。
ーーって、いやいや。鑑賞してる場合ではない。
早いとこ終わらせて撤収しなければ、理性を失った私がセルシオン様に襲いかからないとも限らない。それは流石に聖女としてよろしくない。うん。
恥ずかしいとか言ってもじもじしていてはいけないのだけど、勢いがなければ中々難しいのだ。
しかし、そんな私の葛藤する様さえ楽しんでいるようでセルシオン様の口元は愉しげに笑みを刻む。
「どうした? 手本が必要か?」
身を起こしたセルシオン様は私の手を引くと自分の上に引き倒す。
図らずも念願の筋肉を堪能する体勢となり一瞬思考が停止する。
欲望に忠実な手がぴくりと動きそうになったが、それより先にセルシオン様が動きを見せた。
誘うような手付きで頬をするりと撫で、そのまま耳の形を確かめるように指先でなぞっていく。
「っ……!」
ぞわぞわとした感覚に咄嗟に目を瞑って声を押し殺すと、耳のすぐそばに唇が触れた。
熱い吐息がかかり、それだけで頭がクラクラとする。
(今そこで話されでもしたらっ……!)
「っ、待っ……」
「ああ、目を瞑るな。手本だ。よく見ておけ」
声だけで力が抜けていく。命じられるまま開いた瞳の目の前には、美しい夜色が私を引き込もうと待ち構えていた。
あ……駄目です。これ。
紫黒色に囚われた私がそこから抜け出せるはずがない。
上から覆い被さるようにして合わされた唇を迎え入れる。絡められた舌に必死で応えている内に唇の端から伝う唾液が首筋を流れ落ちていく。
理性はあっさりと溶け落ちて、気付けばベッドの上に組み敷かれていた。
セルシオン様は自身の髪を煩わしそうに掻き上げて乱れた呼吸のままこちらを見下ろす。
熱の籠った視線を受けて、このまま一線を越えるのかとぼんやりとした頭で考えているとセルシオン様は困った顔をして笑う。
「ユーフィリア。手を出そうとしている俺が言うのも何だが……抵抗しないでどうするのだ」
「……しないと、いけませんか……?」
何も考えずに口から出ていた。
でもよく考えた所で同じ結論だと思う。
「セルシオン様を拒む理由、ありませんから。だって、ここには二人だけです」
そう言って微笑むと目を丸くしているセルシオン様の首に腕を回して引き寄せる。
そしてようやく私から口付けた。
すぐに背中を支える腕を感じて、更に深く深く互いを求めて唇を重ねる。
「っ、は……ぁ……まだ……お手本通りに出来ないみたい、です」
「ならば仕方あるまい。覚えるまで、何度でも……」
互いの視線が交わり、ただ愛おしいと伝える瞳に酔いしれる。
「……少し早まったとて構わんか。文句を言う奴らは黙らせよう。ユーフィリアも望んでくれるならば、俺が我慢する必要はない」
その呟きは私に告げると言うよりは、セルシオン様自身に言い聞かせるような響きだった。
「今夜は眠れると思うなよ、ユーフィリア。お前が焚き付けたのだ。責任を取って俺に愛されてくれ」
「……セルシオン様になら、いくらでも」