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晩餐

「どうした、ユーフィリア? 酷く疲れた顔をしているな」


 晩餐の席でセルシオン様は心配そうに声をかけてきた。


「い、いえ……ちょっといろいろ話していたので……は、ははは」


 つい先程まで行われていた泥酔したお母様の質問責めを思い出して遠い目になってしまう。

 敢えて伏せて説明したところも、コーネリアとシアにより暴露されていくという恐ろしい時間だった。


 乾いた笑を零す私に、セルシオン様は訝しげに首を傾げる。


「? そうか。まあ話すことも多かろう。精がつくものを用意している。しっかり食べて元気を出すといい」


「はい、そうします……」


 とりあえずお肉をたらふく食べたい。

 お腹がいっぱいになれば、多少はこの疲弊した精神を回復させることができるかもしれない。




 晩餐に招待されたのは、私達以外にはキースとコーネリアとなる。

 ナレアスはいつも通り護衛として、セルシオン様の近くで手を後ろに組んで控えている。

 シアには食事を取るよう伝えたので、今頃使用人専用の食堂で食べていることだろう。



 全員のグラスにワインが注がれるのを確認してセルシオン様が口を開く。


「ユーフィリアの母君。ようこそ、ダクス公国へ。長年の苦しみから解き放たれたこと喜ばしく思う。早くに助け出してやれずすまなかったな。これからの人生を自由に謳歌してほしい。我らの力が必要な時は声をかけるといい。必ずや助けになろう」


 そこで言葉を区切り、周囲の顔を見回すとグラスを持ち上げる。


「母君の輝かしい人生の始まりを祝って」


 皆の乾杯の声が上がり、晩餐が始まった。


 いつもの顔触れということもあり、緊張することもなく穏やかに食事は進んでいく。

 コーネリアやキースのお陰で会話も弾み、お母様も楽しそうにしている。

 少しお酒が進みすぎな気もするけどまだ許容範囲の酔い方だ。いざとなればまたコーネリアにお願いして酒精を抜いてもらうしかない。


 待ちに待ったメインの牛フィレステーキを秒で平らげ口元をナプキンで拭っていると、「まだ足りぬようだな」とセルシオン様がおかわりを用意してくれた。

 運ばれて来たそれもすぐに胃の中に消えていく。

 正直まだ食べれたが、さすがに二回目のおかわりは辞退する。一応女の子なので。




 皆の食事が落ち着きデザートが運ばれてくる。今日はティラミスだ。


 そこでようやくセルシオン様は今後について話し始めた。


「母君は城で暮らすか城下で暮らすか、どちらを望んでいる? 友好国であれば他国でも構わんが」


「では城下で暮らしてもいいかしら? やっぱり私は平民だから、城で暮らすのは何年経とうと慣れないわ」


「わかった。明日から護衛をつけるので街を見てからどの地区に住むか決めるといい。キース、安全な地区と空き物件をリストアップしておけ」


 セルシオン様が声を掛けると、キースはティラミスを掬う手を止めてから答える。


「そう言われると思ってもう用意してますよー。明日渡しますね。あ、でも結婚式終えるまではこちらに住んでもらった方が警護の面でも良いかと」


「確かにな」


「待って。私に警護はいらないわ……あのクソ、いえ国王が異常なだけだもの」


 自由が侵害されると思ったのだろう。母の顔は少し強張っている。

 警護や護衛といった監視は、母にとって嫌なものでしかないからだ。

 しかし、セルシオン様は首を横に振る。


「いや、必要だ。俺との交渉に使う為、聖女の母の身を狙う不届きものはいるだろう。城下に暮らそうと護衛はつけることになる。それは我らの身を守ることにもなるので、悪いが母君に拒否権はない。離れて警護はさせ、決して自由を妨げたりはしないので安心してもらいたい」


 真摯な態度にお母様は表情を緩めた。


「…………ええ、それでしたらお願いするわ。そうよね、ユーフィリアは公妃になるんだもの。利用しようとする奴もいるわよね。当然だわ」


「んんっ、それに関してだが」


 らしくなく咳払いなどして、セルシオン様が姿勢を正す。


「母君の許可も得ず、婚約したこと申し訳なく思う。だが、俺の妃はユーフィリアしかいない。どうか許してもらいたい」


 頭を下げるセルシオン様に倣って、私も母に向かって頭を下げた。


「ぷっ、あっはははははは! いやぁね、私が反対するわけないじゃないの! こんなカッコいい息子が出来るなんて思わなかったわ! もちろん二人の結婚に賛成よ。さっき二人の馴れ初めから、ここ最近のイチャつく所まですべて教えてもらったところだもの! それだけ愛し合っているなら反対なんてするもんですか! 二人ともおめでとう」


 蜂蜜色の瞳を潤ませたお母様が涙を拭って、お酒を豪快に呷った。


「今日は飲むわ! こんな幸せな日に飲まないなんてあり得ないもの!」


「ふふ、お付き合いします」


「僕はそろそろ……」


「駄目よ、キースさん。まだ早いわ。ほら、だってセルシオン様とユーフィリア様は……ね?」


 コーネリアから意味ありげな視線を送られて咄嗟に逸らす。


「あー、はい。でも僕は関係ないですし。あっ、ナレアス君がいるじゃないですか。もう護衛の時間も終わりでしょう? ねえ、セルシオン様?」


「そうだな。ナレアス、ご苦労だった」


「は、いえっ、まだ俺はーー」


「いいからいいから。僕の席に座って座ってー。はいっ、じゃあ、お先に失礼します!」


 ナレアスを無理やり座らせると、キースは脱兎の如く食堂から姿を消す。


「おい、待て! キース!! っ、くそ!」


 ナレアスが追いかけようと腰を上げようとすると、その肩に細い指が乗せられた。

 軽く添えられただけだ。そう見える。

 しかしナレアスは石でも乗せられたかのように動けなくなっていた。


「ナレアス、付き合ってくれるわよね?」


「い、いや……俺は……酒はあんまり……」


「飲まなくてもいいのよ。ユーフィリア様のお母様と親睦を深めましょう?」


 有無を言わさぬ笑みがナレアスを追い詰めていき、抵抗空しく結局頷く羽目になっていた。



 そして私は私でーー


「さて、そろそろ行くとするか」


「え、っとー……この流れで?」


「むしろ今がタイミングだと思うが」


 コーネリア達だけではなく、使用人の皆さんの生暖かい目がこちらに注がれているのを感じる。


「ふふふ、良い夜を」


「言われずとも」


 コーネリアの言葉にセルシオン様はふっと笑って答えて、私の手を取り立ち上がらせる。


「まだ夜は長い。お前達も楽しむといい」


 救いを求めるナレアスの視線と、ひらひらと手を振るお母様とコーネリアに見送られ、私の長い夜は始まった。

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