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不穏なお茶会

 無事に話がまとまり、決行日についてはダクス宰相の準備が整ってからという事になった。


 母についても相談してみたが今回は一緒に連れ出すことはできないと言われた。

 それも当然だろう。建国と同時に戦争などするべきではない。

 国が安定すれば迎えに行けばいいと言われて納得するほかなかった。



 そして数日が過ぎ、とある穏やかな昼下がり。


 ダクス宰相の協力も取り付けてご機嫌だった私は、シアから衝撃の言葉を齎された。


「え、今なんと仰いました?」


 手元の書きかけの手紙をペン先が貫通したのにも気付かず、シアを見上げる。


「王太子殿下からお茶のお誘いがきております」


「あら、私の聞き間違いでしょうか?」


「王太子殿下からお茶のお誘いがきております」


 シアは三度目と言うのに一語一句、声の高さを違えることすらなく平坦な口調で繰り返して答えた。

 どうやら聞き間違いではなかったようで、さぁっと血の気が引いた。


「お断りしてください」


「そうなりますと、ユーフィリア様の自室へ王太子殿下がいらっしゃることになりますがよろしいでしょうか」


「嫌に決まってます! あぁ、シア……私は行きたくないのです」


「左様でございますか」


 私の切実な声音に心揺さぶられることもなく、シアは知ったことかと言うように淡々と相槌を打つ。


「どうにかなりませんか?」


「私は一介の侍女に過ぎませんのでお力になることは難しいかと」


「そう、ですよね。困らせてしまってごめんなさい。ーー場所はどこでしょうか」


「薔薇庭園を指定されてます」


「正妃様の庭園ではないですか! 足を踏み入れたら殺されます! どうにか場所を変更していただかなくては……」


 ぶつぶつと呟きながら思案する。


 室内は以ての外だ。別の庭園にするしかない。王城内の数ある庭園の中からいくつかをピックアップしてさらに篩にかける。


「そうです、東……東の庭園にしましょう。シア、急ぎ王太子へ知らせを出してください」




 そうして私の断固たる意思の下、王太子に東の庭園に場所を変更していただくよう申し出たところ珍しく意見が受け入れられた。


 お茶の時間まで余裕があるので、念のためダクス宰相にも王太子からの呼び出しについて知らせを送った。

 東の庭園は宰相執務室からよく見える位置にある。何かあった時には叫べばダクス宰相が気付いてくれると思いたい。



 そして、王太子からの誘いのせいで中断していた手紙を書き直していると、あっという間に地獄の時間が迫ってきた。

 今からでも体調不良で逃げたいところだけれど、別日に変更されるだけならば早めに終わらせた方がいい。

 シアに時間だと促され暗澹とした気持ちで席を立った。



 私が指定した庭園は城の東に位置する。

 ブーゲンビリアの咲き乱れる、鮮やかな赤や濃い紫に夏空がよく映えた大変美しい庭園だ。


 東の庭園は母の住まう離宮が近くにある事から普段あまり人が来ることはない。

 基本的に陛下を伴わなければ母は離宮を出ることすら許可されていないため、この庭園で出会うことはないのだが、陛下の悋気で首を落とされた者もいるので皆、下手に近付きたくないのだ。

 お陰で私のお気に入りの読書スポットとして大いに活用させて頂いている。



 そんな色鮮やかな東の庭園の日差しが燦々と降り注ぐガゼボで、私を含めた三人が顔を突き合わせていた。


 そう、三人である。


 目の前には大層不機嫌な様子の王太子。

 隣を見れば、王太子に向けて嘲笑を浮かべるダクス宰相。

 そして胃がキリキリと痛んでお腹を摩る私。



 なぜこうなったのか私にもわからない。

 ダクス宰相は一番乗りでこのガゼボに腰掛けていたのだ。

 私は深く考える事をやめた。



 王太子の側近は近くにいないようだ。近衛騎士すら遠ざけられている。

 シアや他の侍女達はお茶の準備をすると会話が聞こえないほど遠くで待機するよう王太子に命じられていつになく離れた場所まで下がっていた。


 白いガーデンテーブルの上には冷たいフルーツティーとババロアやゼリーといったひんやりとしたデザートが多めに並べられている。

 しかし、それらに手を付けられる雰囲気ではなく、私は膝の上でぎゅっと手を握って俯いていた。



 強い陽射しが徐々に角度を変えて、足元へと辿り着こうとしている。

 日除けでは防ぎきれない茹だる様な熱気と険悪な空気に呼吸をするのも一苦労だ。


 このまま黙っていてはそのうち熱中症になる。

 危機を感じて、思い切って口を開いた。


「……あの王太子殿下。お忙しい身かと存じますのでそろそろご用件を……」


「この邪魔者が失せれば話す」


「ほう、俺がいては話せんのか。何の話をするのやら」


「私とて側近を下がらせているんだぞ! なぜお前が同席できると思うんだ!?」


「同席出来ぬ理由がわからん。王女と俺は……おっと、これはまだ秘密であったな」


「いやそうですけどそうじゃないぃぃぃっ!!」


(確かに共に亡命する仲ではあるけれど!)


 どこか親しげに私に頬を寄せて小さく笑うダクス宰相は明らかに王太子殿下をおちょくっている。


「お、おおおお前と妾腹が何だと言うんだ!? 言え!! さもなくばーー」


「ふっ、そう強制されては言う気が失せるというものだ。諦めよ。だがまあ近々知る事になろう」


 意味深な発言にまんまと動揺している王太子は、顔面を蒼白にして挙動不審に私とダクス宰相を交互に見る。


「そら、早く話すといい。俺も暇ではないのだぞ」


「だから、お前は帰っていいんだ! むしろ帰れ!!」


「よし、ならば共に帰るか。暑かったな。茶でもするか。冷たい物でも用意させよう」


 そう言って立ち上がると私をエスコートしようと手を差し出す。

 本当に帰ってしまって良いのかとチラチラ王太子の顔を窺いながら手を取ろうとすると、王太子は青白かった顔を今度は怒りで真っ赤にしてダクス宰相の手を叩き落とした。


「その妾腹は置いていけ!!」


「断る。用があるなら言うがいい。言えぬなら連れ帰る」


 王太子が悔しそうに唇を噛み締めてダクス宰相を睨み付けるも、どこ吹く風というように涼しい顔で受け流す。

 そのあまりの手応えのなさに諦めたのか、王太子は長く息を吐いて気を落ち着けさせる。

 そしてどうにか落ち着きを取り戻したのか虚勢を張るようにツンと顎を上げて、見下すように鼻を鳴らした。


「ま、まあいい。では、このまま話してやる! お前、結婚するらしいな。相手はあのベルヅ国のイグニダと聞いたぞ。私がこの結婚潰してやろうか? 地面に額を擦り付けて懇願するなら父上に願い出てやってもいいぞ」


(え、怖! 何を企んでいるのでしょう?)


 ダクス宰相に怯えた視線を送るとどうでも良さそうに空を見上げている。

 副音声で「つまらん」と聞こえてきそうだ。

 そんな姿さえ絵になるのは本当にずるい。



「どうだ、お前も嫁ぎたくなどないんだろ?」


「え、はい。でも結構です」


 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべた王太子に反射的に断りを入れる。


(だってダクス宰相と亡命しますので)


「強がるな。お前の扱いなど他国ではここより酷くなるぞ?」


「はい、でも結構です」


(ダクス公国ではそのような心配もありませんので)


 再度即答すると、王太子の嫌味ったらしい笑みが引き攣った。


 ダクス宰相はアイスティーを口に含み、成り行きを面白そうに観察している。


「…‥現実が理解できてないようだな。この婚姻は父上からの死刑宣告だぞ? お前が万に一つでも生き延びる可能性はない。今なら頭を下げるだけで頼みを聞いてやらなくもないぞ」


「でも結構です」


(ダクス宰相と契約しましたので間違いなく生き延びますし)


 断固拒否の姿勢を崩さない私に、王太子は笑みを消すと青筋を浮かべて怒りで肩を震わせる。


「…………こ、この私がここまで譲歩してやっているのに拒むのか?」


「はい、結構です」


(むしろ受け入れた方が何を要求されるかわかったものではないので)


 亡命すると決まったからだろうか。

 私のいつになく強気な姿勢に、怒りの中に混じって戸惑いを感じているようだ。

 思い通りにならない展開に、王太子は耐えきれなくなったようでガーデンテーブルを握り拳で強く叩きつける。


 あれはだいぶ痛いぞ。

 手に網目状のテーブルの跡が付いている事だろう。

 心配気に王太子の手をそっと見遣ると机の下に隠された。


(あ、やはり痛かったのですね)


 ダクス宰相もそれに気付いたのか、ふっと吐息のような笑いを零して顔を斜め下に向けた。

 笑っては可哀想だと視線で咎めるようにダクス宰相を見て、その膝をぺちんと軽く叩いた。

 そんな私達の様子を見て更に怒りのボルテージが上がっていく王太子。


「い、良い度胸だ! もう好きにしろ!! お前のような妾腹を気にかけてやったのが馬鹿みたいだ!!」


 そう言って勢い良く立ち上がり、王太子は肩を怒らせて去って行った。

 その背中がどこか気落ちしているように見えて心が少し痛む。


「あれは感謝すべきだったのでしょうか? 何かを企んでいるのかと思ったのですけど」


 ダクス宰相はババロアをスプーンで掬いながら、皮肉気に口元を歪める。


「善意だけとは言い切れんな。だが、あれはお前の死を望んではいない。助けを求めれば、国王へ進言すると言うのは本気だろう」


「陛下が受け入れるかは別ですけどね。それでしたら王太子に感謝の言葉を伝えるべきでした。彼の普段がアレなので疑心暗鬼になっていたようです。申し訳ない事をしてしまいましたね」


 ババロアが美味しかったのか彼の表情が少し緩んだ。

 私も食べてみたくなりババロアとパンナコッタを取皿に移す。


 まさかの王太子抜きのお茶会が始まっていた。


「それは奴の自業自得であろう。気にするな。ーーそれにしても面倒な」


「え、何がです?」


 口に運んだパンナコッタがとろっと溶けた。甘いミルクの香りとその味に頬がだらしなく緩む。


「気付かなかったか? あの男の執着を。ここで縁を切りたいものだ」


「執着、ですか? 虐める対象が居なくなるのが嫌だったということではないのですか?」


 会話内容と表情が噛み合わない。

 お互いどこか幸せそうに緩んだ表情で次から次へとデザートに手を伸ばす。

 スプーンの動きは止まる事なく、機械じみた動きで全制覇に向けて着々と競い合うかのように匙を進めていく。


「ほう、王女はそう思ったか。そんな子どものようなものならどれほどマシだったか。あれは魂に刻まれたものなのだろうな。厄介な事だ。奴の未練を断ち切るためにもここを去るときは盛大に煽ってやるとしよう。ふはははは! どのような反応をするか見ものだな!」


「えぇぇぇぇ、静かに去るつもりは……」


「ないっ!! こういうことはな、いかに派手に、いかに相手を飲み込めるかという勢いが大切なのだ!」


「そういうものなのでしょうか……?」


 納得いかない部分もあるが、ダクス宰相の方が全体がよく見えているのだろう。

 彼が必要だと言うのならば従いつつ結果を見守ろう。




 そうして王太子の用意したデザートは食べ尽くされ、私達は蝉時雨に見送られて、甘い残り香の漂うガゼボを後にした。




◇◇◇



「くそっ、くそっ!! なんなんだ!」


 王城を足音を立てて怒りを露わにしながら歩くと周囲の者が怯えて避けていく。

 それがまた私の苛立ちを加速させていた。


 自室へ入ると同時に近衛も側近も全て下がらせた。


 荒々しくソファに座り込み、金色の髪を掻き乱す。


「私は王太子だぞ!! だと言うのに、なぜ提案を断るんだ!」


 あの妾腹の顔を思い出しては悪態をつく。どうにも腹の虫が治らない。


 ああ、本当に腹立たしい。あの女はなんなんだ。

 折角この私が助けてやろうと思ったのに。

 なんの取り柄もない妾腹の王女が偉そうに拒否するとは。


 あの地味な栗色の髪も、薄い水色の瞳も、憎らしい程に人の好さそうな顔付きも、その存在すべてが気に入らない。

 あんな女が王家の血を引くなど許していいはずがない。


 特別秀でたところもない平凡で凡庸で何の価値も見出せない、つまらない女。

 それがユーフィリア・アルディスだった。


 だから、私が助けるといえばすぐに飛び付いてくると思っていた。


 ーーだと言うのに!!


「宰相が味方についたと思って、あのような態度を取るなど……!! それに二人は男女の仲なのか!? 何を隠している!! なぜ私に言わない!? すぐにわかるとはいつなんだ!!」


 思い返しても宰相の勝ち誇った顔や馬鹿にしたような笑みが神経に障る。

 そして宰相への信頼も好意も隠そうとしないあの女も。


「さっさと消えろ……!」


 頭を掻き毟るように掴んだまま、ソファの上で蹲るように体を前に倒した。


 私の前から消えてくれ。

 これ以上煩わせるな。


 しかし、脳裏に浮かぶのは忌々しいあの妾腹の顔だった。


 私に微笑むことは一度としてなく、いつだって厭うような目でこちらを見る。

 それが更に気に食わない。


「消えろ、消えてくれっ……! 早く。私の前から。この城から……」



 そうしなければ、()()()はーー



 無意識に浮かんだ言葉は、泡沫のようにすぐに意識の底へと消えた。


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