嫉妬
薔薇庭園を後にして謁見の間へ戻ろうとしたら、セルシオン様達を客室へ案内したという宰相からの伝言を聞いた。
セルシオン様に会いたくないと言うお兄様とそこで別れて客室へと向かう。
扉を開けてもらい中に入るとダクス公国の面々とお母様が揃っていた。
「戻りました。何事もなかったですか?」
ぐるりと室内を見回すとナレアス以外はソファに座り、お茶を楽しんでいたようだ。
セルシオン様の隣が空いていたので迷うことなくそちらに座る。
「それはこちらのセリフだろう。何も強要されなかったか?」
「はい、大丈夫ですよ。心配してくださってありがとうございます」
「お前の心が満たされているならそれでいい。俺が気を揉む程度どうと言うことはない」
そう言ってセルシオン様が落ち着いた様子でカップに口を付けた時だ。
「あらぁ、私に監視させて逐一報告させてたのはどこのどなたでしょう?」
ふわんとした口調はどこか揶揄いを含んでいた。
セルシオン様は口元をヒクつかせながら、カップをテーブルに置く。
「…….コーネリア」
怒りを含んだセルシオン様に名を呼ばれても気にすることなくコーネリアは続ける。
「途中で嫉妬のあまりカップにヒビを入れたのはどなただったかしら? ねえ、ナレアス覚えてる?」
「あー、いや……おい、その辺にしとけ。セルシオン様を怒らせたくないだろ」
セルシオン様の顔色を窺うようにしてナレアスが言うと、コーネリアは悪戯っ子のように目を細めて笑った。
「だって、あんなに心配してヤキモチ妬いていたのにユーフィリア様に知られないように振る舞っているのを見ると……ねえ?」
遊びたくなるじゃない、と言う声が聞こえた気がした。
それにしてもそんなに気にしてくれていたとは思わなかった。セルシオン様の横顔を見上げても今は不機嫌さしか見えない。
「ユーフィリア、見るな」
「え、はい。すみません。あの、顔は見ませんので一つお聞きしてもいいですか?」
「コーネリアの発言のことなら……」
「いえ、そちらではなく。戻ったら私から口付けをすると約束しましたが、いつしたら良いかなと思いまして。さすがに人目がある所では恥ずかしいので夜でも良いですか?」
室内に妙な沈黙が落ちた。
そこで自分の発言の恥ずかしさに気付いた。
コーネリアからは生暖かい視線が、ナレアスからは信じられないといった視線を向けられた。お母様の顔は恥ずかしくて見ることもできない。
セルシオン様からも返事がなく、羞恥に顔を俯けて縮こまる。
(私ったら私ったら!! もう、本当に何でこんなっ、あああっ、もうバカ!)
自分を罵倒しても口にしたものは取り消せない。
誰か何か言ってほしいという気持ちでただ時間が過ぎるのを待つ。
目をぎゅっと瞑っていると、膝に置いた手を大きな温もりが包んだ。誰の手か、なんて考えなくてもわかった。
そろりと目を開けると予想通りセルシオン様の手だった。
「ユーフィリア、してくれるのか」
随分と嬉しそうな声だ。
「え、と。……はい。後で、ですけど」
「お前からしてくれるのか! そうかそうか! では、早く帰らねばな! 普段恥ずかしがって中々してくれないユーフィリアからの口付けだ! そうだ、エルフの力を総動員して早く夜に出来ないものか……戻ったらすぐ魔導塔に使いをやらねば! 皆の者、早急に母君の荷物を纏めよ! 公国へ帰還する!!」
立ち上がり、指示を出し始めるセルシオン様。そのあまりのはしゃぎように、目を丸くして呆然としてしまう。
私からの口付けひとつでそこまで喜んでくれるのは世界広しとセルシオン様しかいないだろう。
「まあ、すっかり機嫌が良くなりましたね。さすがユーフィリア様です!」
コーネリアに褒められたが、恥ずかしさやら何やらでなんだか素直に喜べなかった。
そしてお母様の出国手続きと最低限の荷物をまとめて、その日の内にアルディス王国を後にすることになった。
転移する直前までぼたぼたと涙を零していたお兄様は少し可哀想だったが、春に結婚式で会う約束をしてどうにか宥めて手を離してもらった。というかセルシオン様が容赦なく手刀で叩き落とした。