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薔薇庭園

 無言のギルバート国王に連れて来られたのは正妃に与えられていた薔薇庭園だ。


 白いアーチ状の扉の両脇に気を抜いた様子で立っている警備兵がギルバート国王の姿を見て、慌てた様子で姿勢を正す。

 扉の格子の隙間から季節外れの鮮やかな薔薇が見え、庭園に入る前から芳しい香りが漂ってくる。


 警備兵が扉を開け、ギルバート国王に促されるまま中に足を踏み入れる。


 正妃の庭園は遠くからしか眺めたことがなく、中に入ることなど一生ないと思っていただけに落ち着かない気持ちになる。

 何よりギルバート国王が何も話さないのがまた私を居心地悪くさせていた。


 道の両脇に植えられた薔薇は色とりどりに咲き誇り、青天によく映える。


 薔薇が咲くにはまだ少し早い時期のはずだが、魔導具で管理しているようでどの薔薇も満開だ。

 道すがら花々を眺めながら、時折左手の指輪を見て口元を綻ばせる。


(きっとコーネリアの遠見で様子見てるんでしょうね。でなければ二人で送り出したりしないはずです。何の心配もいらないと言うのにみんなして過保護なんですから)


 そしてそれを嬉しく思っている自分にも気付いている。


(誰かに大切に思われて、宝物のように扱われるのは擽ったいものですね)


 ダクス公国での日々は幸せに満ちていて、一生分の幸福を使い切ってしまったのではないかと不安になる。

 でも、もし地位も名誉も聖力も失ったとしてもセルシオン様だけは最後までそばにいてくれると信じているから怖くない。

 いや、セルシオン様だけでなく、シアも離れずにいてくれるだろう。


(本当に私には勿体無いくらいの人達です。これも全てウェルニア様のご加護のお陰でしょうか)


 胸がいっぱいになってしまい、胸元を押さえて静かに息を吐く。


「すみません、疲れましたか?」


「えっ?」


 唐突にかけられた声に、勢いをつけて顔を上げてしまう。


「溜息をつかれたでしょう?」


「いえ、溜息ではなく……えーと、深呼吸と言いますか。そもそもこのくらいで疲れたりなどしませんよ」


 苦笑する私にギルバート国王は安堵した顔を見せる。


「もう着きます。段差がありますので気をつけてください」


 手を引かれて段差を上がり、そのまま少し進むと開けた場所に出る。


 元々ガゼボを建てる予定だったのだろうか。不自然にぽっかりと空いた場所を囲むように赤い薔薇が植えられている。


 その中心でギルバート国王は足を止めた。


「ここは?」


 問い掛けると、こちらをゆっくりと振り向いた。


「父上が母上に贈られた女神像があった場所です。嫉妬に駆られた母上が何年も前に壊してしまいましたが……」


 そう言って視線を向けた先にそれはあったのだろう。ギルバート国王はその時のことを思い出すように寂しげな目で笑った。


 何か声をかけたくて、でも何と言えばいいのか分からなくて開きかけた口を閉じた。

 そんな私を見てギルバート国王がおどけるように言う。


「ああ、こんな話をしている内にダクスがあなたを連れ戻しに来そうですね。では本題に入りましょう。お渡しする前に話したいことがあります」


「話したいこと、ですか? それは先程の……?」


「いえ、それは胸に秘めておきましょう。そうすれば、ユーフィリアは気になって私を思い出してくれるでしょう? 秘密を明かしてしまうよりも、その方が余程良い」


「そんなことしなくても思い出しますよ。元気でいるように、幸せでいるようにと遠い北の地で毎日祈りを捧げてます。たったひとりの兄であり、大切な家族なのですから」


 ティアニアにとってもそんな家族のような存在だったのだから。

 言外に含めた言葉を察して、ギルバート国王は泣き笑いのような顔で私を抱き寄せた。


「これは兄妹としての抱擁です。なんら後ろめたいことはありません」


「ふふ、はい。わかってますよ」


 その子どもの言い訳のようなわざとらしい言い方にくすくすと笑い声を上げた。


 ギルバート国王は最後に一度強く抱きしめてから、名残惜しそうにゆっくりと体を離す。

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