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歪んだ愛の終わり

 お母様の罵倒など慣れたものだろうに、なぜか先王はショックを受けた様子だった。

 暴れ出さないかとその一挙一動を見守る中、こちらの警戒をよそに先王はよろけて床に強かに膝を打ちつけながら崩れ落ちた。


「私が……死んでも構わないと……?」


「そうね。清々するわね。逆に聞くけど、どうしたら愛せると思うわけ?」


「なぜだ! 離宮で良い暮らしをさせてやったではないか! ドレスも宝石も買い与え、平民では得られぬ贅沢を味合わせてやった。国王から愛されるという名誉まで与えたのだぞ? 悪態も我儘も全て許して愛してやったと言うのに……リシャーナよ、一体何が不満だったのだ……」


「宝石の付いた豪華な鳥籠に閉じ込められて飼育される生活が幸せだとでも? その派手なだけで使い物にならない頭で想像力を働かせてみたらどうなの?」


 冷たく鼻で笑われ、先王は悄然として母を見つめている。


 そこに手を二回叩く音が響いた。


「まあその辺でやめておけ。父上はまだ王族だ。今回は不問とするが次は牢に繋ぐぞ」


「……申し訳ありません。寛大な御心に感謝いたします」


 冗談めかして警告するギルバート国王に、母は複雑な表情で頭を下げた。

 積年の恨みはあれど、王族に対する態度ではないと理解しているのだろう。素直に頭を下げてくれて助かった。


「父上、愛する女性に拒絶され気落ちされているところ申し訳ないのですが、私も暇ではないので話を進めさせていただきます」


 ギルバート国王の声に先王はのろのろと顔を上げた。

 いつもなら栄華を誇るような輝かんばかりの金の髪は、心なしか元気がなくくたびれて見える。


「三日後、父上にはお一人でシュズネ離宮に向かっていただきます。母上は離縁し生家に戻るそうです」


「なっ!? あの女……!」


「お静かに」


 ギルバートがそう言うと、先王は猿轡を噛まされる。

 まるで罪人のような扱いだ。


「お一人で寂しいかと思いますがこれも自業自得と諦めてください。あれだけ好き勝手して今更母上の情に縋るのは烏滸がましいかと。それから父上と懇意にしている家門の先代達と結束されても面倒ですから外部との接触は遮断します。勿論財産も全て没収いたしますので悪しからず。万一怪しい動きを見せた場合は……わかりますね?」


 わなわなと震える姿をギルバート国王は酷薄な笑みを浮かべて見下ろすと玉座からゆっくりと立ち上がる。

 猿轡されて口の端から涎を垂らす先王の前に立つと、その姿を嘲笑いながら胸に手を当てて慇懃に礼をする。


「父上、長い間ご苦労様でした。あなたが湯水のように使った財政を立て直し、腐った内政の改革をして、地の底まで落ちた民の信頼を取り戻すべく奮闘いたしますのでご安心ください」


 うーうー唸るしか出来ない先王から視線を外し、近くにいた騎士に「連れて行け」と短く命じる。

 これが父子の最後の会話ならば随分悲しい会話である。


 ナレアスが先王の拘束魔法を解き、代わりに魔導具の手枷を嵌めると騎士に引き渡す。

 先王は引き摺られながら謁見の間から連れ出された。

 その視線は扉が閉まる瞬間まで母に向けられていた。



「あの、何だか言ってはなんですが、まるで罪人のような扱いではありませんか?」


「暴れたり逃亡しようとするのだから仕方ないですね。それに罪人として捕らえなかったのは私の温情です。ユーフィリアの結婚式を控えてなければ正直流刑に処しても良いかと考えていたのですから、それに比べれば使用人付きの離宮なんて極楽でしょう」


 むしろ感謝してほしいと言うように肩を竦めて見せるギルバート国王が「そんなことより」と話を変える。


「あなたが結婚するに当たってアルディス王家から渡すものがあります。ついてきてください。……一応言っておくがダクスは来るなよ。他国の王族は立ち入り禁止だ」


「ほう?」


 片眉を跳ね上げたセルシオン様にギルバート国王が顔を逸らした。相変わらず苦手意識があるようだ。


「変な事は決してしない。嫌な思いをさせる気もない。心配なら私との間に結界を張ってもらってもいい。だから、少しだけでいいから時間がほしい」


 決してセルシオン様の顔を見ずにどこか後ろめたそうにギルバート国王が乞う。その手は固く握り締められ、眉間には深い皺が寄っている。その目には半ば諦めすら見て取れた。

 それでも、と一縷の望みに縋るような気持ちで彼が願い出たことが伝わってくる。


「セルシオン様……」


 私の呼びかけに、セルシオン様は困ったように笑う。


「俺の心配などお構いなしに誰にでも手を差し伸べるのだから本当にタチが悪い。……だが、その善良さも含めてお前なのだから仕方ないか。行って来るといい。戻ってきたらお詫びに口付けの一つでもしてもらおう」


 そう言って、そっと背中を押されて送り出される。


「……すまない、ダクス。感謝する」


 言葉少なにギルバート国王が謝意を述べ、私をエスコートしながら謁見の間を後にした。

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