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一人の女としての願い

「ほら、口を開けろ。ーーどうだ美味いか?」


「むぐむぐ。……ええ、とても美味しいです。天にも昇るような気持ちですが……あのう、そろそろ説明を……あむぅ」


 膝の上に乗せられてセルシオン様の手ずからケーキを口に運ばれれば、拒む事もできず口を開けてしまう。

 さながら生まれたての雛のように甘やかされながら、私の頭の中は混乱していた。



 ここは城下にある人気店。

 いつだったかキースがお薦めしていたカフェ『ロアモーズ』だ。


 キースが打ってつけの人がいると言っていたので講師を付けてもらえるのかと思っていたのに、なぜか私はセルシオン様と人目も憚らずにイチャイチャデートを満喫させられていた。


「ですからっ、んぐ…………キースが言っていた、あむっ……講師の方は……はむっ」


「そろそろ紅茶も飲みたかろう」


 そういう気遣いはしてくれるのに話はさせてくれない。

 とりあえず紅茶で喉を潤し、口の中の甘さをまろやかに変えた。

 このままセルシオン様にされるがままでは流されてしまう、と慌てて話しかける。


「セルシオン様っ! 大変幸せな時間ではありますが、私は講師と会わねばならないのでっ」


「何を勘違いしているのかは知らんが、キースから話は聞いている。お前の言うところの講師は俺だ」


「せ、セルシオン様がですか?」


「そうだ。お前は我慢し過ぎだろう? この際、思う存分甘やかして我儘を聞いてやろうと思っていた所、お前に会う前にコーネリアからコレを渡された」


 そう言って取り出したるは、コーネリアの流麗な字で綴られた小冊子だ。


 そのタイトルを見てかぁっと顔が熱くなった。

 震える手でそれを指差して、口をパクパクと開閉する。


「そっ……なっ……」


「『セルシオン様としたいこと百選』か。可愛いことをしてくれる。面と向かって言えば叶えてやれるものばかりだというのに、遠慮してどうする。あとここで出来ることは……そうだな。これなどどうだ? 『頬に付いたクリームを舐め取ってほしい』とは……ふはははは! なんと愛らしいことを願うのか。ああ、これはわざと付けてやるしかないな。なぁ、ユーフィリア。どこに付けて欲しい?」


「ああああああああっ!!! ごめんなさいごめんなさい許してください!!」


「何を許せと? 俺はお前を愛でて、お前は望み通りにそれを受け入れるだけだ。双方に満足のいく話であろう?」


「そっ、れは……そうなんですけど! さすがにこんな沢山の人の前でっ」


「気にするな。誰も見ていない。そうであろう、ナレアス?」


「はい、誰も見ていません」


 明後日の方向を向いているナレアスが白々しく返答する。

 こいつ絶対見てたぞ。


 周囲を見回すとそれに合わせて他の客や店員の顔が逸らされる。


「ほらセルシオン様っ! みんな見てました!! 絶対見てます!!」


「見たければ見ればよかろう。俺のユーフィリアがこれほど愛らしいのだと見せびらかしたいと思っては駄目か?」


 少し寂しそうに微笑うセルシオン様にきゅんとした。


「だ、ダメじゃないぃぃぃ……」


 自分の恥ずかしさとセルシオン様のお願いを秤にかけた結果、自分が耐えることを選ぶのは当然だった。

 誰だって好きな人の可愛い我儘は許したくなるはずだ。

 特にここは公的な場でも、敵兵がいるわけでもないのだ。

 拒みきる理由がなかった。


 セルシオン様は甘やかな目で重ねて問いかける。


「本当に駄目ではないのか?」


「うぅ、セルシオン様がそうされたいなら……」


「俺はお前の気持ちを聞いている。心の底から嫌だと思うならばそう言え。俺を好いているからと言って変な我慢をするな。拒絶されようとお前を愛していることは変わらん。ーーそれに"俺のために"を言い訳に受け入れられては寂しいではないか」


「あ……」


 そう言われて気付いた。

 この溢れんばかりの溺愛はまだしも、側妃の件は愛しているなら彼のために受け入れるのが当然だ。そうするのが正しいことだと言い聞かせていた。


 王女として。聖女として。公妃として。

 愛するセルシオン様のために。

 様々な肩書きを盾にして受け入れたふりをしていた。


 だって本当のことを言えば、困らせてしまうから。


 だからもっと我儘を言っても良いんだと言われても戸惑うしかない。

 私は許された枠の中で最大限に自分本位な行動をしている自覚がある。

 いや、むしろ逸脱しているはずだ。


 これ以上、自分勝手に生きては愛想尽かされてーー



「今一度問おう。ユーフィリア、どうしたい?」


「わ、私は……」


 二つの紫黒色がこちらを見下ろす。

 責める色など欠片も見当たらない。

 真摯な瞳は揺るがず私を見据える。

 彼の気高さをそのまま映したような眼差しだった。



 ああ、その瞳に落ちて……落ちて。ただひたすらに、もう戻れない所まで落ちてしまった。


 その悲しみに触れた日も、優しさに甘えて泣いた日も、頼もしい腕に守られた日も……思い返すだけで愛おしい思い出だ。


 ーーもしそれが私以外にも与えられたらと思うだけで気が狂うだろう。


 セルシオン様と言う愛に触れるのは私だけでいい。

 誰かに触れられたくなんてない。

 

 もし我儘が許されるならーー


「私は……二人だけが、いいです」


 側妃なんて娶らないで。

 私だけをそばに置いて。


 そう伝えるようにセルシオン様の首に腕を回して抱きついた。

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