キースのお節介
王太子がハーヴェイ大神官の息のかかった神官と共に秘密裏に事を進め、徐々に国王の勢力を削っていく。
あれから頻繁にセルシオン様宛の報告と共に王太子からの手紙が届くようになった。
こちらの身を案じつつ、帰ってきて欲しいと懇願する言葉が十数枚に渡って書き綴られている。
彼の諦めの悪さも健在だ、と苦笑いをしながら手紙を丁寧に折りたたみ、手紙箱の中に仕舞う。
結婚式の招待状は各国に届けられ、あとはその日を待つだけとなる。
不安と幸せと、それと少しの申し訳なさが綯い交ぜになった複雑な気持ちで過ごしていた。
雪も降らなくなった、春も近いある日。
主人が不在の執務室でキースから思いもよらない言葉を聞いた。
「側妃、ですか……?」
「いやぁ、気の早い事にまだ公妃を迎えてもいないのに既に打診がいくつか来てましてね」
キースの机に並べられた姿絵はどの女性も目を奪われる美しさだ。
私なんかと比べては失礼な程、セルシオン様の隣に相応しい女性達だった。
胸を刺すような痛みに視線を落とす。
キースの顔を見る事もできず、思い詰めた声で囁くように問い掛ける。
「セルシオン様は……?」
「あはは、何も言わずに姿絵を僕に投げつけてきました」
「ほら、ここ見てください。折れてるでしょ?」と姿絵の端を指差してキースがケラケラと笑う。
その言葉に安堵しながらも、胸の中に出来た大きなしこりが無視できないほど主張している。
「二人か三人くらい娶れば狸達の溜飲も下がりますし、更に人質にもなりますから形だけでもって勧めたんですけど、いやぁ駄目でしたねぇ」
セルシオン様が形だけの側妃など受け入れられるはずがない。
愛されない、報われない辛さを誰よりも知っている人だから。
けれど、キースの言う事もわかる。
盤石とは言えないセルシオン様の地位。
いつでも譲るとは言っているが、それはセルシオン様が任せられると思えた者にだ。
今の所、キース以外に譲位する気は無いらしい。
私利私欲を満たす王では国を滅ぼすことになる。民達を思うセルシオン様が適当な相手に任せるわけがない。
そして、そんなセルシオン様を排除しようとする者がその内に出て来るだろう。
それを防ぐための側妃だ。
先ほど見た令嬢達の家門は反セルシオン様派閥の中でも特に力を持っている家が中心だった。
側妃を迎えることは必要な事だと理解できる。
私の我儘で拒否してはいけない。
公妃になるからには理性的に考えて受け入れなければいけない。
わかっている。
ーーわかっているけど、わかりたくない。
そんな自分の感情を押し殺して、キースに形ばかりの笑みを向ける。
「必要な事であれば、側妃を受け入れるべきでしょう。セルシオン様に私からもお話してみます」
声が固くなってしまったのは許してほしい。
心にも無い事を言うのは誰だって辛いものだ。
キースは目を瞬かせると、私の本心を探るようにじっくりと眺めた。
「なんだか聖女様って教典の見本みたいな生き方ですよねぇ。自分さえ我慢すれば、自分が犠牲になればって感じですか? ほんと人間とは思えない清らかさですね」
皮肉だろうか。
肯定も否定もできずに目を逸らすと、キースが吐息のような笑いを零した。
「まあとりあえず、この件について聖女様は何もされなくて大丈夫ですよ。ほら、大体こう言う話って伏せてたら側妃候補がでしゃばって引っ掻き回したりするじゃないですか。だから聖女様にもお伝えしただけなんです。……そういう訳だからシアーナ、こっち睨まないでくださいねー」
へらへらとシアに声を掛けたキースはレンズの向こうにある臙脂色の瞳を窄めて私を見る。
「聖女様はもう少し人間らしく生きても良いと思いますよ。しなくて良い我慢と、しないといけない我慢は正しく学ぶべきかと」
人間らしくと言われて言葉に詰まった。
私は私なりに自由に生きているつもりだったからだ。
「あ。その顔は理解されてませんね?」
「はい……」
「じゃあ、学ばなければいけませんね?」
そう言われてもわからない。
困り顔でキースに答えを求める。
「あの……どうやって学ぶものなのでしょう?」
「いやぁ、実はですね。打ってつけの人がいるんですよ」
そう言ってキースは眼鏡をきらりと光らせた。