誓いは今も
「さて、我らが聖女様も泣き止まれたことですので対策でも練りましょうかね」
「ううっ……」
恥ずかしさでセルシオン様の胸元に顔を埋めると慰めるように髪を撫でられる。
「ふむ、まずは情報収集か」
「そうですね。まあアルディス王国は勝手知ったるなんとやらですが、聖女様の御母堂となれば今までより更に警戒は強めているでしょうからね。コーネリア様と大神官殿に依頼しましょうか」
「ああ、それがよかろう。我らの結婚式に間に合うよう迅速に動けと伝えておけ」
「はいはい、分かってますよ」
トントン拍子で話が進んでいく。
私だけ置いてけぼりになった気持ちでセルシオン様を見上げると、安心させるように紫黒色の瞳が柔らかに細められた。
「ユーフィリアには手紙を一通したためて欲しい。お前にしか出来ぬ仕事だ」
気を遣わせてしまったが、何か私にも出来ることがあると思うと胸が弾む。
「わかりました! お任せください! 何通でも書き上げましょう!」
拳を握って胸を叩いて答えた。
◇◇◇
翌日のアルディス王国。
「うあああああっ!! こっ、これは夢かっ!?」
侍従に渡された手紙を読み終わるや否や、私は絶叫して床を転げ回った。
「王太子殿下!!」
「ギルバート様!?」
「お前達っ、私は今寝てるのか!? そうなんだろう!? それかあまりにあの方に会いたくて気が狂ったのか……!?」
駆け寄って私を抱き起こそうとする侍従と側近達は意味がわからないと言った顔だ。
「この筆跡は間違いなくあの方のもの。助けを求めていらっしゃるのだ……この私に!!」
それだけで天にも昇る気持ちだ。
あぁっ、生きていてよかった!!
助けを借りて立ち上がると、側近達を振り返る。
「早速お望みを叶えるために行動せねば! トラヴィス、ライアン、リンツ。お前達にやって欲しいことがある」
それぞれに指示を出し、彼らが部屋を出るのを見送った。
トラヴィス達も私と同じ聖騎士の仲間だったが、前世の記憶を取り戻したのは私だけだ。そこはやはりティアニア様への忠誠心の差が出たのだろう。
私ほどの忠義者はそうはいないからな。
優越感に浸り、上質な皮の張られた椅子に浅く腰掛ける。
机に肘をつきながらもう一度手紙を開く。
ふわりと香るのは聖女様の香水か。
転移魔法でエルフが直々に持ってきた手紙には、まだ聖女様の温もりが残っている気がして唇を押し当てた。
手紙は二枚入っていた。
一枚目は王太子宛の手紙。
二枚目は聖騎士アーレン宛の手紙だ。
『アーレン、約束を破ってごめんなさい』
二枚目の手紙はそんな言葉から始まった。
ティアニア様の死に苦しんだ私を想い、綴られた言の葉は美しく、そして残酷だった。
御伽話のように遠い過去の記憶は忘れて、ティアニア様の呪縛から解き放たれてほしいと彼女の美しい文字が告げる。
自分は出来ないだろうに無理を言う。
無垢な彼女の顔を思い浮かべて、乾いた笑みを零した。
「…………はっ、酷いお方だ。あなたが今その男の隣に立つことを選んだように、魂が同じであればそれだけで私も構わないというのに」
聖女の願いと言えど、その願いだけは叶えられそうもない。
椅子に深く背凭れる。
そのまま天井を見上げて、ぽつりと呟く。
「我が聖女が結婚、か」
複雑な感情だ。
崇拝する女神の化身として奉り、我が命よりも尊き存在でありながら妹のように慈しんだ。
他の人間やエルフがどれだけ死のうともティアニア様さえ生きていてくれればそれでいい思えるほどに彼女は私の全てだった。
ーーそう。全てだったのだ。
だからこそ、あの方の最期は私の魂を怨みと憎しみで黒く染め上げた。
魂に染み付いたそれは、今世のティアニア様ーーユーフィリアへ怒りの矛先を向けた。
『王家の面汚し』『妾腹の無能な女』
何度口汚く罵った事だろう。
あの頃に戻れるならば、顔の原型が無くなるまで自分を殴り飛ばしてやりたい。
しかし、過去に戻ることなどできはしない。
時は流れるものだ。
止めどなく、未来へと。
後悔も悲しみも全て抱いていこう。
我が聖女を守る糧として利用するまでだ。
「何度生まれ変わろうと、この剣は貴女様のためだけに」
ーー誓いは今もこの胸に。