愛しているから
「ユーフィリア。ここで洗いざらい吐くか、後で二人きりでみっちり問い詰められるか……好きな方を選ぶといい。俺はどちらでも構わんぞ。優しく問い質してやろう」
ずいと顔を寄せて口の端を釣り上げるその顔は、どこか意地悪にも見えて見惚れるほどカッコいい。
("後で"ってまさか夜でしょうか!? いえ、そんなはしたない想像をしては……あぁ、でもでもセルシオン様の顔は今日も色気ムンムンなのですっ! 問い質すなんて言って何をされてしまうのでしょう!? 答えなければ結婚式を前にもしかしてーーーーっ!? なんてなんてっ、やだもう私ったらっ!!)
赤くなった顔を覆い、声にならない声を上げながら激しく首を振る。
「あー……おい、聖女。よからぬ事を考えずにさっさとセルシオン様の質問に答えろ」
ナレアスの呆れた声に現実に引き戻された。
「そ、そうですね。そんなご褒美みたいなこと望んではいけませんよね」
「ご褒美とは?」
セルシオン様が首を傾げる。
「い、いえいえ、なんでもありません。お聞き流しください。あ、あはは……。では、お話いたしますが、本当に今すぐにどうこう望んでいる話ではないということだけはご理解いただければと……」
「前置きはいい。早く話せ、ユーフィリア」
セルシオン様が私の腰を抱き、共にソファに座った。
ぴったりとすぐ隣に腰掛けたセルシオン様の手が膝の上に置いていた私の手を包んだ。
骨張った手の筋を見てまたときめきながら、ひとつ深呼吸をしてから口を開いた。
「お母様の……ことなのです」
消え入りそうな小声でもセルシオン様が聞き逃す事はない。聞いていると言うように重ねられた手を少し強く握られた。
皆の反応を見ることが怖くて、俯いたまま話を続ける。
「情勢が落ち着けば迎えに行くと約束をしていたのですけど、ダクス公国内が落ち着いたとしてもお母様を連れ出せば国王が黙ってはいないでしょう……けれど人生を狂わされ続けたお母様をアルディスに残したままではあまりにも……」
母を思い、つい声を震わせてしまった。感情的になってしまった気持ちを落ち着かせるため、一度言葉を切って目を閉じる。
幾分か冷静さを取り戻してから表情を取り繕ってセルシオン様を見上げた。
「すぐに解決できることではないと理解しております。お母様にも二年程待ってくださるよう伝えています。ただ、それでもこうして私ひとり幸せに暮らしていることが歯痒くて……状況も考えず口を滑らせてしまっただけなのです。申し訳ありません」
頭を下げようとしたが、抱き寄せられてしまい厚い胸板にぽすんとぶつけてしまった。
「せ、セルシ……」
「お前の母を思う気持ちはよく理解した。気付いてやれずすまなかったな。後は俺に任せておけ。案ずるな。お前の憂いはすぐに全て晴らしてやろう」
ぽんぽんと頭を叩くセルシオン様の優しい声に唇を噛み締めた。
優しいセルシオン様ならこう言うと分かっていたから言いたくなかったのだ。
また負担をかけてしまうと思うと、嬉しさよりも情けなさが押し寄せてくる。
「わ、私の問題なのです! どれだけ私が頼りなくともセルシオン様に任せっきりには出来ません!」
「そうか……俺はまたお前の気持ちを蔑ろにしてしまったようだな。ならばユーフィリアにも動いてもらおうか。俺がついているのだ。全て上手くいく」
罪悪感から突き放した物言いをしてしまう私を、セルシオン様は叱るでもなく穏やかに受け止めた。
怒ってくれた方がよかった。要望を拒否してくれた方が余程苦しくないというのに。
「なんで……怒らないんですか……?」
「何を怒る必要がある?」
甘やかすような手付きで背中を撫でられる。
「私、我儘を言っています……セルシオン様もキースも文官の方達も……ベルヅ国の後処理や貴族達の処罰の皺寄せで寝る間もないほどお忙しいのにっ、私っ、自分の願いばっかりです……!」
そう。始まりからして、私は自分のことばかりだ。
私は周りを巻き込んで不幸にしていくことしか出来ない性質なのかもしれない。
このまま迷惑をかけ続ければ、セルシオン様の愛情もいつか薄れていくに違いない。
そんな日が来るくらいならーー
「馬鹿め」
コンッと額を小突かれた。
深みに嵌ろうとしていた思考は、ため息混じりの声と共に引き上げられる。
「ユーフィリアよ。本当にわからんのか? 愛する女のためにすることだ。何を厭う必要がある。頼りにされて嬉しく思うだけであろう」
「そうですよ。聖女様といる時のセルシオン様と言ったら、でっろでろに甘やかしてて見てるこっちが恥ずかしいくらいですし、聖女様がすることなら何でも許しますって。下心がダダ漏れの獣ですから、ちょっとほっぺにキスでもしたらすぐーーっとと、睨まないでくださいよぉ」
「余計なこと言うからだろ。少し黙ってろ」
調子に乗ってペラペラ喋り倒すキースをナレアスが窘める。
「王女であり、聖女でもあるお前を奪ったのだから多少の障害は付きものだ。そして、俺にはそれをねじ伏せるだけの権力も武力も金もある。だが、お前が望むならそれらを全て捨てて共に森で暮らしてもいい」
「そんなぁっ!! ぐふぉ!」
キースの叫びの後に殴りつける鈍い音が聞こえた。
セルシオン様は一切気にせず、私の頬を両手で挟んで上向かせる。
「ユーフィリア。お前が何と言おうと、どう考えようと構わん。染み付いた自罰思考も受け入れよう。お前に罪があるなら、俺がその全て赦そう」
じわり、と視界が歪む。
「どんなお前だろうと俺の愛は揺るがん」
どうしてだろう。
どうして欲しい言葉をすべてくれるのだろう。
「そんなにお優しかったら……私に騙されてしまいますよっ……?」
「それは楽しみだな。ユーフィリアにならいくらでも騙されてやろう」
「なんで……? どうして、そこまで……」
「愛することに理由が必要か? 全てお前が俺に教えたことではないか。どんな俺だろうと愛すると言ったのはユーフィリアだろう。お前がそう言った気持ちが俺にも理解できるようになっただけのこと。何もおかしなことはあるまい」
セルシオン様の言葉は、未来に怯えた私の心に染み込んでいった。
つー、と涙が頬を流れ落ちる。
それをセルシオン様が吸い取った。
「お前の力になりたい。それにお前の母ならば俺にとってもそうなる。助けるのは当然ではないか。それに夫婦とは助け合うものだろう?」
「はい……っ、はい。そうでしたね」
もうセルシオン様のいない人生を生きていくことはできないのだと、はっきりと自覚した。