残る問題
キースは冬が終わる前にあっさりと反乱を企てた貴族を一網打尽にした。
騎士団のおじ様方が仰るには、その鮮やかで無駄のない差配はセルシオン様の若かりし頃を彷彿させたのだとか。
いやいや、若かりし頃と言うがセルシオン様はまだまだお若いし、キースとの歳の差は四、五歳くらいのはずだけれど。まあ、セルシオン様は前世の記憶もあり老成している部分もあるので言いたい事はわかる。
セルシオン様は、これで一先ず国内の不穏分子は当分は大人しくしているだろうと言っていた。
残る気がかりはアルディス王国だ。
公国内が落ち着いたと言えど、お母様を呼ぶにはアルディス国王という障害が立ちはだかっている。
王太子が即位してくれれば、少しはこの憂いも晴れるだろうか。
しかし、国王を退位させたとしても権力と人脈を完全に断つことはできないだろう。
例え離宮に軟禁したとしても、あらゆる手を使ってお母様を手に入れる為に足掻くことは容易に想像できた。
(いっそのこと……)
一瞬、聖女らしからぬ考えが頭をよぎってしまい、慌てて頭を振って追い出すと同時に読みかけの本をパタンと閉じた。
ローテーブルの上に本を置くと、シアの用意した紅茶を一口含んだ。
「何か良い手はないものでしょうか……」
「お悩みでございますか?」
哀愁を漂わせた私の声に側にいたシアが即座に反応する。
「ええ、ちょっと……その」
言い淀むとシアの瞳がギラリと光った。
「私には言えないことでしょうか」
(ひぃっ、声に圧がある!)
表情は変わらないものの、不穏な光を宿した瞳は逸らされることなく私をひたと見つめる。
「し、シア? あの、隠し事ではなく我儘な事でしたので言いづらかっただけですよ」
「公妃となられるのに理不尽な我儘ひとつ仰らないのですから、お望みがあれば何なりとお申し付けください。私では叶えられなくとも、ユーフィリア様には公王陛下も大神官様もコーネリア様も……他にも数多くの方が付いているのですから。何よりユーフィリア様の願いひとつ叶えられない公王陛下だとお思いですか? それはさすがに見縊り過ぎではありませんか?」
シアの温かい言葉がじんわりと胸に広がる。
目頭が熱くなりぎゅっと目を瞑った。溢れ出そうな感情をどうにかやり過ごす。
胸元に手を当ててゆっくりと息を吸い込んだ。
「ええ、シア。あなたの言う通りです。一人で悩んでいても仕方ありませんね」
吹っ切れた顔で微笑んでシアに手を差し伸べる。
「シア、一緒に来てください」
「言われなくとも、どこまでもお供いたします」
◇◇◇
「セルシオン様っ」
最低限の礼儀だけ通して、部屋に転がり込むような勢いで入り込む。
「どうした? いつもより早いな」
私の様子を見て訝しんだセルシオン様は手を止めて、こちらへとやって来た。
机の上の書類は昨日より増えているようだった。それに気付いてしまい、先ほどまでの勢いが急速に萎んでゆく。
「あ……そのう……」
「何だ、誰かに嫌がらせをされたか? 怪我は? 怖い思いをしたのか?」
心配そうに気遣ってくるセルシオン様が、私の体に怪我がないかぺたぺたと全身を触りながら確認してくる。
「きゃあっ! どこ触ってるんですっ!? だ、大丈夫です。何もされてませんからっ」
「本当か? お前はすぐ無茶をするからな。その部分に関しては信用できん」
「そういうのじゃなくて、ただ少しお話があって……」
ああ、でもようやく落ち着いてきた情勢に波風立てるようなことを言うのはやはり心苦しい。それに更に仕事を増やすことになってしまう。
私が書類仕事を手伝おうにも逆に効率が悪くなるため、聖女としての仕事を優先するように言われているのだ。
それだというのに、また面倒事を頼むのは気が引ける。
「やっぱりお忙しそうですし、また日を改めまーー」
「お話し中失礼いたします。公王陛下。発言してもよろしいでしょうか」
シアが私の言葉を遮り、セルシオン様に申し出る。普通なら主人の言葉を遮るなど有り得ないことだ。
目を丸くしてぽかんと口を開けてシアを振り返るが、シアは視線を合わせる事なく平然とした顔をしている。
「良い。申せ」
「先程ユーフィリア様は、酷く憂いておられました。けれど、我儘なことだからと言って私にはお話になられませんでした。どうか我が主の願いを叶えて頂けませんでしょうか」
そう言ってシアは深く深く頭を下げた。
(シアの心遣いは大変嬉しいのですけど! 嬉しいのですけど今はだめですーーっ! あぁ、ほらセルシオン様の目がぁっ!)
恐る恐る振り返って見た愛しの人の目は、話を聞くまで逃すつもりはないと告げていた。