身中の虫
彼女達が敵ではないと判明した時点で、セルシオン様は私をソファに下ろしてくれたが、私を守る位置で立ったまま腕組みをして、急な来訪者達を厳しい顔で見据えている。
「メルテ! お前、何のつもりだ! ここはセルシオン様の執務室だぞ!? いくら常識知らずで無法者な頭イカれポンチの老害エルフでもこれは許されんぞ!!」
エルフの少女はナレアスの知り合いのようだ。ナレアスが怒り心頭に発した様子で剣の鞘ごと少女の顔面に突き付ける。
しかし、メルテと呼ばれた少女はどこ吹く風で笑顔で片手を上げた。
「やぁやぁ、ナー坊! 相変わらず元気いっぱいだね! 子どもは風の子、元気の子! ついでにメルテお姉ちゃんも元気だぞっ♪ ちょいとめんどー事が起きちゃったから押し付けに来たよ!」
美少女エルフが親指を上げてウインクまで決めてみせるが、当然の如くナレアスの怒りは収まらない。
「どうせ自分で厄介事招いたんだろ! 自業自得だ、この災害女!」
「ひぎゃっ!? 耳元で叫ぶなよぉー……器がちっさい男だなぁー。そんなんじゃネリネリのハートは掴めないぞっ」
「消すぞ」
その静かな一言は、ナレアスの本気を表していた。
「よっし、久々にやっちゃう? ナー坊が成長したか見てあげぃいった!? ちょ、ちょいじっちゃん待って待って!? 本気で痛いってばぁ!!」
「申し訳ありませんなぁ、ナレアス殿。どうかここは儂に免じて怒りを鎮めてくれんかのう……」
メルテの頭を拳骨でグリグリと圧迫しながらお爺さんが心底申し訳なさそうに詫びた。
魔導塔の爆発の際に出会ったお爺さんだ。
ふさふさの眉毛に立派な白い髭を蓄えた人の良さそうな顔は、すっかり青褪めてしまっていて可哀想になる。
「魔導塔の前塔主である貴様が、なぜメルテを連れてこのような非常識な真似を……理由によってはタダでは済まさないぞ」
「勿論、きちんと説明させーーぬおっ」
「やめいやめい! メルテちゃんの黄金の脳みそが飛び出ちゃうって!」
ジタバタと暴れるメルテをお爺さんでは抑えきれず、一緒にやってきていた青年が代わりに取り押さえた。随分と慣れた手付きだ。
「面倒を掛けてすまんなぁ、ダーレン。口も塞いでおいてくれるかのう」
「長くは持ちません。お早めに」
「むーむー!!」
まるで戦地で殿を務める兵士の様なセリフである。
メルテを青年に任せて、お爺さんは改めてこちらへ向き直り、深々と頭を下げた。
「公王陛下、皆々様。このような不躾な訪問となりましたこと心よりお詫び申し上げる。正規の手順で緊急の面会を申し込もうとしておったのですがなぁ……」
そこでチラリとライラック色のツインテールを見て溜息をつく。
「この通り人の話を聞く子ではありませんでのう……」
「っぶは、あっははは! ちょっ、子!? 子って!! 私の方が年上じゃーん! じっちゃん、ボケんの早いって!」
「この通りでしてなぁ……」
二度目の呟きにはお爺さんの苦労が滲み出ていた。
青年の拘束から猫のようにしなやかに逃れたメルテは、私の向かいの席に腰掛けるとシアに声を掛ける。
「アイスミルクティーお願い! ミルク抜きのホットでね!」
面倒な客か。
「ダーレンや、もう少し粘れんかったかのう……」
「無理です」
ダーレンと呼ばれた青年は潔いほどはっきりとした口調で言い切った。
「ぶーぶー! じっちゃんが急いでるって言うから、メルテちゃんの貴重な魔力を使って転移してあげたのにー」
「それでも僕まで連れてこなくてもよかったでしょうが!!」
「メルテちゃんとレンレンは一連托生、死なば諸共だからいつでも一緒だよ。地獄の果てまでな! なんつって! あっはははは!」
振り回される二人があまりに不憫だった。
訴えかけるようにセルシオン様を見上げると、分かっていると言うように頷き返してくれた。
「そやつはエルフの中でも話が通じん部類だ。お前達に責任は問わぬ。安心せよ。まずは事情を説明せよ。ナレアス、可能な限り黙らせておけ」
「はっ!」
セルシオン様の命に従い、ナレアスがメルテの口と動きを魔法で封じる。
先ほどの会話から読み取るに、恐らくメルテの方が長く生きているエルフなのだろう。
だとすれば、ナレアスの魔法が破られるのも時間の問題かもしれない。既に彼女の周囲に濃密度の魔力が集まっている。
「コーネリアがいればもう少し時間が稼げるのに、こんな時にどこにいるんだ。あいつは」
ナレアスのぼやく声にセルシオン様もそう時間がないことを悟ったようだ。
頭の痛そうな顔でお爺さんに話を促す。
「して何があった?」
「メルテとダーレンの両名が揃っている時点で聡明な公王陛下であれば既にお察しでありましょう……罪人イグニダの件でございます」
一気に血の気が引いた。
「まさか脱獄したのですか……?」
「いえいえ、さすがにその様な失態はいたしませぬよ。腐ってもこのメルテはエルフですぞ。魔導塔という自分のテリトリーで人間に遅れを取ることは恐らく、いや多分、いえ殆ど無いはず……だと思いたいのでご安心くだされ」
不安しかない。
なんて歯切れの悪さだ。
「では、どうしたのだ。急を要する案件なのだろう?」
「はい、実はですな。イグニダと前ベルヅ国王の脱獄を企てている者が貴族の中におるようですぞ」