騒がしいエルフの来訪
「お、おおお……これはまたすごい雪です……」
冬も本番真っ盛り。
外は猛吹雪で、木々の形も建物の形も全てを分からなくなるほど白に塗り替える。
一面銀世界へと変わり果てた窓からの景色は感動よりも恐怖を感じるほどだ。
アルディス王国では見たこともない勢いで雪が積もっていく。
一年の中で数週間は外出すらままならないレベルの雪が降るそうだ。
今がちょうどその時期に当たる。
この天候では、街歩きしようなど考えるはずもなく大人しく城内で過ごしていた。
婚約式を終え、あとは春を待つばかりとなった。準備はシアとコーネリア、そしてキースの「絶対に結婚させる」という執念により恙無く進められている。
まあ、信頼できる三人なので任せきりでも不安はない。
今はセルシオン様と仲を深めるために時間を使うことにした。
日課のように仕事が落ち着く頃を見計らいセルシオン様の執務室を訪ねる。
「セルシオン様、今大丈夫ですか?」
「ああ、そろそろ来ると思っていた」
セルシオン様は私の姿を確認すると同時に立ち上がり、ソファへと移動する。その隣に座るよう手で示されて、ぴったりくっつくようにして腰を下ろした。
「……近いな」
「いけませんか?」
「いや、まだ仕事が残っているというのに我慢が利かなくなりそうなだけだ」
そう言いながら、私の腰を抱き寄せる。
熱を帯びた紫黒色の瞳が近付きーー
「あー、熱いですねぇー。どこか他所でやってくれませんかねぇ」
「ひっ、すみませんっ!!」
聞こえてきたキースの声に我に返った。
咄嗟にセルシオン様の口元を手で覆い、口付けされる寸前で止める。
不服そうにセルシオン様がこちらを見下ろしている。
「あ、あとでしましょうっ! 皆がいない所で!」
「誰もいない所、か。……俺の寝室に来るか?」
ぐっ、と距離を縮められて匂い立つ程の色香を漂わせるセルシオン様に狼狽する。
顔を赤くして、もじもじと指先を合わせては落ち着きなくチラチラとセルシオン様に視線を送り、意味もなく「あ」だの「う」だのと繰り返している。
以前コーネリアに嵌められて寝室にお邪魔したことはあるが、その時の今では私達の関係が変わり過ぎている。
さすがに婚約者となった今、寝室に呼ばれることの意味くらい理解している。
でもでもだけど誰が断れるというのか!
消え入りそうな声で「…………はい」と小さく答えると、セルシオン様が優しい顔で私の頬を撫でた。
「あーはいはい。そのくらいで。シアーナ、紅茶を入れてください」
また二人だけの世界を作り出しそうな気配を察して、キースが割り込んできた。
私達の向かいのソファに座ると、眼鏡を外して目元を揉み込んでいる。
普段の仕事以外にも反乱分子の粛清準備や結婚式の準備なども抱えているのだ。疲れも相当だろう。
「だいぶお疲れですね」
「ええ、まあ。ですが、セルシオン様に公王でいてもらうためなら、このくらいなんて事ないです」
目の下を真っ黒にして笑う顔は晴れやかで、少し不気味だった。
「数年で隠居するつもりでいるから、そう遠くない内に王位を譲ることになるだろうな」
「数年は流石に早すぎます! 二十年は逃がしませんよ!!」
「二十年は長過ぎる。十年だ」
「もう一声!」
二人で楽しそうに話している姿をニコニコと眺めていると、壁際にいたナレアスが警戒を滲ませて近づいて来た。
「セルシオン様、転移魔法です! 俺の後ろへ!」
ナレアスの指示を聞き終える前にセルシオン様は私を抱き上げて移動する。キースは驚いて腰が抜けたのか四つん這いでナレアスの後ろへ回って来た。
離れていたシアは大丈夫かと首を回して確認すると、室内に待機していた騎士がこちらへ連れて来ているのが見えた。
一先ずは安心だ。
何かあればすぐ結界を張れるよう、息を整えて集中する。
やがてナレアスの言った通り眩い光が室内に溢れる。
「せーのっ! 呼ばれて飛び出てーー?」
「…………」
「ちょっとちょっとレンレン! 練習通りにしてくんなきゃ困るよ! 有能な助手なら完璧にしてくんないと!」
騒がしい声が光の中から聞こえてきた。
周囲の戸惑う気配がする。
わかる。私も同じ気持ちだ。
「メルテちゃんとレンレン! そしてじっちゃんが満を持して登っ場!」
光が収まると奇怪なポーズを取っている、よれよれの白衣を着たツインテールのエルフの少女が姿を現した。
その背後には床に膝をついて「処刑される……」と啜り泣くオリーブ色の髪の青年と、困った顔で青年の肩を叩く見覚えのあるお爺さんがいるのが見えた。