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ある意味、諦めが悪い男

「私はーー私は聖女と結婚したいですっ!!」



 ハーヴェイ大神官は葛藤を振り切りーーいや、そもそも葛藤していたのかも疑わしいがーー高らかに叫んだ。


「はい、国外追放一名様ごあんなーい」


「俺捨てて来ます」


「まあ待て、まあ待て。まだ言い分があるようだ。最後まで聞いてやろう」


 どこから用意したのか不明だが、旅の案内人よろしく小旗を振るキース。

 ナレアスが実行役として名乗り出るが、セルシオン様が宥める。


「私だって聖女と結婚したいです! 公王陛下だけズルいのではありませんか!? この際、一妻多夫にしません? 私はそれでも構いませんので!」


「よし、断る! ナレアス、捨てて来い」


「はっ!」


「ですが!!」


 即座に行動に移そうとするナレアスを制止するように、ハーヴェイ大神官は手を前に突き出す。


「ですが、私も考えました。婚姻を望むことでお側にいられなくなるならば本末転倒! ここは身を切る痛みに耐え忍びつつ、公王陛下のご提案に従います。ええ、結婚は諦めましょう。致し方ありません。このハーヴェイ。お側にいるためならば、ユーフィリア様のフットマットでも椅子でも何にでもなってみせましょう!」


 ならなくていい。

 そして廊下の真ん中で力強く宣言することではない。


「セルシオン様、こういう奴は後々裏切りますよ。僕の勘がそう告げてます。ほら、見てくださいよ。あの顔。諦めてませんもん。今の内にポイしましょう。平穏を脅かす者は排除すべきです」


「なんとっ! 宰相閣下、それはあまりに無慈悲ではありませんか! 悔い改める心を信じ、そして赦すのです。人は何度でもやり直せるのですから」


「白々しさしかないな」


「全くです」


 キラキラと輝く聖職者の顔で説くハーヴェイ大神官を、白けた顔でナレアスとキースが見遣る。


「ふむ……しかし、大神官はユーフィリアが望まぬ事はしないだろう。少なくとも、害することだけはない。その点に関しては信用できる。であるならば、一度だけチャンスをやろう。ーーだが、もし次にユーフィリアに手を出せば……その時は分かるな?」


「ええ、公王陛下。その信用を裏切ることは決してないでしょう」


「だろうな。もう行くがいい。ナレアスは気が短い。あまり神経を逆撫でしてやるな。調子に乗ると隙を見て山頂に捨てられるぞ」


「それは怖いですね。では、この辺りで失礼しましょうか。ユーフィリア様、また後日お茶でも飲みましょう」


 そう言って優美な笑みを湛えて頭を下げると、ハーヴェイ大神官は緑の三つ編みを揺らしながら去っていった。




「あっはは。いやぁ、あの大神官殿はセルシオン様の機嫌が良くて命拾いしましたね」


「え?」


「聖女様、良く考えてくださいよ。この年まで独り身だったセルシオン様が相思相愛の最愛の女性にコナかけてる男を許せると思います?」


「あー……えっとセルシオン様は分かりませんが、私が反対の立場ならブチギレますね」


 キースの問いに、想像するまでもなく怒りが込み上げて、表情がスッと消えた。


「でしょう? それに最後に言ってたナレアス君は気が短いとか言うのも本当は自分が我慢の限界だっただけですよ、アレ。セルシオン様も結構短気ですからねぇ。あはは」


「キース」


 低く這う声で名を呼ばれ、「ほらね?」と肩を竦めて笑う。


「これも聖女様の愛の告白のお陰ですよ。あれがなければ、今頃大神官殿は海の底か雪山のてっぺんにいたでしょうね」


 おおう……この真冬に容赦ない追放先だ。

 思わず顔が引き攣った。


「キースは大袈裟に話し過ぎだが、まあ一部は認めよう。今後は大神官と二人きりにならぬよう気を付けよ。いざとなれば、攻撃しても良いと護衛達にも許可しておこう」


「ふふ、そこまでしなくても」


「お前は危機感が無さ過ぎる。いいか、男は警戒するに越したことはない。特に大神官は婚約者がいる相手を茶に誘うような奴だぞ。ああ、やはり彼奴と会う時は俺を呼べ。良いな?」


 セルシオン様は私の両肩を掴むと真剣な目で言い聞かせてくる。気迫に呑まれつつ、コクコクと何度も頷き承諾した。




「ところで、セルシオン様」


 顔を近付けながら声を潜めて問いかける。


「反対派の大臣達はどうなったんですか? 権力で押さえ付けると反旗を翻されないか心配で……」


「ああ、それに関してはキースが一任してほしいと言うので任せている」


「ご心配なく。炙り出しに丁度いいので少し泳がせます。潜り込ませてる奴もいますし、こちらが後手に回ることはないですよ」


「できれば、死傷者が出ない結末になると嬉しいのですが……」


 先に剣を取ったのが向こうだとしても、甘い考えだとしても、そう願わずにはいられない。


「……本当に聖女様は"聖女"なんですねぇ」


「そういう甘っちょろい考えは人間の女らしいとも言えるがな」


 それは馬鹿にしたというよりは、どこかしみじみとした言い方だった。

 反応に困ってとりあえず愛想笑いを浮かべると、キースは恭しく胸に手を当てて頭を下げた。


「未来の公妃様のお願いです。可能な限り叶えましょう」


「ありがとうございます」


「あ、代わりに疲労回復の治癒魔法掛けてもらってもいいですか?」


 おどけた調子でパッと顔を上げたキースに笑顔を向ける。


「ええ、もちろんです! 任せてください」

いつもお読みいただきありがとうございます。

記念すべき100話です!

2月中には完結する予定ですので、今しばらくお付き合い頂けますと幸いです。

最後までどうぞよろしくお願いします。

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