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 ダクス宰相からの返事は早かった。


『この穴だらけの契約書はどういうつもりか説明しろ。早急に執務室に来られたし!』


 と、酷い悪筆で描き殴られた手紙に青くなりながら急ぎシアと護衛を引き連れて宰相の執務室へと向かった。


 恐る恐る訪ねるとメガネをかけた補佐官の男性が対応してくれた。

 その目には侮蔑の色が浮かんでいたが、ダクス宰相の補佐官だけあって表向きは丁寧に中に案内された。


「ふむ、来たか。他のものは下がっていろ。それからお前、この書類を禿頭に持っていってやれ」


「はい」


(禿頭……財務大臣のことでしょうか。そう言えば年々頭頂と生え際が……げふんげふん!)


 脳裏に浮かんだまるまるとした体型の財務大臣を追いやるように頭を振った。


 補佐官が書類を受け取り足早に執務室を後にすると、ダクス宰相は来客用のソファの向かい側へと移動してきた。


 シアと護衛は部屋の外で待機させたので室内には二人きりだ。

 ただ密室というのは流石に問題があるため、ほんの僅かに扉は開けてある。


 失礼にならない程度に視線だけで部屋の中を見渡してみると、意外と整頓してあり綺麗にまとめてある。

 忙しいと聞くが几帳面な性格なのだろう。

 身なりは常に整っており、服を着崩しているところも見た事がない。

 仕事にも手を抜かない事からも真面目な性格が窺える。


「して、この契約書だが」


「はいぃぃぃ!」


 机の上に置かれた契約書にびくりと体を大きく揺らした。

 ダクス宰相は呆れたような目を私に向けて息を吐く。


「そう怯えるな。取って食うわけではない」


「す、すみません……!」


「まあ良い。王女の求めていることは理解した。しかし、なぜこうも穴だらけなのだ。まず対価については空白になっているがどう考える?」


 シア達に聞こえないように配慮したのか、ダクス宰相は声を潜めて問いかけてきた。


「ダクス宰相に金貨や宝石はご不要でしょう。なので今後亡命先で得た情報を継続的にお渡しするというのはいかがでしょうか。その……情報の精度ですとかはあまりお約束はできないかもしれませんが可能な限りお役に立つ情報をご提供します。もしくは他に知りたい事があれば何でもお答えします」


 例えば前世の話であろうと包み隠さず全てを話すつもりだ。


「それか他にご希望のものがあれば、私がご用意出来るものなら何でもかまいません」


 そう言うと、宰相は片眉を跳ね上げて意地悪な笑みを浮かべた。


「ほう? ならば奴隷に落とされても娼館に売り払われても文句は言えんぞ。全く。どれだけ平和ボケしているのだ」


「うぐぅ……」


「ーーいいか? こういう契約はな、己の命だけではなく尊厳を守る事も組み込むものだぞ。このど阿呆が」


「はい、仰る通りど阿呆です……」


「反省せよ」


「はい……」


 深く項垂れて次のお叱りを待つ。


「その上、亡命後の生活保障についての記述もないではないか。住居に仕事、当面の生活費はどうするつもりだ。俺が王女の全財産を希望したら亡命してすぐ貧民街行きだぞ」


 言いながらもすらすらと契約書に追記していく彼のペンの動きを追う。


(この人、いい人過ぎでは!?)


 口にしなければどうとでも自分に都合のいいように契約書を作成することも出来るだろうに、わざわざ指摘してくれるなんて。


「ええと、ですが流石にそこまで望むのは……」


「当然の権利だ。それだけの対価を払うつもりならば、要求も相応のものにせよ。釣り合わんではないか」


 文句を言いながらペンを置く。


「だが、まあ王女の覚悟は理解した。対価についてはしばし考える時間をもらおうか。今夜、ここへ来てくれるか? その際返事をしよう」


「えっ、夜ですか?」


「ああ、侍女も護衛も付けずにな。王家の隠し通路ならば王女の自室からこの部屋の近くに出れるだろう」


「出れますけど何で隠し通路を知ってるんですか!?」


 声を抑えながらも、つい叫んでしまう。


「俺は宰相だぞ。知らぬわけあるまいて」


「ええぇぇぇ……」


(一国の宰相が知っていることがおかしいのですけど。ああ、でもハーヴェイ大神官も確実に知ってる気がするのでおかしなことではないのでしょうか……)


 私の常識が段々と揺らいでいく。


「ですが、なぜ夜に……日中でも良いではありませんか」


「ふ、まだまだ若いな。知らぬのか? 密談というのはな……大抵夜にするものだ」


「…………はい?」


 その楽しそうな響きを乗せた声に、ぽかんと口を開けてしまう。


「それに日中は仕事がある。そろそろ補佐官も戻ってくるだろう。人がいては話を詰めれん。人目の多い夕刻にここへ来るのは王女にとってもあまり良い事ではないのではないか?」


「それは、そうですが……夜ですと、もし誰かに見つかればダクス宰相にも迷惑がかかります……」


「この契約書を俺に渡しておきながら、それを言うか?」


「うぐぅ……」


 ひらひらと契約書を眼前で揺らしながら、鼻で笑うダクス宰相に言葉に詰まる。


 それは確かにその通りだ。

 巻き込もうとしているのは私だ。

 迷惑をかけると分かっていて、頼んでいるのだから宰相の言う通り今更の話か。


「わかり、ました……今夜、伺います。絶対絶っ対! 誰にも見つからぬよう細心の注意を払って来ますので!!」


「ふ、期待せずに待っていよう。陽が落ちて一刻程したら来るように。

では帰るといい。変な輩に絡まれぬよう気を付けて帰るのだぞ」


 変な輩と言うのは王太子達を指しているのだろう。

 その言いように思わず口元に笑みが浮かんだ。


 仕事に追われる宰相を尻目に執務室を後にした。

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