戦場の少女
濁った空から黒い雨が降り注ぐ
その空を仰ぎ、息を切らす少女の足元には、死屍累々と呼ぶに相応しい死体の山が連なっている
剣に刻んでいた術式が霧散し、少女の手から滑り落ちる
同時に、少女の体がぐらりと傾き、死体の山を転がり、地面に打ちつけられる
「・・・・・・・」
傷ついた少女の体を、冷たい雨が濡らしていく
仰向けに倒れてた少女は、ただぼんやりと、鈍色の空を眺める
遠くから聞こえる爆発音も、敵か味方かも分からない誰かの悲鳴も、今の少女にとっては全てがどうでも良かった。
「・・・・・ーーーーゴフッ」
少女の口から、どろりと血が流れる
(・・・・死ぬのか)
自身の命が瀬戸際と言うのに、少女は至極冷静に思考する
(まぁ・・・この傷で生きてる方がおかしいか)
そう考える少女の横には、投げ出されたように転がる短剣。彼女の軍服は、今や腹から流れる血で赤黒く染まっていた。
「・・・・死ぬんだ・・・私」
この凄惨な戦場の、死体の山の隣で
「・・・・ーーーーーははっ」
ーーーいっそ滑稽だ。散々人を殺めた奴の最後の光景が、死体の山と濁った空とは
全身が冷たくて寒いくせに、未だ血が流れる傷口だけが異常に熱い
この雨も、傷口の熱を覚ましてはくれない
まるで、午後の暖かい日差しの中で、微睡むような睡魔が、少女を襲う
鈍くなってきた思考、少女の頭の中は、今までの記憶が溢れるように流れる
戦争なんて何も考えずに笑っていた
戦火の中、両親が死んだ
軍に志願した
『エマ』
・・・・・・ああ・・・
「ねぇ さ ん」
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「・・・・ーーーー本当にやるんだな」
「ええ。彼女を助けるにはこれしか・・・・」
・・・・誰
「今の彼女では体が回復しようと、精神が壊れて再起は難しくなる」
「だからといって・・・だが、仕方のないことなのか・・・?」
「彼女がまた、自分を見失わないよう、我々ができることはそれくらいしか・・・」
・・・・・何を、するんだ?
「ーーーーのお前に、まさか助けられるとはな」
「・・・・・今はしがない人質ですよ・・・それに」
「彼女は、もう、ここにはいない方がいい。」
「・・・・・そうだな」
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まだ、私が五歳にもなっていなかった頃の話だ。
母は花を育てることが趣味で、家の小さな庭には、いつも花の香りが満ちていた。
近所でも評判の庭で、特にバラの季節にはうっとりするような匂いに包まれて、母とお貴族様のお茶会の真似事をした。一緒に作った手作り特有の、少し固いクッキーを頬張って、あまりにも口いっぱいに入れてしまったものだから、母にも、 にも笑われて、
楽しかったなぁ・・・・・・・
「・・・隊長・・・・・?」
「・・・・・隊長・・・?」
金色と黒色の対象的な髪色が上から覗き込む
まだ霞む目を凝らして、名前を呼ぶ
「・・・クロエ・・・・アメリア・・・?」
「「・・・・!」」
と名前を呼ばれて、パッと笑顔になる
「エマ隊長っ!!」
「無事で何よりっ!!」
「ぐえっ」
思い切り二人はエマに抱きつく。因みに金髪がクロエ、黒髪がアメリアである。
「クロエ!医師を呼んできて!」
「アメリア!医師を呼んできて!」
ピタ・・・と二人の動きが止まる
「・・・・」
「・・・・」
睨み合う。眼光が鋭すぎて火花が見えそうだ。
間に挟まれているエマはいつものことと諦め半分、居た堪れない気持ち半分で黙って見ている
しばらく睨み合った後、ベッドから無言で起き上がり、両者片手で拳を作る
最初は、グー
ジャンケン
ぱー
ぱー
「「・・・・」」
あいこで
グー
グー
あいこで
グー
グー
「「・・・・・」」
無言で両方とも、背中に拳を隠す。エマはただ見ている
あい、こで・・・・
チョキッ!
パー!
「ぅしっ!!」
「ちぃっ!!」
軍杯はアメリアに上がった。
「では、クロエ。医師お願いします。」
「・・・分かってる。アメリア」
とんでもなく不服そうな顔で、クロエは足音荒々しく部屋を出た。
「・・・・・さて、」
ニコニコと効果音でも付きそうな程の笑顔で、アメリアが口を開く
「隊長・・・私、隊長になら何をされようと受け入れます♡」
「待てお前何を想像してる?おいボタン外すな」
流石に動揺し、エマは起き上がーーーー
「いだだだだだっ」
れなかった。全身が痛い。特に腹が
「あああ、無理しないで下さい隊長。」
そう言いながらエマの体を支え、後ろに大きめのクッションを置く
「すまん、ありがとうアメリア」
「いいえ?隊長のためならどんなことだろうと槍が降っても完遂します。」
真顔で言われた。
「あ、ああ・・・そうか。」
若干引き気味でエマは答える
「ところでだが・・・アメリア」
「はい」
エマは周りを見渡す
壁に掛かった高そうな絵画に、磨きのかかった床。そして今私が寝ている天蓋付きの、大きなふかふかのベッド。その両脇に置かれたガラス製の細工の凝ったサイドランプ。さして広くはないが高級そうな部屋・・・・・
「私は高い方の娼館にでも売られたか?」
「いえ。万が一そうなった場合は全隊員完全武装でその娼館潰してエマ隊長を他国に亡命させます。」
どうやら違うらしい。
「ここは元・魔道第一大隊隊長、現ヴェアル・グランジネット侯爵の屋敷。その一室です。」
「・・・ヴェアル・・・ヴェアル・・・ああ、あの髭面の」
思い出した、と言うようにエマは指を弾く
「そうです。その髭面です。」
「・・・で?私がそのヴェアル侯の屋敷いる理由は?」
ぐっ・・・とアメリアは唇を噛む
「・・・少々、長くなります。もしお辛ければ」
「いい。話せ。」
「了解しました。・・・では」
おほんっと咳払いを一つ。
「まず、現状から申し上げますと、隊長は一ヵ月間昏睡状態でした。」
「一ヵ月・・・」
「ええ。その間に、我がルーギニア帝国は、敵国ジェレス民主国家と“停戦協定”を結びました。」
エマの目が、驚愕に開かれる
「・・・・・停、戦・・・?」
「はい。因みに隊長は戦場の一角で発見され、治療をしていたところ、急にヴェアルが隊長を保護して、付き添いとしてクロエとアメリアがいます。・・・これが、隊長が眠っている間で起きた出来事と、ヴェアルの屋敷にいる理由です。」
「・・・・・そうか」
何となく、エマは上に仰ぐ。このベッドの天蓋は、内側にもレースカーテンが折り重なるようにつけられていて、一目で高価なものだと分かる
(・・・・・・・停戦)
エマの頭の中で、停戦という言葉が反芻する
視線を戻し、グッと目を瞑る
「・・・・・アメリア」
「はいっ」
ゆっくりとエマは目を開ける
「ありがとう、教えてくれて」
「・・・・・・・・・・っ!!」
アメリアの目が輝く
「いいえっ!この不詳アメリア!!エマ隊長のためならどんなこーーーーー」
「アメリア!医師呼んできたぞっ!!」
バァンッ!!!と、勢いよく扉が開かれ、クロエがポニーテールを揺らして入る
「おお、クロエ。」
「隊長隊長!ワタシが!医師呼んだんです!!」
鼻息荒くクロエはエマに近付く。
何故だろう。犬のシッポと耳が見える気がしてならない。
「ん、ありがとう。クロエ」
なんとなく、エマはクロエの頭を撫でる
照れたように下を向きながらも、嬉しそうにクロエははにかむ
一方、途中で言葉を切られたアメリアは
なんか、黒いオーラを出して思い切りクロエを睨んでいた
「・・・・・クロエ・・・?」
地獄の底から絞り出したような声が、クロエの名を呼ぶ
「・・・謀りましたね・・・・・・・?」
さながら敵を威嚇する猫のように、アメリアはオーラを逆立たせる
「・・・・」
エマにはどうすることもできない。
そしてクロエは
「ふっ」
ザマァ見ろと言うように、鼻で笑った。それも少し勝ち誇った笑みで
プツーン、と切れる音が響く
「クゥぅぅロぉぉぉエェぇェぇぇエエえええええっっっっ!!!!!!」
喧嘩没発。最早エマには止めることは出来ない。
(・・・・・・・犬と猫の喧嘩・・・・)
遠い目でエマは思う
「はいはーい、じゃ。あの二人が喧嘩してる間に、診察始めますね。」
にこやかにぬるっと灰色の髪をした女医が出てくる
「とは言っても何個か質問したりちょっと触診するぐらいですけどねー」
「ああ・・・よろしくお願いします・・・」
「いえいえー」
背後の喧嘩を二人はスルーする事にした
女医は質問をテンポよく聞き、エマはそれに答えていく
触診の時気付いたが、エマは殆ど全身に包帯を巻かれていた。中には傷跡が残るかもしれないものもあるらしい。軍人柄、そう言う傷は何度か負っているので、エマ自身、さほど気にはしていなかったが、何故か女医が悲しそうな顔をしていたのが不思議だった。
「・・・うん。大丈夫そうですね。どこか痛いとかあります?」
「強いて言うなら脇腹が痛いですね。」
「あははっそりゃあそうですよー」
かんらかんらと女医は笑う
「だぁって腹に軍用ナイフがそりゃあ深々と刺さってましたからねぇ。痛いに決まってますよぉ」
「うわっ」
想像してしまった。自分の事なのに結構キツイ。
「あ、それと、今度ーーーはない事を願いますけど、腹に刺さったナイフ。抜いちゃったら傷口広がるんで、抜いちゃダメですからねー」
「あー・・・すみません」
「ん〜?歯切れが悪いですね?」
頬を掻きながら言う
「そこら辺の記憶が曖昧でして・・・自分で抜いたかどうかイマイチ・・・」
「そーですか〜・・・ま、死にかけてましたし記憶が曖昧なのは仕方ないです。」
ぱっと手を広げて慰めるように女医は言う
「ほいじゃ、今回はここまでですね。」
「あ、ありがとうございました」
ぺこり、と首を下げる
「今後何回か傷の様子見に来るので、その時はまた」
よっこいしょ、と呟き、脇に置いていた重そうな医療カバンを持ち上げる
「名乗り忘れてしまいましたが、ワタシの名前はステラ・フローレイ。ステラ医師とでも呼んでください。」
「あ、あ、私の名前はエマです。こちらこそよろしくお願いします」
にっとステラは笑い、入り口へ歩いていく
「はーい。それじゃあまた。エマお嬢様♡」
コツコツと靴を鳴らし、ステラはドアの影へと消えていくのを、エマは何となく手を振りながら見送る
「・・・・・・・・・ん?」
「お嬢様・・・・?」
因みに、クロエとアメリアの喧嘩は勝敗が着かず、疲れて眠りこけていた。
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