第一話「島流し」
目の前に広がるは無限の海。背後に広がるは広大な大森林。そう、ここは自国から遠く離れた無人島である。
「やりすぎだわ」
我が国、アイデンシテンのある方向を眺めながら呟く。正直よく生き残れたと思った。ここまで来るのに嵐に巻き込まれ、海竜に食べられそうになり、クラーケンにも追われたのだ。我ながらよく撃退で来たなって思った。
「この魔法の才能がなければ今頃はどうなっていたことか……我ながら悪運が強いわね」
わたくしはアイデンシテンでも屈指の魔法の才能に恵まれていた。まあ適性があるってだけで実力はまだまだだが、それでも上位に入るほどの魔力をもっている。地水火風すべての魔法が使え、さらに数少ない闇の魔法も使うことが出来た。この力のおかげで第一王子であるシオン王子との婚約者になることができたのだが――
「あの下民のせいでこんな目に……でもただ嫌味を言っただけで島流しは酷すぎるわ」
どうやら王子が下民に一目ぼれをしていたらしく、とんとん拍子に島流しの罪を言い渡され、手漕ぎボートのような頼りない船に載せられて追い出されたのだ。本当によく生き残った。それもこれも奴らに復讐するための意地である。
「はぁ、もう下級魔法を使う魔力しか残っていないわ。どうにか魔力を回復させないと……どこかに食べられるものは残ってないかしら?」
食料はもうないので現地調達である。王子の婚約者なのだ。簡単なサバイバル技術なら身に着けている。食べられるものと食べられないものの区別くらいはついた。
「これは見覚えがあるわね。これも火を通せば食べられるし、あとは火を起こして――」
下級の火属性魔法を唱えて火を起こす。水も魔法で出して、船に積んであった鍋に入れた。これで腹も膨れるだろう。
「はぁ、これで調味料があれば完璧なんだけれど、贅沢ね」
わたくしは周囲を見渡した。果たして、この島にはどんなものがあるのだろう。ここは本当に無人島なのだろうか?
そこでわたくしは再び魔法を使い、森の中を歩いていくことにした。太陽が高い位置にあり、日差しが強い。木々が日陰になってくれたおかげでいくらか涼しいが、それでも暑くて汗が滲み出てきた。
まずは水源を探そう。水は生命の源である。水があれば食料も見つけやすい。森を歩き続けると、小川が流れているのを発見した。水は透き通っており、飲むことができそうだ。
「これで無駄な魔力を使わずに済むわね。安心して探索できるわ」
わたくしは水を飲み、小川の周りを探索し始めた。小魚やカニが泳いでいたが、食べるには小さすぎる。しかし、岩場にぶら下がっていた藻が気になった。
「これは食べられるかしら?」
わたくしは手でつかんで引っ張ってみた。藻は伸びて、手についた。
「これは美味しそうね」
藻を小さく切って、水に浸してみる。やわらかくなったところで味見をした。塩味が強く、なかなか美味しい。
「これは食料になりそう」
わたくしは藻をまとめて、鍋に入れてみる。藻を加えたスープさらに美味しくなった。生き残るためには食べることが必要だ。しかし食べ物を探すだけではなく、島を探索しなければならない。次は森の奥に向かおう。
わたくしは藻を食べ終え、森の奥に進むために準備を始めた。何が待ち受けているかわからないため、用意周到であることが重要である。
「まずは、必要なものを整理しようかしら」
わたくしは自分の荷物を確認し、必要なものを整理した。ナイフ、ロープ、火打ち石、タオル、そして水筒には小川で汲んだ水を入れた。
「これで十分ね」
準備を終え、森の奥へと向かった。暑い日差しは森の中でも強く感じられる。道は険しく、木々が茂っているために進むのに苦労した。しかし、それでもわたくしは前へと進む。復讐心が疲れた体を動かしたのだ。
森の中は小鳥のさえずりや木々が揺れる音など、自然の音だけが聞こえる静かな場所だった。途中、果物の木を発見する。木の上にはまだ熟していない果実がたくさんついていた。
「これは、食べられるかしら?」
わたくしは木の実を手にとり、匂いをかいでみた。香り高く、甘い匂いが漂う。果実を口に含むと、甘さが広がって美味しい。
「旨いわね」
気に入ったので木の実を袋に詰めた。これで島での生活が少し楽になるであろう。
森の中を進んでいくうちに、大きな木々に遭遇する。木の幹は太く、高さも三十メートルを超えていた。そして木々の周りには草が生い茂り、何か生き物がいるようだ。
「何がいるのかしら?」
気になったので近づいてみる。草をかき分けた先には小さな動物たちがたくさんいた。カエルやトカゲ、そして小鳥たちが草むらで飛び跳ねている。
「こんなに沢山の生き物がいるのね」
わたくしは自然の豊かさに驚いた。こんなに多くの生き物たちが自然の中で暮らしているのかと思うと、心が温かくなる。
「この島にはまだ見たことのない宝物が隠されているのね」とわたくしは自分につぶやいた。
このような風景を見ていると、自然と復讐を考えている自分が馬鹿らしくなってくる。しかし、それでもわたくしの決意は変わらない。
「奥にもまだなにかありそうね」
わたくしは森の奥に進むことを決めた。島にはまだまだ未踏の地があり、そこには新たな発見が待ち受けているはずだ。
道がますます険しくなって進むのに苦労したが、わたくしは決心を固めて進み続ける。そして島の中腹に辿り着いた。
そこには美しい滝と大きな湖が広がっていた。湖の周りには木々が生い茂り、小鳥たちがさえずっている。滝の水は清々しく、涼しい風が吹き抜けていた。
「こんなに美しい景色があるなんて、素晴らしいわ」
素晴らしい景色に感嘆したわたくしは荷物を降ろし、湖畔で休憩を取った。小鳥たちの鳴き声と水の音を聞きながら、自然と心が一つになる。
心身ともにリラックスしながらも、わたくしは次の冒険に備えてしっかりと準備をしていくことにした。
「ここは本当に無人島なのかしら?」
ふと疑問に思う。食べ物が豊富にあり、美しい湖畔もある。今のところ獰猛な魔物や猛獣などは見当たらない。どうみても人が住むにはうってつけの場所だ。
「もう少し奥に行けば誰かいるのかしら?」
わたくしは人の痕跡を探しながらさらに奥へと進んだ。
* * *
いくつかの岩場を越えたところで、小さな村を発見した。村には数軒の小屋が建ち並んでおり、何人かの男たちが畑や果樹園で農作業をしている。
「こんなところに村があるなんて、やはり無人島ではかったのね」
村に近づいていくと、農作業をしていた男たちの内の一人がわたくしに気が付いて話しかけてきた。
「おい、そこのお嬢さん。お前、どこから来たんだ?」
わたくしは驚きながらも、その男性に近寄る。
「わたくしは無人島を探検していて、ここまで来たのですが……ここはどこなのですか?」
男性はわたくしの話を聞きながら、しばらく考え込んだ後に答えた。
「ここは孤島国家・べルゼウス。海賊たちが築いた国だ。まあ俺たちが勝手にそう呼んでるだけで、この通り小さな村が点々としているだけだがな」
ベルゼウス。わたくしはその名を初めて聞いた。そしてこの男性が言うように、本当に海賊たちが築いた国家なのだろうか?
「国ということは、王もいるのですか?」
「いるよ。でも、あんまり期待しない方がいいぜ。王様と言っても、そんなに偉そうなやつじゃないからな」
男性は少し不満そうに口にする、その言葉には何か深い意味があるように感じられた。
「それにこの国は海賊たちが築いた国家だから、あんまり治安が良くない。時々、他の国の船がやってきて揉め事になることもあるしな」
男性は憂いた表情で続ける。よほど治安が良くないようだ。
「でもお嬢さん、あんたがここに来たのはラッキーだよ。ここは他の村に比べていくらか治安もいいしな。もしよければ、俺たちが住む村に泊まっていくかい?」
男性はにこやかに微笑んで、わたくしに尋ねた。
「ありがとうございます。でも、わたくしはあくまでも無人島を探検するために来たので、ここに長居するつもりはありません」
「そうか、気を付けてな。さっきも説明したが、この国はあまり治安が良くない。あまり目立つようなことはするなよ。ただでさえあんたは顔が整っているんだ。暴漢に狙われるかもしれないしな」
「ありがとうございます」
お礼を言って、わたくしは早々に村を後にした。
――村を出てしばらく進むと、目の前に広大な湖が現れた。湖の周りには樹木や花々が咲き乱れ、鳥たちの鳴き声が響き渡る。
「綺麗……こんなに素敵な景色がこの世存在しているなんて……」
わたくしは思わず感嘆の声を漏らした。だが、その美しい風景の中に異変を察知する。湖の中央に、何か大きな物体が浮かんでいるのだ。それはまるで、巨大な船のような形をしていた。
「あれは一体…」
恐る恐る湖の方に近づくと、正体はすぐにわかった。そこにいたのは海賊船だったのだ。
「これはまずいわ」
わたくしは焦りを感じた。もし、彼らに見つかってしまったら、どうなってしまうのだろうか。
わたくしは湖の周りを迂回し、船団から離れた場所へと向う。しかしその時、後ろから足音が聞こえてきた。
「……!?」
心臓の鼓動が早くなる。もし魔力のない今出会ったらなすすべもなく捕まってしまうだろう。そうなったらどうなるか――想像に難くない。相手が下種な男だったらやることは一つだろう。
ゆっくりとわたくしは振り向くと、そこには先ほど村で会った男が立っていた。
「よかった。間に合ったみたいだな」
「どうして?」
思わず口にする。なぜここに彼がいるのだろう?
「あんたが心配だったんだよ。海賊たちが湖に来たと聞いたから、もしかしたら危険にさらされるかもしれないと思ってな」
親切な男は微笑みながら口にした。その笑顔がなぜか眩しく感じて、心臓が高鳴る。
「あっ、ありがとうございます。え~っと――」
なぜか先ほどよりも呂律が上手く回らない。こういうのには慣れていないからだろうか? そういえば自己紹介がまだだったな。こんなに親切な人だったら、初めから名乗っておけばよかったと今更後悔した。
「ジーニアスだよ。よろしく」
そう言ってジーニアスという男は握手を求めてきたので、わたくしは快く握りしめて自己紹介した。
「ありがとうジーニアス。わたくしはアルティ。元公爵家令嬢で、今はしがない流刑者をやっています」
これがわたくしと彼の初めての出会いだった。




