覇者の交代
熱でふらつく身体を引きずるようにして1人の男がスタジオの中に入って来ると、マイクの前の椅子に座り喋り始めた。
「こんにちは。
気象庁がデータを送って来なくなって約1カ月、久しぶりに朝から青い空が広がりソーラーパネルが頑張ってくれて充電器が満杯になりました。
そのお蔭でやっと放送を再開出来ます。
もっとも、放送を聴いてくださるリスナーさんがどれほど残っているのか分かりませんが。
でも、悲観はしていません。
先程放送局のビルから空を見上げていたとき、繁華街がある方角から数発の銃声が響いて来ました。
生き残っている人たちのグループが猿か熊を駆除しているのでしょう。
さて、何時ものように音楽をと言いたいのですが、その前にちょっと愚痴を言わせてください。
6年前未知の伝染病、通称ゴブリンが全世界に蔓延しました。
このゴブリンは神か若しくは神のような存在からの警告だったのではないでしょうか?
各国政府はインフルエンザ並みの感染率とインフルエンザより遥かに高い死亡率に脅威を覚え、国境を閉鎖して自国を隔離しゴブリンの猛威に抗いました。
各国政府だけで無く人々もまた、外出を控えるなどしてゴブリンに感染しないように自主的に行動制限を行います。
その結果、地球温暖化の影響で激しさが増していた天候が緩和し、排気ガスで曇り空が続いていた発展途上国の首都を含む大都市では久しぶりに青空が広がり、自主隔離で家に閉じこもっていた人たちの気分転換に寄与しました。
ゴブリンも人々が自主的に行動制限を行っていた間は、次々と開発されるワクチンに対抗するように変異する以外は感染率や死亡率は変わらず推移します。
しかし、各国政府が経済の停滞に苦慮し人々が自主隔離による行動制限に嫌気がさして国境を開放し自主隔離を辞めた途端、ゴブリンはゴブリンに比べて感染率や死亡率が高いミノタウロスに変異。
それだけで無く、ゴブリンに対応するため開発されていた全てのワクチンがミノタウロスには効果無しになりました。
そしてゴブリンがミノタウロスに変異した頃から熊、猿、象、イルカ、アザラシなどの野生動物が人間を襲撃する事件が多発します。
しかし私たちは感染率や死亡率が高まりより久しぶりの外出に心を踊らせ、便利で快適な生活に突き進みました。
その結果が今の現状なのではないでしょうか?
ミノタウロスが90パーセント以上の感染率で80パーセント近い死亡率のヒュドラに変異し、人類は滅亡の瀬戸際に追い込まれています。
ゴホゴホゴホゴホゴホゴホゴホゴホ
ハァハァハァハァ
愚痴は此処までにしましょう」
男は椅子から腰を上げふらつきながらスタジオの隣にある操作室に行くと、ミキサーの幾つかのボタンを操作し音楽を流す。
スタジオに戻り男はまたマイクに向けて語りだす。
「私にもお迎えが来たようです。
ゴホゴホゴホゴホ
ハァハァ
音楽は私の独断で、私の好きな曲を選曲させて貰いました。
ゴホゴホゴホゴホゴホゴホゴホゴホ
ハァハァハァハァハ……」
ゴト! 音を立てて男はテーブルに突っ伏した。
その時、操作室と廊下を隔ててるドアが廊下側から蹴り開けられる。
男は霞む目で操作室に入って来たものを見て、目を見開き顔を歪ませた驚愕の表情で「神よ」と呟き、絶命。
操作室のドアを蹴り開けたライフル銃を構えた日本猿は操作室内を見渡し、目の前で絶命した男以外に人間がいない事を確認すると操作室から出ていった。