クモをつつくような話 2021 その3
この作品はノンフィクションであり、実在するクモの観察結果に基づいていますが、多数の見間違いや思い込みが含まれていると思われます。鵜呑みにしないでお楽しみください。
6月3日、午前6時。
以前紹介したロリコンのゴミグモ、光源氏くんが帰ってきていた。今は体長12ミリほどのオトナの雌の円網に居候しているからロリコンは卒業したのかもしれない。ただ、どんな苦労をしてきたのか、脚が6本になっていた。
光源氏ポイントにはゴミグモの雌が多い。繰り返しになるが、ゴミグモやオニグモの場合は雄がいる場所の近くに雌が引っ越して来るということがあるのではないだろうか? 雌が卵を産むためには雄と交接する必要がある。あらかじめ雄の近くに引っ越しておくことによって子孫を残せる確率が高くなるのならそうするだろう。ただし、そのためには第一に雄が複数の雌と交接する能力を持っている必要がある。第二に雄もフェロモンを放出し、雌もまたそれを感じ取る能力が必要になるかもしれない。残念ながらこの二つは未確認だ。
なお、宮下直編『クモの生物学』の第八章では、クモの引っ越しを獲物の多い少ないの面だけから論じているのだが、生物の目的は自分の命を次の世代へと繋いでいくことであって、食べる事はその手段の一部でしかないと作者は思う。ゴミグモの場合、獲物が少なくてそのシーズン中にオトナになれないのなら、おそらく休眠して越冬するだろう。それならば、そこが獲物の多い場所か少ない場所かは大きな問題にはならないと思う。ゴミグモの雄が複数の雌とハーレムを形成する確率のデータが欲しいなあ。
午後7時。
体長10ミリほどのガを3匹捕まえたのでオニグモのヒーちゃん、デンちゃん、お隣ちゃんにあげてみた。すると、この3匹はガの翅を脚で抱え込みながら牙を打ち込み、獲物がおとなしくなった所で捕帯を巻きつけて円筒形にするというまったく同じやり方で仕留めたのだった。しかもアリを投げてあげた時のように躊躇せずに飛びついて来た。これで決まりだろう。オニグモが狙っているのはガである。〔言い切ったな!〕
なお、オニグモの6ミリちゃんは留守だった。午前5時頃には円網を張っている最中だったから完全に昼行性である。オニグモの場合、夜行性になるか昼行性になるかはクモ自身で決めているということなのかもしれない。
ゴミグモのエルちゃんにもガをあげようとしたのだが、円網にくっつけたガが暴れ始めた途端に円網の反対側へ逃げてしまった。おそらくゴミグモが狙っているのはもっと弱い獲物なんだろう。円網にゴミを付けているのも大きすぎる獲物はゴミに気付いて円網を回避してくれることを期待しているんだろうな。
コシロカネグモのシロちゃんは円網を外して枠糸だけにしていた。この子の営業時間は夜明け前から日没後くらいまでのようだ。
6月4日、午前4時。
オニグモのデンちゃんとお隣ちゃん、そしてゴミグモのお姉ちゃんとエルちゃんが円網の張り替えを始めた。予報ではあと2時間ほどでまた雨が降り始めるらしいのだが……。
デンちゃんが香箱座りをしていないのでヒーちゃんの体格と比較してみたら、両者のお尻の大きさはほとんど同じだった。デンちゃんの頭胸部の方がいくらか大きいかもしれないという程度だ。作者はヒーちゃんをひいきしているつもりだったんだけどなあ。
6月5日、午前2時。
この時間に円網を張る子はいないだろうなと思いながら散歩に出てみると、なんと、オニグモのデンちゃんが円網を張っていた。しかも直径約60センチだ! こんな早起きさんには三文の得をあげなくてはなるまい。幸い体長15ミリほどの甲虫を拾ったので円網にくっつけてあげた。
ところが、獲物に飛びついたデンちゃんはいったん獲物から離れると獲物の周辺で円網の糸を切り始めるのだった。めったにない大物なので目測が狂ったのかと思いきや、これは必殺のバーベキューロールへの布石だった。大型の獲物の場合はその頭部先端と腹部後端だけに糸がくっついている状態にしなければバーベキューロールは使いにくいのだろう。しかし、大型の獲物に捕帯を巻きつけるために円網に穴を開けるという判断ができたというのが本当なら、デンちゃんの知能は少なくとも車道を走る車を使ってクルミの殻を割るカラスと同じくらいということになってしまうかもしれない。
準備を整えたデンちゃんはさっそく捕帯を巻きつけ始めた……のだが、これがやたら長い。作者には時計を持ち歩く習慣がないのだが、少なくとも10分以上巻きつけていたのではないかと思う。それはもう「いつもより余計にまわしております」という台詞を入れたくなるような巻き方だった。〔あの2人は引退したんだぞ〕
どうも、ナガコガネグモよりも捕帯が薄いのと獲物の前半分にばかり巻きつけるのとで獲物は後脚の1本をある程度動かせるので「まだ捕帯が足りない」と判断して巻き続けてしまうのらしい。やっぱりたいした知能ではないかもしれない。
作者が観察を中断して帰ることを考え始めた頃、デンちゃんはやっと何回か牙を打ち込むような動作を見せた(自転車用のLEDライトで照らしているのだが、よく見えなかったのだ)。それも主に獲物の腹部に打ち込んだようだった。
甲虫でも腹部の外骨格は薄く柔らかいことが多い。オニグモは眼が悪いはずなのに正確に獲物の弱点に牙を打ち込めるということは、捕帯を巻きつけながら脚先の感覚で探っていたということなのかもしれない。
まだ獲物の脚が動いている状態でいったん獲物から離れたデンちゃんはお尻を下に向けてウ〇コすると、ホームポジションに戻って爪のお手入れを始めた。やるべき事はすべてやり終えて、後は獲物の動きが止まってから食べるのだろう。
午前4時。
甲虫はホームポジションまで運ばれていたが、その脚はまだ弱々しく動いている。もう明るくなり始めているので「ここまでだわ」と判断したらしいデンちゃんは電源ボックスに帰っていった……のだが、育ちすぎたお尻が電源ボックスの蓋の隙間を抜けられないのだった。さてさて、ガードパイプの中になら入り込めることに気が付けるだろうか?
午後2時。
光源氏ポイントで体長10ミリほどのコガネグモを見つけた。この時期で体長10ミリというのはかなり大型の部類に入る。そこでウィキペディアを開いてみると、「幼体は秋に孵化し、糸を使って飛んでいくバルーニングを行う。年一化であり、成体は秋までに死亡する」と書かれていた。ということは、冬が来る前にある程度成長してしまえると考えていいんだろうか?
とりあえず体長10ミリほどのガをあげると、この子は飛びついて牙を打ち込み、獲物の抵抗が弱くなったところで捕帯を巻きつけてからホームポジションに持ち帰り、さらに捕帯を巻きつけて、それから食べ始めたようだった。つまりジョロウグモ型の狩りである。ただし、去年のコガネ関がバッタを狩った時は、まず捕帯をしっかり巻きつけて獲物の動きを封じていたから、獲物の大きさや抵抗の強さによって狩りの手順を変えているという可能性はある。
帰りにスーパーに寄ってみると、オニグモのデンちゃんにあげた甲虫はまったく動かなくなっていた。そしてデンちゃんは電源ボックスに繋がっている20ミリ径くらいの電線(?)の陰にいる。はっきり言って丸見えである。おそらく電源ボックスの蓋の裏をねぐらにした時にはこれほど大きくなることまでは考えていなかったんだろうな。ガードパイプになら入り込めることに気が付いてくれればいいのだが。
午後7時。
2日前、ゴミグモのエルちゃんが避難してしまった時と同じガをもう一度あげてみた。ただし、今回は翅を鋏で切って4分の1くらいの大きさにしてある。これをエルちゃんの円網にくっつけると、ビンゴ! エルちゃんは躊躇せずに飛びついて牙を打ち込んだ。やはりゴミグモはあまり暴れない獲物を狙っているということなんだろう。
ガが余ったので、これは甲虫を食べ始めていたオニグモのデンちゃんにあげてしまう。こちらはもちろん翅が大きいままだ。さすがにデンちゃんはさっさとぐるぐる巻きにしてしまったのだが、やはり食べるのは甲虫の方が先だった。次は小さい獲物をあげておいてから大きな獲物をあげてみようかと思う。
6月6日、午前1時。
オニグモのデンちゃんの様子を見に行ってみたら、甲虫の頭部を外して中身を食べていた。ぐるぐる巻きにしたガは円網に取り付けたままである。
ゴミグモのエルちゃんの近くのガードパイプには体長3ミリほどのオニグモの幼体らしいクモが円網を張っていた。この子にはそこらに転がっていた体長8ミリほどの昆虫の死骸をあげた……のだが、近寄って来るだけで捕帯を巻きつけようとしない。オニグモやゴミグモはまったく動かないものをゴミだと認識する場合があるのでやっかいだ。こういう時は枯れた草の葉などで獲物をツンツンするのがいい。つまり、生きているように見せかけるのだ。クモが「これは獲物じゃないわ」と判断して円網から外してしまう前にツンツンできれば、だいたい食べてもらえる。前にちょっとだけ紹介したが、クモのこういう性質を逆に利用して、円網にかかってしまったら死んだふりをして円網から外してもらう甲虫もいるようだ。円網にかかってしまったら羽ばたくことで外れてしまおうというガの仲間とは大違いである。
さて、ここで耳寄り情報。実は行きつけのスーパーの外壁の根元に黒いヒメグモ科のクモが住みついている。黒いヒメグモの中には有名なセアカゴケグモもいるので、あえて報告しなかったのだが、今日になってその子のお尻に三日月形の白い模様を確認した。というわけで、この子はゴケグモ属ではなく、カガリグモ属のハンゲツオスナキグモである。その模様はどう見ても三日月だし、雄がいなかったら繁殖できないだろうと思うのだがね。ああっと、「オスナキ」は「雄鳴き」でコオロギやキリギリスのように鳴く(音を出す)クモなのかもしれないなあ。
午前2時。
作者の部屋には今、体長2ミリほどの赤黒いクモがいる。これくらいの体格だと網戸を通り抜けてしまえるんだろう。それはいいのだが、この子は作者の方に歩いてくるのである。進行方向に指を置いておくと素直に這い上がってくる。何なんだろう? 気温が下がったからぬくもりを求めているのか? 懐かれて悪い気はしないが、潰してしまいそうなので外に出させてもらう。「森へお帰り」である。
午前11時。
昨日からオニグモのヒーちゃんとお隣ちゃんと6ミリちゃん、そしてコシロカネグモのシロちゃんの姿が見えない。
シロちゃんは多数の糸を三次元的に組み合わせた構造物を残しているが、これはジョロウグモが円網の前後に取り付けるバリアーを簡略化したもののように見える。実際これはバリアーだろう。ただし、手に負えないような大型の獲物避けではなく、他のクモに対して「ここはあたしの場所」と主張するためのものだと思う。つまり、人間が列車のトイレに行く時にシートの上に置いていく読みかけの雑誌と同じ効果を期待しているのだろう。
ヒーちゃんと6ミリちゃんは腹ごなしだろうかなあ……。雨が降ったことによって自分が満腹であることに気が付いた、とか?
6月7日、午前5時。
体長12ミリほどのガガンボを捕まえたので、あえて体長3ミリほどのオニグモの仲間の幼体らしい子にあげてみた。するとこの子はためらう様子もなく飛びついてきた。この辺りも不思議なのだが、この子は円網の振動によって大暴れするような獲物ではないと判断したのだろうか? それとも、空腹のあまり何も考えずに飛びついてしまったんだろうか?
この子はガガンボの腹部後端に取り付くと、じりじりと胸部の方に歩いていった。もちろん見えはしないのだが、そうしている間にも牙を打ち込んでいたのかもしれない。ガガンボの羽ばたきが弱くなると、次は捕帯を巻きつけていく。しかし、これだけ大きな獲物だとバーベキューロールは使えないらしくて、お尻から捕帯を引いて獲物の周囲を歩き回るようにしている。ガガンボは何かにとまっている時でも翅が真横に突き出していて十字架のようなシルエットになっているのだが、これもきちんと翅を押さえつけて獲物を棒状にまとめていく。小さくてもオニグモの仲間なのである。ただ、休憩は多い。獲物が羽ばたけなくなってからは頻繁にホームポジションに戻り、またすぐに獲物に取り付くというのを繰り返して、脚を1本ずつ巻き込むように捕帯を巻いていくのだ。今回はそこまでしか観察していないのだが、完全に獲物をぐるぐる巻きにしてから食べるのだろうと思う。
ゴミグモのお姉ちゃんの円網に付けられているゴミの中に茶褐色の潰れたラグビーボールのような物が2つあるのに気が付いた。似たような物はエルちゃんのゴミの中にも3つある。食べかすにしては大きいし、昆虫の外骨格の残骸という感じもしないので調べてみると、これがゴミグモの卵囊らしい。「木を隠すなら森の中、卵囊を隠すならゴミの中」というわけである。〔そんなことわざはない!〕
新海栄一著『日本のクモ』のゴミグモのページには卵囊についての説明がなかったので油断してしまったのだ。弟くんは雄としてやるべきことはしっかりヤってから旅立ったんだねえ。
午後10時。
オニグモのヒーちゃんがガードパイプから出てきた……のだが、Y字形に張られた糸の下側の棒の部分から動かない。円網を張る気はないらしい。お尻の大きさではデンちゃんに追い越されてしまったというのにのんびりしたものだ。頭胸部が小さいと成長も遅くなるということなんだろうかなあ。
6月8日、午前1時。
とうとうデンちゃんも円網を片付けてしまった。今は電源ボックスを電柱に取り付けるベルト状の金具の陰にいる。円筒に箱を取り付けるのでほぼ三角形の隙間ができるからお尻が大きくなったデンちゃんでも入り込めるということらしい。ただ、かつてのヒーちゃんと同じようにお尻の後端が少し見えてはいる。
これでオニグモ3匹は全員円網を張るのをやめてしまったことになる。間の悪いことに、よく太った体長30ミリほどのガを捕まえてしまったのだが、オニグモたちが円網を張るまで待つ気にもなれないのでリリースしよう。この大きさではゴミグモの手には負えないのだ。
6月9日、午前11時。
オニグモ3匹は円網を糸1本残さず片付けてしまった。これは何なんだろう? 気温が上がったので夏休みに入ったのか、あるいはオトナになったので婚活を始めたんだろうか?
6月10日、午前3時。
オニグモのヒーちゃんはガードパイプの断面から顔を出しているが円網を張る様子はない。デンちゃんは金具の陰から出てこない。体長4ミリ以下の幼体たちは円網を張っているから、何かオトナに近いオニグモに共通する事情があるのだろう。
ゴミグモのお姉ちゃんとエルちゃんは円網の横糸をすべて外していた。多分夜明け前までに張り直すつもりなんだろう。
午前10時。
体長10ミリほどのお尻が細めというか、三角形のオニグモを見つけた。昼間から円網に待機しているということは相当飢えているんだろうと判断して指を振動させながら円網に触れてみるとビンゴ! この子は素早く飛びついて来て作者の人差し指を抱え込んだ……のだが、牙を打ち込もうとしない。〔危険です。よい子は真似しないでね〕
どうも、抱え込んだ一瞬で「これは仕留めるべきじゃない」と判断したということらしい。痩せるほど飢えていても仕留めるか否かをちゃんと判断できるというのがすごい。お礼に体長5ミリほどのアリをあげておいたが、できればガをあげたいところだった。
ところで、この子はかつての6ミリちゃんではないかという気もする。ここは6ミリちゃんがいた場所から十数メートルの位置になる。クモにとってはかなり遠いだろうが、歩いて行けない距離ではなさそうだ。
そして、一定の方向に移動し続けているというのなら「向き」という概念を理解している可能性もあるかもしれない。クモは視力が弱いらしいのだが、明るさを感じられる程度の視力でも夜明け時に空が明るい方向と暗い方向があることくらいはわかるだろう。ただ、旅好きなオニグモだったとしてもちょっと育ちすぎのような気もする。やっぱり別のクモだろうかなあ……。
珍しく体長4ミリほどのマルゴミグモも現れた。挨拶代わりに体長10ミリほどのガをあげたのだが、さすがに狩るのには大きすぎると判断したらしくて糸を引いて地上へ避難されてしまった。ごめんね。
6月11日、午後6時。
体長10ミリほどの甲虫を見つけたのでクモにあげるつもりで捕まえたのだが、気が付いたら親指と人差し指に赤紫色の染みができていた。〔危険です。虫の手づかみはしないでね〕
直径5ミリくらいの頭から短いしっぽが生えたような形の染みだから体液によるものだろうと思う。いまだに痛みはないし、腫れてもいないからたいしたことはあるまい。〔遅効性の毒というのもあるんだぞ〕
体長10ミリの昆虫がヒトのような大型動物を殺せるほどの毒を産生するのはコストパフォーマンスが悪すぎる。そういう虫が存在したとしてもごく少数だと思う。それなら、人生の最後にそういう珍しい毒に出会えたのも宝くじに当たるような幸運だろう。……違うか。
※結局、数日間皮膚が変色していただけで済んでしまった。毒ではなくて染料のようなものだったのかもしれない。あるいは、脊椎動物には効果がない毒だったか、だな。
6月12日、午前6時。
オニグモの三角お尻ちゃんが円網で待機していたのだが、その円網がフライパン型とでも言おうか、右上へ伸びている2本の枠糸の間にも横糸が張ってあった。これは少しでも多くの獲物を捕らえるための工夫だと思う。円網の直径は約30センチだからもっと大きな円網にすればいいようなものだが、そのためには枠糸から張り直す必要がある。そこまでの手間はかけたくなかったんだろう。
工夫の例をもうひとつ。体長3ミリほどのオニグモに5ミリのアリをあげてみたところ、獲物の近くで円網の糸を切り始めたのである。これは大きすぎて手に負えないから逃がしてしまおうという行動だなと思ったのだが、獲物の左から上に向かって糸を切っていくと円網に大穴が開く代わりにその糸が獲物に絡んでいくのだ。それによって獲物の動きをある程度封じた3ミリちゃんは改めて捕帯を巻きつけてから牙を打ち込んでいた。ゴミグモの場合は手に負えないと判断したら獲物に近寄らずに円網を強く揺らして獲物が外れるようにするし、シロカネグモなら避難してしまうのだが、オニグモの幼体の場合は、あくまでも仕留めるための工夫を続けるということらしい。悪く言えば「食い意地が張っている」のである。
※後でこの子に体長20ミリ近いガをあげたところ、この子は脚先でチョンチョンしただけでホームポジションに戻ってしまった。オニグモの幼体でも「こんな大っきいの無理!」という判断をする場合があるということだ。ただ、その限界はゴミグモよりも高いのは間違いないだろう。
6月13日、午後9時。
オニグモのヒーちゃんとデンちゃんは住居から顔を出してはいるのだが、円網を張る様子がない。もしかしてこれがオニグモの婚活なんだろうか? この2匹はオニグモの雌成体としては小さめの体型なのだが、獲物が少ない場所にいるという自覚があれば、大きくなることよりも産卵できるようになることを優先してもおかしくはないだろう。
6月15日、午前11時。
オニグモのヒーちゃんが住居にしているガードパイプの支柱に多数のウ〇コが付いているのに気が付いた。道路の反対側だったので発見が遅れてしまったのだ。ヒーちゃんが潜んでいるのは水平のパイプの中なので、その中にウ〇コしたのでは住居がウ〇コまみれになってしまう。そこでウ〇コする時だけは外に出ていたということなんだろう。その点、デンちゃんがねぐらにしている金具は上下方向が開いているので問題がないようだ。
さてさて、ヒーちゃんが「ここでウ〇コしてはいけない」と判断したのはいつなんだろう? ガードパイプ内にウ〇コが溜まってきて狭くなってしまってからということなら話は簡単だが、そこにウ〇コが少ないようなら、ヒーちゃんは「ここでウ〇コし続けていると、いずれはウ〇コまみれになる」ことを予測したということになるかもしれない。あるいは臭いが気になったか、だな。いずれにせよ、取るべき対策は2つある。一つは引っ越しだが、ヒーちゃんは外でウ〇コすることを選んだ。襲われる危険よりも衛生的な生活をすることを優先したわけだ。これは「本能にプログラムされている」で片付けることもできるわけだが、わざわざウ〇コがはるか下へ落ちていかない場所に引きこもった場合のためのプログラムまで用意してあるというのは考えにくい。ファイバースコープがあればヒーちゃんが出て行ってからガードパイプの中を確認できるのだろうけどなあ……。
※この大量のウ〇コは一種のダイエットだった可能性もある。後でヒーちゃんは雄だったことがわかるのだが、雄としては太めの体型のままオトナになってしまうと雌を求めて三千里を歩くのに支障があるだろう。それなら余計な内臓を分解して排泄するために「通常の3倍」のウ〇コをするのも有効であるはずだ。もちろんこれはただの思いつきだが、翅のないクモの雄ならそういう能力を持っていた方が子孫を残す上で有利になるだろう。こういうのは卵囊から出てきた子グモたちを2つのグループに分けて、飢餓群と満腹群でオトナになった時のウ〇コの量と成分を分析すれば検証できるだろう。作者はアパート暮らしなので、こういう研究は大学にいるような研究者にお任せするが。
午後10時。
オニグモのデンちゃんの隣に別のオニグモが寄り添っていた。体長はデンちゃんと同じくらいのようだが、頭胸部が大きく、その分お尻が小さい体型で脚の長さはほぼ同じだ。デンちゃんが追い払おうとしないところを見ると、これは雄……と思いたいのだが、ゴミグモの白子ちゃんや黒子ちゃん、それに妹ちゃんの例もあるから「間違いない」とは言わないでおこう。デンちゃんが追い払わないのも円網を張っていないからだという可能性もなくはないのだ。ああっと、脱皮して一気に雄の体型になったヒーちゃんということもあり得るかなあ。
6月16日、午前1時。
一般的にクモの雄は触肢が雌より膨らんでいるということなのでデンちゃんの所まで行って確認してきた。いつの間にか体長20ミリほどに成長していたデンちゃんに寄り添って、その第二脚を遠慮がちにツンツンしている子は確かに触肢がデンちゃんよりも太い。これはほぼ間違いなく雄だろう。となると、次は交接なのだが……クモの交接は雄がスポイト状になっている触肢に吸い込んだ精液を雌の腹部腹面の頭胸部側にある生殖孔に注入するという形を取る。しかし、このカップルはジョロウグモほど体格差が大きくない上にデンちゃんは円網ではなく電源ボックスの金具部分にいるのだ。これでデンちゃんの腹部腹面に潜り込むことができるんだろうか?
そして、これくらいの時間にはいつもパイプの端から顔や脚を出していたヒーちゃんの姿が見えない。ということは、この雄はやっぱりヒーちゃんで、ゴミグモの雄と同じように最後の脱皮後に雄の体型になったのかもしれない。体長を変えずにお尻を小さく、頭胸部を大きくすれば済むのだし、雌の近くに円網を張っていればオトナになった雌を他の雄に取られる前に交接できるだろうし、雌の方にもオトナになったのに交接できないという事態を防げるというメリットがあるわけだ。ただし、ゴミグモ姉弟のお隣ちゃんという可能性もないとは言えない。
ゴミグモのエルちゃんは横糸を張り始めたところだった。まあ、夜明け前には違いないんだが……ゴミグモは円網を張り替える時間をどういう基準で決めているんだろう?
コシロカネグモのシロちゃんがいた場所には体長4ミリほどのオニグモの仲間が円網を張っていた。シロちゃんはもう戻って来ないということだろう。
午前5時。
アジサイが見頃になってきた。
オニグモのデンちゃんは住居にこもっている。配電ボックスの蓋の裏からも脚が1本出ているからこれが雄なのかもしれない。
今朝は体長3ミリから4ミリのオニグモの仲間の幼体が円網で待機していたので、そのうちの3匹に仕留めるのには大きすぎるだろうというサイズのアリをあげてみた。その結果は、2匹が円網に大穴を開けて獲物の動きを封じる行動を見せた(もう1匹の食事中だった子は獲物の近くまでは行ったものの引き返した)。これで間違いあるまい。獲物の上方で円網の糸を切るのはオニグモの仲間の幼体が直接捕帯を巻きつけるのには大きすぎる獲物の動きを封じるためのテクニックだ。同じ状況でもゴミグモならば強いつま弾き行動をして円網から獲物が外れるようにするだろう。「ゴミグモとは違うのだよ。ゴミグモとは!」というところである。
ヒーちゃんが円網を張っていた場所には体長3ミリほどの子グモがいたのだが、この子は円網の前後にバリアーを張っていた。ジョロウグモの他にナガコガネグモもバリアーを張る場合があるからこの二種のどちらかだと思う。しかし、あと半年でオトナになれるんだろうかなあ……。
帰ろうとしたところで体長30ミリほどの甲虫が体長10ミリほどの甲虫を襲っているのを見かけた。これだけの体格差があればゴミグモでも秒殺だと思うのだが、まあ、時間がかかることかかること。脚で抱え込むだけでは獲物の抵抗を封じることができないのである。捕帯も毒牙も持っていない昆虫の狩りというのは苦労が多いのらしい。逆に言えば、造網性のクモたちはこの二つを手に入れたからこそ、これだけ繁栄しているということになるだろう。この甲虫は見ているうちに獲物の鞘翅を1枚噛み切ったのだが、作者はそこまでで観察を中止した。クモならともかく、甲虫だし、いい加減で寝なくちゃならんし。
午後1時。
光源氏ポイントで体長12ミリほどのナガコガネグモの幼体を見つけた。バリアーがないし、円網に楕円形の隠れ帯を付けているから間違いあるまい。ということは、その近くにいる体長3ミリほどのバリアー付きの円網を張っている子2匹は自動的にジョロウグモの幼体だということになりそうだ。
なお、この近くの用水路脇には体長12ミリほどのシロカネグモの仲間もいる。水場が近いと獲物も多くなるんだろう。そういう意味では道路とスーパーの駐車場に挟まれた植え込みというのはクモたちにとって良い環境ではあるまい。スーパー周辺にいるほとんどのクモが大きくなることよりも卵を産める体になることを優先するようになってしまうらしいのはそういうわけなんだろうな。
午後9時。
デンちゃんが交接していた。昨夜の様子から今夜あたりじゃないかと思って様子を見に行ったら、デンちゃんと雄が8本ずつの脚を絡めて交接している最中だったのだ。円網を張っていなかったのでどうするのかと心配していたのだが、二匹ともお尻から引き出したしおり糸でぶら下がった状態で抱き合うのである。なるほど、そういうやり方なら円網はいらないわけだ。ただし、デンちゃんはおそらく異常に大量の獲物を食べてきたはずなので、これがオニグモの標準的な交接であるとは言えないかもしれない。もっと観察例を増やす必要があるな。やれやれ……。〔獲物を与えなければいいじゃないか〕
いやいや、獲物が少ないからと引っ越しをされたりすると観察を続けられなくなってしまうのだ。
6月17日、午前5時。
スーパーの西側にいるオオヒメグモのお団子ちゃんの卵囊が3個になっていた。子だくさんなお母さんである。
※十王ダムのトイレにいたオオヒメグモたちはお団子ちゃんより一回りくらい大型で卵囊もその分大きかった。体が小さくて大きな卵囊を造れないのなら数を増やしましょうということなのかもしれない。
6月18日、午前1時。
デンちゃんが円網を張っていた。交接を終えたので絶食も終わりということらしい。ただ、その場所は電柱の反対側のかつてヒーちゃんが円網を張っていたところである。もしかすると、作者がライトで照らすのを嫌ったのかもしれない。そうは言っても、この時間にライトなしでは何も見えないのだが。
デンちゃんには交接のお祝いに昼間のうちに捕まえておいたアリをあげた。これはすでに力尽きているのだが、そこはそれ、いかにも生きているようにツンツンすればちゃんとぐるぐる巻きにしてもらえるのである。しっかり食べて、より多くの卵を産んで欲しいものだ。
デンちゃんに場所を譲る形になったヒーちゃんはデンちゃんの円網の外をウロウロしている。別の雌を求めて旅に出るつもりなんだろうか? この周辺にはもうオトナの雌は見当たらないのだけどなあ。
午後11時。曇り。
朝のうちに捕まえておいたガをデンちゃんにあげた。妊婦さんはひいきしてしまうのである。
ゴミグモのエルちゃんにはアリを、お姉ちゃんにはワラジムシをあげた。しかし、この2匹は早朝に円網を張り替えるので、この時間には相当に劣化してしまっていて獲物が突き抜けてしまいやすい。朝のうちにあげればいいのだが、そうすると睡眠時間が圧迫されてしまうのだ。昼間寝ることにして朝まで起きていればいいんだろうかなあ。
6月19日、午前11時。
東北地方が梅雨入りしたそうだ。
デンちゃんは円網を張り替えたらしい。その直径はいままで約40センチだったのが約60センチになっている。デンちゃんにしては珍しく夜明け前に張り替えたということになるわけだが、じゃまなお婿さんがいなくなったので遠慮なく円網を大きくした、というのは考えすぎだろうか? 食欲があるのはいいことなんだが……。
6月20日、午前11時。
ゴミグモのお姉ちゃんが姿を消していた。枠糸1本とわずかなゴミが付いた縦糸数本しか残っていない。昨日から今朝にかけての雨で糸が切れてしまったのだろう。よく見るとツツジの葉の上に卵囊が1個落ちている。
エルちゃんも円網ごといなくなっていた。落ちていた卵囊は2個だ。
もしかしたらこの2匹は持てるだけの卵囊を持って避難したのかもしれない。アウトドア派のクモなら縦糸も横糸も切れてしまうような雨に降られることもあるだろう。それならその対策を知っていても不思議はない。2匹とも無事だといいのだが……。
今日は雨上がりのせいか、メタリックブルーののろまなハエ(?)が多かった。こいつらは素手でも簡単に捕まえられるのでオニグモのデンちゃん用に1匹捕まえた……と思ったら、体長5ミリほどのくすんだ緑色のクモがおまけで付いてきた。徘徊性のクモであるカニグモ科のハナグモの獲物だったらしい。ごめんね。
スーパーからの帰り道では体長4ミリほどのオニグモを見つけた。きれいな円網を張っていたから雨がやんでから張り替えたのだろう。そして昼間から張り替えるということは、それだけ空腹だということである。ちょうど昨日あげ損なって力尽きてしまったアリのストックがあったのであげてみた。ただし、これは本来デンちゃん用なので体長は約10ミリである。通常はオニグモでもこれほどの体格差がある場合はいったん距離を取る。ところがこの子はすぐに飛びついてきた。その後は少しもたついたものの、ちゃんと捕帯を巻きつけていた。
この子がなぜ逃げなかったかというと、すでに力尽きていてまったく抵抗しない獲物だったからだろうと思う。同じような行動はゴミグモでも見られるのだが、仕留めるか、逃げるか、それとも様子を見るかの判断基準は獲物の大きさではなく、どれだけ抵抗するかにあるのだろう。大きすぎるように見える獲物であっても「暴れなければどうということはない!」のである。ただし、この場合は空腹のあまり正しい判断ができなかったという解釈も可能ではある。もっと多くのデータを集める必要があるなあ。
午後9時。
オニグモのデンちゃんは横糸を張っている途中だったのだが、あまり待つ気にもなれなかったのでガをあげてしまう。〔迷惑だな〕
あり得ない状況ではあるまい。
ゴミグモのエルちゃんがいた場所の近くのガードパイプには不規則網のようなものがあって、体長1ミリもないような子グモが十数匹取り付いていた。その不規則網から伸びている糸の1本はエルちゃんの円網から落下したらしい卵囊に繋がっている。ということは、この子グモたちはエルちゃんの子どもたちで、バルーニングの準備中ということらしい。命は受け継がれたのだなあ。
6月21日、午前5時。
エルちゃんの子どもたちはいなくなっていた。元気に育って欲しいものだ。
体長15ミリほどの車に轢かれたらしい甲虫を拾ったので、デンちゃんの円網にくっつけておく。食べてもらえればデンちゃんの栄養になるだろうし、ゴミだと判断されてもツツジの肥やしになる。無駄にはならない。
オニグモの5ミリちゃんは円網で待機していたので、15ミリほどのワラジムシをあげてみた。これが昆虫なら5ミリちゃんは逃げるだろうと思うが、脚が短くてあまり暴れられない獲物ならば、この大きさでも仕留められるだろうと予想したわけである。
結果はというと、5ミリちゃんは円網の反対側まで逃げた。そっと取り付けたつもりだったのだが、円網に触れてしまったらしい。円網の振動で獲物の大きさを判断しているのであろう5ミリちゃんにとっては体長800ミリ(身長なら1600ミリ)を超える獲物(人間なら体長250メートルを超える大怪獣に相当すると思う)が円網にかかったことになるわけだから当然の反応だ。〔人間は円網を張らない〕
その後、しばらく様子を見ていた5ミリちゃんだったが、危険度は低いと判断したのだろう。いったんホームポジションに戻ると、大きく1回つま弾き行動をしてから獲物に歩み寄ってチョンチョンとタッチした後、円網に穴を開けながら捕帯を巻きつけるのだった。機会があったら実験してみるつもりだが、獲物が活きのいいアリだったら体長10ミリクラスでも円網から外れて落下するまで手を出さなかっただろうと思う。
午前11時。
5ミリちゃんの円網にはワラジムシが置いてあった。さすがに食べきれなかったらしい。
午後3時。
サイクリング中にオニヤンマを見た。季節は確実に夏に向かっているのだなあ。
コガネムシを拾ったのでデンちゃん用に持ち帰ることにする。潰れた甲虫は外しておくことにしよう。
午後9時。
デンちゃんがボロボロの円網のホームポジションで肉団子をもぐもぐしていたのでコガネムシをあげた……のだが、仕留めるのにやたら手間取っていた。捕帯でぐるぐる巻きにするまではいいとして、牙が鞘翅を貫けないらしい(実は昨シーズンのオニグモの姉御には鞘翅をはずしてからあげていたのだ)。そこでコガネムシを何回か回転させてからまた牙を打ち込もうとするのだが、それがまた鞘翅側なのである。何回もやり直してやっと腹側に打ち込んだのだが、すっかりやる気をなくしてしまったらしくて、コガネムシをそのままにしてホームポジションに戻ると肉団子を食べるのだった。
オニグモの5ミリちゃんにも体長10ミリほどのガをあげてみたのだが、この子は羽ばたく獲物に苦労しながらもちゃんと牙を打ち込んでいた(翅を抱え込めるほど脚が長くなっていないのだ)。というわけで、オニグモが狙っているのはやはりガなのだろうと思う。甲虫も経験を積めばもっとうまく仕留められるようになるのだろうが、ガを捕食する場合のように本能にプログラムされているわけではないような気がする。
6月22日、午前1時。
オオヒメグモのお団子ちゃんの卵囊の一つから子グモたちが出てきてまどいを形成していた。こんな時間に寝付けないというのも悪いことばかりではないのだな。
午前10時。
お団子ちゃんの卵囊がひとつ増えていた。理論上、お団子ちゃんの不規則網は背後の壁側はともかく、上下左右と正面から飛来する獲物を捕らえることができるので円網よりも効率がいいのかもしれない。
オニグモのデンちゃんがいた場所には数本の枠糸しか残っていなかった。昨夜は遅くまで獲物を食べていたはずだから円網を回収したところで夜明けを迎えてしまったんだろう。ということは、次に円網を張るのは夜中過ぎか、あるいは明日の夜まで延期ということもあるかもしれない。逆に気温が上がった分消化能力も向上するとしたら、いつもの時間に張るだろう。マイナスのファクターとプラスのファクターがあるわけだ。さてさて、どうなることやら……。
午後10時。
デンちゃんは横糸を張り始めたところだった。しかし、その円網の位置が高い。ホームポジションの位置で約1.8メートルである。作者の身長では円網の下の端あたりまでしか手が届かない。これ以上高くされると獲物をあげるのを諦めざるを得ないかもしれない。とはいっても、もう交接もしたのだから、後はいつ、どんな大きさの卵囊を造るかの問題でしかない。手が届かないのなら諦めてもいいだろう。とりあえず今日はそこらで捕まえた体長10ミリほどの甲虫と20ミリほどのカミキリムシをあげておく。カミキリムシの方は強力な大顎を持っているので、その鎌形の牙はへし折ってから円網にくっつけた。〔過保護だな〕
ここまで育てたオニグモだ。愛着がないわけがない。
それにしても、デンちゃんが円網を張り替える時間が夜中側へずれていくのが気になる。このままのペースだと、あと1週間ほどで夜明け前に張り替えということになりそうだ。そこまで行けば逆に楽になるのだけれど……。
ゴミグモのお姉ちゃんの卵囊の表面には子グモが数匹いた。辛うじて間に合ったというところか。
6月23日、午前11時。
体長10ミリほどのハエを捕まえたのでオオヒメグモのお団子ちゃんにあげようとしたのだが、不規則網の上から落としても網を突き抜けてしまう。2回やり直してやっとお団子ちゃんの近くにひっかけることができた。
で、お団子ちゃんの狩りだが、この子は獲物のすぐ側を通り過ぎてしまった。不規則網は3次元の構造物なので獲物の位置を正確に把握するのが2次元の円網よりも難しいのだろう。
間違えたことに気が付いて戻ってきたお団子ちゃんは、獲物にお尻を向けたまま第四脚でネコパンチを繰り出した(作者の眼では見えなかったが、これで糸を巻きつけていたらしい)。それから獲物に向き直って、第一脚でネコパンチを数回。これを2セット繰り返して、それから獲物の腹部に牙を打ち込んだようだった(しつこいようだが、作者は視力が弱いので断言はしかねる)。獲物がどれくらい抵抗するかを見極めようというのなら最初から第一脚を使えばいいだろうと思うのだが……。もしかして、もっと遠い位置に獲物がかかったならば違うやり方をしたんだろうか?
そこで一休みしたお団子ちゃんはまた糸を巻きつけ始めたのだが、この時、獲物をまたぐように大きく第四脚を広げてペダル回しをするのでお尻が左右に揺れてしまうのだった。ジョロウグモの幼体の威嚇が「腰を振る」ならお団子ちゃんの捕帯巻つけは「お尻ふりふり」というところである。いやいや、こんなかわいいやり方をするとは思わなかったよ。
そうしてお団子ちゃんはかなり時間をかけて糸を巻きつけていたのだが、それでもかすかに獲物が白っぽくなる程度でしかなかった。ジョロウグモの捕帯のようなごく薄い(細い?)糸であるのらしい。
※オオヒメグモは脚が付いている頭胸部がお尻の大きさに比べて極端に小さい体型なので、第四脚とお尻が干渉しないようにするとがに股になってしまうのらしい。お尻が小さい時期とか、獲物が小さい場合はお尻の振り幅が小さくなるようだ。
午後1時。
光源氏ポイントにいるゴミグモの1匹が卵囊を5個に増やしていた。ここのゴミグモたちはお姉ちゃんやエルちゃんよりやや大きめだからスーパーの駐車場の植え込みより獲物が豊富なんだろう。水田と林の間だし。
午後2時。
久しぶりに雨に降られてしまった。予報では曇りだったのだが、東方海上にごく小さな雨雲が発生して、それが接近してきたらしい。10キロほど走ると路面も乾いていた。
6月24日、午前3時。
しばらく姿を見せなかった近所のオニグモの5ミリちゃんが体長6ミリほどになって帰ってきた。この子はちょうど横糸を張り始めたところだったのだが、背面側から見て反時計回りに横糸を張っていた。こういうのはナガコガネグモでも観察したことがあるから、クモにも右利きと左利きがいるのかもしれない。そして、この時間に張り替えるということは24時間営業をするつもりなのかもしれない。
デンちゃんの円網はいまだに高い位置に張られている。もしかしたら将来高い位置に円網を張ることまで見越して電柱の近くに居着いたのかもしれない。とりあえず、そこらを歩いていたハサミムシをあげておく。もちろん腹部後端の鎌形の鋏(かなり硬い)は折ってからだ。「過保護上等。ご意見無用」である。
オオヒメグモのお団子ちゃんの子どもたちは姿を消していた。直角に曲がった壁の内側からうまくバルーニングできたんだろうかなあ……。
午前11時。
近所のオニグモの6ミリちゃんはねぐらに帰ったらしい。やっぱり夜行性なのか? ただ、夜行性になるというのなら日没後に円網を張り替えないと粘球が劣化して獲物を捕らえる効率が低下すると思うのだが……。まあ、生物がちょっとしたミスをしたり、気まぐれを起こしたりというのはよくあることだ。生き残れる範囲なら問題はあるまい。
午後2時。
今日は少々意地悪な実験をしてみた。光源氏ポイントにいるゴミグモたちの1匹の円網に体長20ミリほどの少し弱らせたハエの仲間をくっつけたのである。弱らせるのは、これだけ体格差があるとそのままでは手を出してくれないだろうと思ったからだ。
この子は予想通り、強いつま弾き行動を何度も繰り返した後、1歩ずつ獲物に近寄って、つかみかかると同時に牙を打ち込んだようだった。ハエは激しい羽ばたきを始めたのだが、ゴミグモは獲物が動きを止めるまで放さなかった。おそらくこれが「この獲物は大きすぎて危険だ」とゴミグモが判断した時の典型的な狩りだろうと思う。強いつま弾き行動で獲物が逃げていくならそれも良し。円網から外れるほど暴れないようなら仕留めてやろう、というわけだ。ゴミグモは安全を最優先とする慎重なタイプのクモなのである。
光源氏ポイントには体長3ミリから6ミリくらいのジョロウグモの幼体も3匹いた。この大きさでも背面側にバリアーを張り、しかもそれにゴミまで付けているのがほほえましい。基本に忠実な子たちである。
その近くには、こんな時間だというのに横糸を張っている最中のシロカネグモもいたのだが、この子は時計方向に張っていくタイプだった。
午後7時。
オニグモのデンちゃんに体長50ミリほどのバッタをあげてみたのだが、デンちゃんは「やだっ。こんな大っきいの無理!」とばかりに枠糸の端まで逃げてしまった。〔やめろというのに!〕
ナガコガネグモやコガネグモなら平気で飛びついてくるような獲物なのだが、オニグモはより慎重なタイプなのかもしれない。
6月25日、午前6時。
オオヒメグモのお団子ちゃんが体長7ミリほどの甲虫の腹部後端辺りに口を付けていた。次の卵囊から出てきたらしい子グモたちもまどいを形成している。
午前11時。
デンちゃんがねぐらにしていた電源ボックスの蓋からクモの脚が2本垂れ下がっていた。ヒーちゃんが帰ってきたのかと思ってツンツンしてみると、軽い。脱皮殻である。おそらくデンちゃんはここで脱皮したのだろう。もしかしたら、この脱皮殻がじゃまになって引っ越しせざるを得なくなったということなのかもしれない。
節足動物が脱皮した場合、その外骨格が硬くなるまでは脚の筋肉の付着点まで柔らかいのだからまともに歩くこともできないだろうし、牙まで柔らかくなっている可能性もある。つまり、外骨格が硬化するまでは防御力も攻撃力も大幅に低下しているのだ。だからこそ安全な場所で脱皮するのだろう。
しかし、ジョロウグモの場合は円網で脱皮したらしい個体を見たことがある。一般的に円網で脱皮するということなら、バリアーには住居と同じくらいの防御力があるということになるかもしれない。まあ、作者が観察したのがたまたま露出癖のあるジョロウグモだったという可能性もないとは言えない。一回しか見ていないのだし。
6月26日、午後2時。
デンちゃんが留守にしている円網の下で体長15ミリほどのコガネグモを見つけた。円網にX字形の隠れ帯は付けられていないが、黄色と黒の横縞のお尻はまちがいなくコガネグモである。ただし、この季節のクモとしてはかなりの大きさだ。気になったのでウィキペディアを開いてみたのだが、「年一化であり、成体は秋までに死亡する」と書かれていた。ということは、2ヶ月から3ヶ月で5倍以上の体長になったということになる。「ほんとかよ?」と言いたいところ……いやいや、「成体は秋まで」なのだから子グモは秋になってもせっせと捕食してできるだけ成長してから越冬すればいいのかもしれない。ウィキペディアは匿名の無責任なサイトだからしょうがないのかもしれないが、もうちょっとわかりやすい表現をして欲しいものだ。
なお、『すごい自然のショールーム』というサイトにはコガネグモの隠れ帯について「昆虫の目は、私たちの目と違って紫外線をはっきりと見ることができるので、コガネグモの巣にある白い帯が花の模様のように見えるのです。そして、昆虫達はコガネグモの巣を「花」と勘違いして「巣」に近寄ってくるのです」「コガネグモの網だけの場合に比べて、この白い帯があると昆虫捕獲率が1.5倍、白い帯とコガネグモがあれば1.7倍にもあがりました。この結果からコガネグモの体も紫外線を反射することで、昆虫を呼び寄せていることがわかりました」と書かれていた。うーん……コガネグモの体長もハエの体長も書かれていないなあ。それにこの実験の場合、花に誘引されるのは「昆虫」ではなくて「ハエ」だろうし。
※作者の行動範囲にいるコガネグモは多くないのでナガコガネグモのI字形の隠れ帯について述べさせてもらうと、隠れ帯を付けていない個体に大型の獲物をあげると、その翌朝に張り替えられた円網に隠れ帯が付けられていたということを何回か観察している。そういう個体に獲物を与え続けても隠れ帯を外す個体はいなかったし、獲物に対する積極性が低下していくような感じもした(ジョロウグモのように獲物を捨てることまではしないが)。そういうわけで、作者はナガコガネグモの隠れ帯を「空腹ではない」というサインであると考えている。
昆虫の立場からも考えてみようか。昆虫が隠れ帯の存在に気が付いた場合、次の行動は二種類に分かれると思う。「花の蜜」を求めている昆虫や長時間の飛行が苦手で「とまる場所」を求めている昆虫は隠れ帯に近寄って来ることもあるだろう(作者がコガネグモにハチをあげた時には見事に逃げられていたが)。しかし、トンボのような肉食性昆虫にとっては「障害物」でしかないだろうと思う。だとすると、隠れ帯には獲物を選別する効果があるのかもしれない。
作者はいままでクモに獲物を食べさせることばかり考えていたのだが、円網に隠れ帯を付けているナガコガネグモをあえて飢えさせて、隠れ帯を外すかどうかを観察する必要がありそうだ。かなり難しい実験になりそうなのだけれど。
午後9時。
体長10ミリほどのチャバネゴキブリを捕まえたのでオニグモの6ミリちゃんにあげてみた。
素早く獲物に飛びついた6ミリちゃんは翅を抱え込むと同時に牙を打ち込んだようだった。そして獲物がおとなしくなってから捕帯を巻きつけ、ホームポジションに持ち帰って食べ始めた。
何だこれは? これはガを仕留める時の手順ではないか。作者が予想していたのは強い脚で暴れるバッタのような獲物を仕留める時の、まず捕帯を巻きつけるというやり方だったのに……。チャバネゴキブリはバッタのように暴れなかったからそのせいかもしれないのだが、それでは6ミリちゃんは何を根拠に、このたいして羽ばたきもしない獲物に対してガ用の仕留め方をしようと判断したのだろう? 6ミリちゃんがつかみかかった時に暴れなかったから? それとも大きさの割に軽かったせいだろうか? ああっと、あって欲しくない可能性として、単なる気まぐれというのもあるな。こういうクモの判断基準について研究した、あるいは、している専門家はいないんだろうか。こんな毒にも薬にもお金にもならない基礎研究には予算が付かないんだろうかなあ。
6月27日、午前11時。
オオヒメグモのお団子ちゃんの卵囊が5個に増えていた。産み放題である。アリもダンゴムシも通り抜けてしまうような不規則網でよくもこれだけの卵を産むのに必要な獲物を捕らえられるものだ。
よく見ると、この子のお尻は直径5ミリほどなのに対して頭胸部は2ミリもない。できるだけ多くの卵を産むことを最優先としているような体型である。このように次々に産卵していけば小さな体でも多くの卵を産めるし、時間差を付けて孵化していく分、生き残る子も増えるのだろう。合理的なやり方である。
ではなぜ、ナガコガネグモやジョロウグモなどの大型のクモの産卵回数は少ないのだろう? オオヒメグモのレベルまでは進化していないということなんだろうか? それとも、大型のクモには産卵する回数を減らした方が有利になる要素があるんだろうか? わからんな。
※実はこれは初歩的なことだった。球の体積は半径の3乗に比例するのに対して、表面積は2乗に比例するのである。つまり球形の卵囊であれば、卵囊が大きくなると収容できる卵の数が大幅に増えるのに対して、その卵塊を覆うために必要な糸の量はそれほど増えないということになるのだ。つまりクモにとっては大きな卵囊の方が経済的なのだ。もちろんお尻の大きさによる制限はあるから、その範囲内でということになるのだろうが。
午後7時。
小雨が降り出した。
肉団子をもぐもぐしているコガネグモの15ミリちゃんの円網には隠れ帯が付けられていた。ただし、「X」の字の左下の棒の下半分だけだ。これはもしかして、戦闘機に描き込む撃墜マークのように獲物を食べる度に少しずつ描き込んでいくという性質のものなんだろうか?
オオヒメグモのお団子ちゃんには体長4ミリほどのアリをあげてみた。結果は、やはり第四脚をめいっぱいがに股にしてお尻ふりふりである。オオヒメグモの場合、頭胸部が小さくお尻が大きい体型なので、がに股にして、さらにお尻を振らないと獲物に第四脚が届かないのだろう。では、このがに股にした第四脚よりも長い獲物がかかったらどうするんだろう? 機会があったらチャバネゴキブリで実験してみたいと思う。
6月28日、午前6時。
コガネグモの15ミリちゃんの隠れ帯は「X」の字の下半分の左右の棒が揃っていた。このペースだとあと6日くらいで「X」が完成するかもしれない。
体長15ミリほどのガを捕まえたので、その円網にくっつけてあげたのだが、15ミリちゃんは円網を揺らすだけで飛びついて来ない。どうにも食欲がない様子だ。お尻がほとんど球形になっているから食べさせすぎたということらしい。作者はきれいな円網を張られると食欲があるのだろうと思ってしまうのである。まだまだそれぞれのクモのサインを読み切れていないということだ。そして、コガネグモの場合は隠れ帯と食欲は無関係ということになるのかもしれない。
オニグモのデンちゃんの円網の左端にはどう見てもアシナガグモという感じの明るいめの褐色で細い体型の体長12ミリほどのクモがいた。30分で10センチほどのペースで右に向かっているようだから、移動の途中で立ち寄ったのだろう。このままデンちゃんの円網を横断するつもりなんじゃないかと思う。デンちゃんに追い出されなければ、だが。
午後10時。
チャバネゴキブリを捕まえたので、オオヒメグモのお団子ちゃんのところまで持って行った。まどいを形成していた子グモたちの姿は見えない。
今回もチャバネゴキブリが不規則網をすり抜けてしまうので何回かやり直してやっと引っかけることができた。お団子ちゃんは体長で2.5倍はある獲物に歩み寄ると、慎重に何回もチョンチョンして「イケる」と判断したらしい。獲物の頭部側に捕帯を巻きつけ始めた。それからいったんホームポジションに戻って一休み。すぐに獲物の所に戻ると、今度は腹部側から捕帯を巻きつけたのだった。なるほど、2回に分ければ短い第四脚では届かないような大型の獲物でもぐるぐる巻きにしてしまえるのだな。そして、お団子ちゃんは自分が第四脚を広げた時のリーチを把握しているということになるかもしれない。その後、もう一度ホームポジションに戻ったお団子ちゃんは、また獲物に歩み寄って、今度こそ牙を打ち込んだようだった。
※後でウィキペディアの「オオヒメグモ」のページを開いてみたところ、「昆虫などの獲物を捕らえる為の粘液は、上の方にはなく、下の端、糸が基盤に付着している部分のすぐ上だけにあって、糸の端から上の5ミリメートル程度の範囲に、数珠のように粘液球がついている。また、下に伸びて固定されている糸の内で、外側に張られたものには粘液球が無く、これは網を固定する為のものらしい。このクモの網にかかるのは従って基盤の上を歩く虫である」「虫がこの粘球に触れるとくっついてしまい、しかも糸は粘球のある部分の下で切れやすくなっている。そのため虫は糸を体に粘り着かせて、そのまま上に引っ張られることになる」と書かれていた。なんとも巧妙な仕掛けの罠である。粘球を節約することでコストを下げることに成功したということなのかもしれない。そして、作者が不規則網の上から獲物を落としてもすり抜けてしまったのは当たり前だったのだな。しかもお団子ちゃんにとっては迷惑行為以外の何ものでもなかったということだ。ごめんね。
なお、遺伝子解析によるとヒメグモのように不規則網を張るクモは円網を張るクモから進化したらしい。そう言われてみると不規則網は円網よりも高性能のような気もする。ただし、比較的大型の飛行性昆虫に対しては円網の方が有効だろう。『日本のクモ』に掲載されているヒメグモ科には体長5ミリ以下の子たちが多く、最大でも11ミリというのは、小型の獲物を狙う方向へ進化したということなのではないかと思う。
6月29日、午前10時。
オニグモのデンちゃんがまた円網の位置を高くした。今は1階の天井よりも高い所にいる。もう獲物をあげるのは無理かなあ。
コガネグモの15ミリちゃんにはチャバネゴキブリをあげた。なお、念のために言っておくと、このチャバネゴキブリはスーパーの駐車場周辺で捕まえたものである。作者の自宅にゴキブリが現れたのは過去三年間でクロゴキブリの若虫が1匹だけなのだ。
6月30日、午前5時。
今朝は円網をバリアー風にしているジョロウグモの幼体を9匹見つけた。体長は3ミリから5ミリの範囲。食欲がないのなら後で食べるなり、円網の糸を切って獲物を捨ててしまう手もあるのだから、これは「無益な殺生はしません」ということなのかもしれない。あるいは、新鮮な獲物以外は食べたくないというグルメなクモだという可能性もあるかな? それでも実質半年で10倍近い体長にまで成長してしまうのだから驚きだ。ジョロウグモはまだ何か奥の手を隠しているんじゃないかと思う。
ライムグリーンの丸いお尻に明るい褐色の脚というサツマノミダマシ(体長約5ミリ)には体長7ミリほどのアリをあげてみた。この子は何回かチョンチョンして「この獲物は大きい」と判断したらしくて、アリの上で円網の糸を切って、それをアリに絡みつかせてから近寄って捕帯を巻きつけていた。これはオニグモの幼体と同じやり方だ。オニグモはコガネグモ科オニグモ属、サツマノミダマシは同じくコオニグモ属である。同じ垂直円網だから収斂進化が起こったのか、作者がまだ見ていないというだけで、同じコガネグモ科のナガコガネグモやコガネグモでも同じやり方をするのかはわからない。同じくらいの体長のナガコガネグモの幼体で実験しようと思ってもナガコガネグモの幼体は大きな獲物がかかると逃げてしまう子が多いのだ。
午後1時。
体長5ミリほどのナガコガネグモの幼体に6ミリほどのアリをあげることに成功した。しかし、この子はごく普通にバーベキューロールで捕帯を巻きつけたのだった。考えてみれば、ナガコガネグモやコガネグモはサツマノミダマシなどよりも強力な捕帯を持っているのだから、円網に大穴を開けなくても獲物の動きを封じることができるのだな。というわけで、ナガコガネグモではこれ以上の追試はしないことにする。スーパーの駐車場の周辺にいるナガコガネグモの幼体は背面側にバリアーを張っている子が多いのでアリのような大型の獲物ははね返されてしまうことも多いし。……もしかして、そのためのバリアーなんだろうか? バリアーを張るということは、それを通り抜けられる小型の獲物を狙っているということだろうから、ある程度成長して大物も仕留められるようになるまでは小型の獲物だけを捕食したいということなのかもしれない。そして、たまに体長15ミリを超えてもバリアーを外すのを忘れている子がいるとか? あるいは、十分な量の獲物がかかるのなら、あえて危険を冒して大物を狙う必要はないという判断なのかもしれない。ただ、それではバッタのような大物が毎日のようにかかってもバリアーを張ろうとしない子が多いのは何故なんだということになるわけだが……もしかして隠れ帯がバリアーの代わりになっているのか?
今日は去年のナガコガネグモのおかみさんが残した卵囊を回収した。壺形の卵囊には口にあたる部分の近くにへこみがあるだけで蓋は開いていない。やはり交接できないまま無精卵を産んだのだろうと思う。こういう所は産卵しないまま力尽きたらしいジョロウグモの姐さんとは大違いだ。
※ナガコガネグモの子グモたちは卵囊に穴を開けて外に出てくるのらしい。また、クモの交接はごく短時間で終わる場合もあるようなので、作者が見ていないところで交接していた可能性もある。
回収した卵囊は卵囊保管計画に従ってカビよけ剤と一緒にプラスチック容器に入れておくことにする。
しかし、卵囊を短パンのポケットに入れて持ち帰ったら潰れてしまったのは想定外だった。これではみっともないので、縫い針を使ってできるだけの補修をした。この卵囊は糸で造られているだけに指でつまんだだけでへこんでしまうくらいの強度しかないのだ。
なお、ナガコガネグモがこの壺形の卵囊を造る時には、まず蓋の部分を造ってそこに産卵し、それを糸のクッションで包んで、さらに壺の部分で覆うのだそうだ。つまりこれはコガネグモの肉入りワンタン形の卵囊とトポロジー的には同じものなのである。
スーパーの西側の外階段で、姿形はテントウムシの幼虫のような紡錘形ながら体長が約30ミリというかなり大型の黒い虫を見つけた。脚は三対6本のようだし、翅はないから多分甲虫の幼虫だとは思うが、種名まではわからない。
※これはオオヒラタシデムシの幼虫だったらしい。
午後4時。
このところサボっていたのだが、久しぶりにロードバイクに乗った。そうしたらネムノキの花の旬が過ぎていたのだった。乗り続けていないと季節に置いて行かれてしまうのだなあ。
いつものコースを走っていくと、センターライン上に甲羅の長さで25センチクラスのカメ! 放っておくわけにもいかないのでロードを降りて道路脇の草地に放しておく。竜宮城へ連れて行ってもらえるかな。〔浦島太郎が助けたのはウミガメだぞ〕
光源氏ポイントには体長10ミリほどまで成長して、円網にI字形の隠れ帯を付けているナガコガネグモの幼体もいた。作者に見える範囲ではこの子が一番大型の個体のようだ。そこらにいた体長10ミリほどのハエをあげると、この子はためらう様子もなく捕帯でぐるぐる巻きにしていた。これなら20ミリクラスのバッタでも仕留められるかもしれない。
7月1日、午後1時。
オオヒメグモのお団子ちゃんの別の卵囊から出てきた子グモたちがまどいを形成していた。前回のまどいから1週間くらいしか経っていない。とんでもない繁殖力である。ウィキペディアに「人家で極めて普通に見られるクモである」と書かれているのも頷ける。
そんなお団子ちゃんと対極にいるらしいのがコガネグモの15ミリちゃんである。実は今日は雨だというので昨夜のうちに体長5ミリほどのアリを1匹と、同じくらいの甲虫を2匹あげておいたのだが、15ミリちゃんの円網にはこの時間になってもぐるぐる巻きにされた獲物が1個取り付けられたままになっている。去年のコガネ関もそうだったが、獲物に捕帯を巻きつけてもすぐに食べようとはしないのだ。食が細いというか、「宵越しの獲物なんか食えるかよ!」という江戸っ子タイプのオニグモなどとは大違いである。これほどのんびりした生き方をしていたのでは成長が遅くなるのも当たり前だろう。コガネグモの個体数が少ないのはこの辺りに原因があるのではないかと思う。それなのに6月に体長12ミリの個体がいるというのはおかしいのではないか? そう思ってまたウィキペディアを開いてみると、「幼体は秋に孵化し、糸を使って飛んで行くバルーニングを行う」という記述もあった。おお、謎はすべて解けたぞ。15ミリちゃんは去年の秋に卵囊を出てから休眠に入るまでの間に10ミリ近くまで成長していたのだろう。これなら7月に15ミリになっていてもウィキペディアの記述と矛盾しないと思う。
なお、コガネグモとナガコガネグモは捕帯の量も円網を張る場所や高さもかなり重なっている。したがって、この二種は競合関係にあるはずだ。実際、コガネグモはナガコガネグモよりも個体数が少ない。1千年後か1万年後かにコガネグモが絶滅していたらダーウィンの進化論が正しいという証拠の一つになるかもしれない。ただし、作者は「生き残る確率や残せる子孫の数という面でハンディキャップを抱えていても、それが即絶滅に繋がるものではあるまい」という立場を取る。作者自身、大発作が起これば命に関わるような持病を抱えていながらも生き延びているのだし(この場合は医学の進歩という環境の変化の影響も大きいが)。ダーウィンの進化論には、生物自身の「生きたい」という意思と生き残るための努力という要素を軽視しすぎているような気がする。
午後6時。
コガネグモの15ミリちゃんは横糸を2周半しか張っていなかった。ぐるぐる巻きにした獲物1個もそのままで、隠れ帯は左下の1本だけになっている。脱皮でもするんだろうか? それとも食べ過ぎたので腹ごなしというだけのことなのか?
午後11時。
コガネグモの15ミリちゃんは残してあった獲物を食べていた。腹ごなしだったようだ。
オニグモのデンちゃんには体長7ミリほどのアリと5ミリほどの甲虫2匹をあげた。できればガをあげたいのだが、最近は見当たらないのだ。
そして今日気が付いたのだが、デンちゃんの円網の中央にはデンちゃんが通り抜けられるくらいの穴が開けられている。もう体長30ミリ近くまで成長してしまったので、縦糸の隙間を抜けて円網の反対側へ出るというわけにはいかなくなったのかもしれない。
7月2日、午前6時。
問題が発生した。コガネグモの15ミリちゃんが円網にX字形の隠れ帯を付けていて、それだけなら当たり前の行動なのだが、その円網の横糸は昨日の2周半の他にホームポジション近くの7時から8時の方向、つまり閉じた扇のような形に10本くらいしかなかったのだ。隠れ帯に獲物を誘引する効果があるのだとしても、横糸がなかったら捕らえることはできないだろう。実際、作者が投げたアリも15ミリちゃんが振り向いた時には円網から外れて落ちていた。これは……獲物を食べ過ぎて体重が増えたのでダイエット、だろうかなあ……。横糸をきっちり張って、その上で隠れ帯も付けるようなら大物よけのおまじないだろうと思うのだが。
※これはおそらく脱皮の準備だ。脱皮の直前に絶食をするクモは多いのである。
7月3日、午前11時。
クサグモが指に乗ってくれた。体長12ミリほどのクサグモが垂直方向に張り渡した数本の糸を伝って登ったり降りたりしていたので、その糸に人差し指を置いてみたら、隣の糸から指に乗り換えてくれたのである。この子はしばらくの間作者の指をチェックした後、納得した様子で糸に戻っていった。いつか世界中のクモに乗ってもらえる日が来るといいなあ。〔長生きしろや〕
冗談はともかく、こういう興味を持った対象を調べるという行動は知性の証拠になり得るのではないかと思うのだが、どうだろう?
オオヒメグモのお団子ちゃんは6個目の卵囊を造っていた。もうほとんど完成しているようだったが、涙滴型の卵囊に取り付いたお団子ちゃんはさかんに触肢で探りながら時々第四脚を動かしていた。最後の仕上げをしているようだ。
そこで疑問を感じるのだが、オオヒメグモはこれだけの卵を受精させるための精子をどうやって手に入れているんだろう? 卵を産む度に雄がやって来て交接する、というのは現実的ではないだろうから精子を貯蔵しておく器官を備えているのかもしれない。そういう器官を備えている生物は他にもいたと思うのだが、クモを解剖した研究者はいないんだろうかなあ。
※いたらしい。宮下直編『クモの生物学』によると、クモの雌は受け取った精子を溜めておく「貯精囊」という器官を持っているのだそうだ。
そして、ジョロウグモやナガコガネグモが1度しか産卵しないのはなぜなんだろう? 自身が成長するための栄養も必要なので、その分卵の数が制限されてしまうということだろうか? それならオオヒメグモ並みに小型化して、より多くの卵を産む方向へ進化すればいい……というわけにもいかないか。ジョロウグモはともかく、ナガコガネグモが小型化してしまうとバッタサイズの獲物を狩るのが難しくなってしまうはずだ。それに、小型化するのなら目立たない体色の方が有利になる可能性もある。この二種までオオヒメグモやオニグモのような地味な見た目になってしまったのでは面白くないではないか。〔自分の都合かい!〕
※後にジョロウグモやナガコガネグモが複数回産卵したらしいことが観察されることになる。特にジョロウグモの場合は気温が下がっていく時期に産卵するので、寒さと疲労で2度目の産卵ができないことが多いというだけのことらしい。
午後4時。
光源氏ポイントにいたゴミグモ2匹が卵囊付きの円網を残して姿を消していた。ここにはまだ産卵していない子も1匹いるのだが、この子は雄がいなくなってからオトナになったので交接できていない、というような事情があるんじゃないかと思う。
この辺りにはナガコガネグモの幼体も多数いて、しかもバリアーを張っている子はいないようなので実験をしてみることにした。体長12ミリほどの子を2匹選んで、片方には体長5ミリほどのアリ、もう1匹には12ミリほどのガをあげたのである。結果は、アリをあげた子はすぐに駆け寄って捕帯を巻きつけたのだが、ガをあげた子は円網の隅へ避難してしまった。そこで、別の12ミリほどの子にはもう少し小型(羽の幅で三分の二くらい)のガをあげると、この子はオニグモと同じようにガの翅を抱え込んで牙を打ち込んだのだった。フィールドワークではクモの腹具合までコントロールするわけにもいかないので、あまり高精度な実験にはならないのだが、ナガコガネグモの幼体は円網にかかった獲物が翅を持っているかいないかを察知して対応を変えている可能性がある、とは言えそうだ。では、どうして翅のあるなしがわかるのかと言えば、おそらく円網の振動で判断できるのだろう。ガのように大きな翅を持つ獲物がかかれば「パッタパッタ」という振動になるだろうし、ハエなら「ビィィィ」翅を持たないアリなら「もぞもぞ」くらいだろう。
光源氏ポイントはガも豊富なので、オニグモのデンちゃんにあげるお土産用に2匹捕まえておく。
午後10時。
デンちゃんは横糸を張っているところだったのだが、かまわずにガをあげてしまう。しかし、円網に鱗粉だけを残して逃げられると困るので片方の翅をつかんだままでいたせいか、デンちゃんは獲物に気が付いていても近寄って来ない。これではどうしようもないので、今年生まれのオニグモたちの様子を見てから戻ってみると、デンちゃんはホームポジションでガを食べていた。そこで2匹目もあげると、今度はすぐに駆け寄って来たデンちゃんだった。
7月4日、午後1時。
コガネグモの15ミリちゃんは今日も横糸をいい加減に張っている。これはもしかすると腹ごなしではなく、婚活なのかもしれない。1週間も絶食が続くようなら婚活だろう。コガネグモの雌成体の体長は20ミリから30ミリとされているからオトナと言えるほどの大きさではないのだが……生き急ぐタイプなんだろうかなあ……。
7月6日、午前3時。
コガネグモの15ミリちゃんがお尻から引いた1本の糸にぶら下がって、脚をだらんと下へ伸ばしていた。その上には脱皮殻らしいものもあるから脱皮したんだろう。茨城弁で言うと「脱皮したんだっぴ」である。〔「だっぺ」だ!〕
15ミリちゃんはこれでオトナになるか、もう1回脱皮するかくらいだろうと思う。何時間かかるのかわからないが、外骨格が硬化すれば獲物も仕留められるようになるだろう。また忙しくなるなあ。
午前11時。
円網のホームポジションにいるコガネグモの15ミリちゃんは体長17ミリほどになっていた。お尻の大きさは変わっていないようだが、頭胸部は大きくなったようだ。そして脚は明らかに長くなった。ゆったりと伸ばした右第一脚の先端から左第四脚の先端までざっと70ミリくらい。作者の手のひらサイズである。オトナになったか、もう1回脱皮するかというところだろう。
さて、今日は夕方から雨が降り始めるらしい。英語で言うと「ユーガッタレイン」である。〔それは英語じゃない!〕
そこで今のうちに少しでも走っておこうと思ったら、室内保管しているロードバイクのフレームに殻長10ミリ弱のカタツムリがくっついていた。作者がクモを撮影している間に乗ってしまったんだろう。作者の部屋にはカタツムリが食べるようなものはなさそうなので近所の花壇にリリースしておく。
さて出かけよう、と思ったら、近所のゴミ集積所に多数のハエがいるのに気が付いてしまった。コガネグモの17ミリちゃんとオニグモのデンちゃんのために6匹捕まえて、ジッパー付きのポリ袋に入れておく。なかなか出発できないなあ。
午後9時。
体長が30ミリほどになったオニグモのデンちゃんは円網の横糸を張り始めたところだった。そこにハエをあげるのも気の毒なような気がしたので、少し暇つぶしを……と思ったら、ガを捕まえてしまった。さらにコガネムシも。もうヒーちゃんもいないというのに。しょうがない。デンちゃんにハエを3匹あげてしまうことにする。ただ、デンちゃんが円網の下の方にかかった獲物に駆け寄ると円網にいくつも穴が開いていく。横糸がデンちゃんの体重を支えきれなくなっているのだ。
※円網を張るクモは粘球の付いていない縦糸に脚先の爪を引っかけて歩いているという話(論文だったか?)もある。しかし、特に鱗粉を持つガなどがかかった場合に、のんびり歩いていたのでは逃げられてしまうだろう。
7月5日、午前4時。
コガネグモの17ミリちゃんが横糸を張ったので鞘翅を外したコガネムシをあげた。これがまあ、駆け寄ってくるのが速いこと速いこと。おまけにコガネムシが真っ白になるほどの大量の捕帯を巻きつけている。あくまでも個人的な印象だが、これらのクモたちは空腹な時ほどていねいに捕帯を巻きつけるような気がする。逃げられては困るという気持ちが強いはずだから当たり前なんだが。
オニグモのデンちゃんにはガをあげた。するとデンちゃんは捕帯を巻きつけて棒状にした獲物を咥えたまま住居に帰っていったのだった。もう空が明るくなってくる時間帯なので、住居で食べるのだろう。そこで考えたのだが、オニグモがガを捕らえた場合に最終的に棒状になるように捕帯を巻きつけていくのは、住居へ持ち帰る時のために運びやすい形状にしているのではあるまいか? もしもそういうことであるのなら、円網で獲物を食べるナガコガネグモやコガネグモではそこまでていねいに成形する必要はないということになる。実は作者はそんなことまで考えてはいなかったので、ナガコガネグモがガを仕留めた場合にオニグモのように棒状にするのかしないのかを観察していない。いままでは捕帯を巻きつけ始めた時点で「勝負あり」と判断して観察を終わりにしていたのだ。できれば今シーズン中にナガコガネグモに大きめのガをあげて、獲物を棒状にするかどうかを観察したいと思う。
なお、このところデンちゃんが円網にいる時間は1日7時間くらいになっている。オニグモは腹具合によって営業時間を変えるのかもしれない。
オオヒメグモのお団子ちゃんの卵囊の次の1個からも子グモたちが出てきてまどいを形成していた。
午後3時。
光源氏ポイントにいる体長12ミリクラスのナガコガネグモの幼体たちを使って実験を開始する。まずは1匹の円網に体長15ミリほどのガをくっつけてみた。ところが、この子は手を出そうとしないのだ。そのうちに暴れ続けていたガは円網に鱗粉を残して飛び去ってしまった。
次の子は円網の反対側に避難して円網を揺らした。「お前なんか、落ちろ。落ちろ。落ちちゃえー」というところである。鱗粉を残しながら転がっていったガはとうとう円網から外れて落ちてしまった。おそらく、これくらいの体長のナガコガネグモは円網に「パッタパッタ」という振動を起こすような獲物は襲いたくないのだろう。「こんな大っきいの無理!」というわけである。
もう羽ばたく力も残っていないらしいガを拾っておいて、この子がホームポジションに戻ってからまた円網にくっつけると、今度はガに近寄って牙を打ち込んだ。「パッタパッタ」振動を起こさない獲物なら襲うわけだ。
さて、問題はその後だ。この子は少しだけ捕帯を巻きつけたのだが、オニグモのようにガを棒状に成形することはなかった。やはり、獲物をホームポジションで食べるのなら棒状にする必要はないということのようだ。
次の子には体長15ミリほどのカメムシをあげる。この子はためらう様子もなく飛びついてしっかり捕帯を巻きつけた。脚で「もぞもぞ」振動を起こすくらいの獲物なら手を出しやすいのだろう。〔カメムシを素手でつかむと指が臭くなります。よい子は真似しないでね〕
ハエのように「ビィィィ」振動を起こす獲物については実験していないが、おそらくは「大っきすぎ!」という判断はしないだろうと思う。
さらに、作者が草むらを歩き回ると、体長5ミリほどのバッタの子虫がジャンプしてナガコガネグモの円網に飛び込むというのも観察できた。ナガコガネグモが草むらのすぐ上に円網を張るのは、こういう低い高度を飛ぶ、あるいは跳ぶような昆虫を狙っているからだろうと思う。
念のために体長20ミリほどのガの翅の3分の2を切り落として別の子にあげてみたのだが、やはり手を出そうとしない。そこで、このガも回収して、体長12ミリほどのゴミグモ(お尻の直径はナガコガネグモたちの2倍以上だから体重もそれなりにあるだろうと思う)にあげることにした。この子は円網に鱗粉を残しながら下へ向かって転がっていく獲物を追いかけ、円網から外れる直前に追いついて牙を打ち込んでいた。体重に差があるせいなのだろうが、この季節のナガコガネグモの積極性はゴミグモ以下のようだ。
午後5時。
部屋の隅で体長2ミリほどのクモを見つけた。不規則網だし、脚がやたら長いからユウレイグモの仲間だろう。徘徊性でなければ踏みつぶす心配もいらないので、当面は放っておこうと思う。何かを食べているようだし。
午後10時。
体長5ミリほどのオニグモの幼体に15ミリほどのチャバネゴキブリをあげてみたのだが、「やだっ。これ大っきい。どうしよう」などと迷っているうちに暴れ続けるチャバネゴキブリは円網から外れて落ちてしまった。〔オニグモは発声器官を持っていない〕
作者が投げた獲物なので飛来したのとは条件が違うのだろうが、チャバネゴキブリは鱗粉を持つガとは別の意味で円網の糸が絡みにくいような気がする。あのつやつやした羽には粘球も効きにくいんじゃないだろうか。
7月8日、午後1時。
コガネグモの17ミリちゃんはコガネムシを食べ終えていた。さすがに食いでがあったらしくて、体長20ミリのまん丸お尻ちゃんになっている。つまり、お尻の直径が3ミリ増えたのである。柔らかい外骨格で覆われているクモのお尻はいくらでも膨らむことができるのだ。〔限界はあるだろ〕
まん丸お尻ちゃんの円網の横糸は中心部に五周分だけしかない。今のところは腹ごなしである可能性も否定できないのだが、いつまでもちゃんとした円網にしないようならオトナになったということかも……いやいや、ナガコガネグモのおかみさんは食欲がありもしないのに大きな円網を張っていたのだった。ジョロウグモは食欲がない時には円網を張り替えないのでわかりやすかったんだけどなあ。
午後10時。
体長5ミリクラスのオニグモたちの背中には小さな水滴が載っていた。オニグモの表皮は撥水性であるのらしい。雨でも円網で待機するような子たちなのだから当たり前なのだが。
コガネグモのまん丸お尻ちゃんは横糸が10本くらいしかない円網を張っていた。腹ごなしは終わりつつあるということだろう。ということは、オトナになるまでにもう1回脱皮するのかもしれない。念のためにコガネムシをもう1匹捕まえておく。コガネムシはガのようにひらひらと飛ばないから楽でいい。
7月9日、午前3時。
まん丸お尻ちゃんが円網を張り替え中だったのでしばらく待ってみる。
完成した円網の隠れ帯は、やはりXの字の下側の二本だけだった。多分これがこの子の個性なんだろうと判断してコガネムシをあげておく。この子の円網は垂直からわずかに傾いているので、真上から獲物を落とせば円網に引っかかるのだ。オニグモのデンちゃんのように投げ上げなくてもいいのは楽でいい。
午後1時。
スーパーの南側にいるナガコガネグモの幼体たちのうちでATフィールドを……。〔「バリアー」だ!〕
バリアーを張っている子は7匹、張っていない子は5匹だった。ジョロウグモは幼体から成体まで基本的にバリアーを張るのだが、ナガコガネグモは体長5ミリ以下でも張らない子がいるかと思えば、15ミリになっても張っている子もいる。このバリアーを張るか張らないかの基準がわからない。
そこでいつもの思いつきなのだが、この子たちは1度外したバリアーは2度と張らないのではあるまいか? ナガコガネグモは越冬しないとされている(実際、春にある程度成長した個体が現れるということもないようだ)。今シーズン中にオトナになって産卵するためには、より多くの獲物を食べて、より早く成長する必要があるはずだ。しかし、逆に捕食されてしまったのでは、それこそ一巻の終わりである。そういう矛盾を解決するための消極的な手段が隠れ帯であり、より積極的な手段がバリアーなのではあるまいか? 獲物が少なすぎて今シーズン中にオトナになれそうもないと判断した場合にはバリアーを外してしまうというわけである。
そしてナガコガネグモはバリアーを外してしまってから獲物が多いことに気が付いても、またバリアーを張るということはしない、あるいはできないのだろう。バリアーを外したことを忘れているという可能性もあるかもしれない。個人的な印象を言わせてもらえば、ナガコガネグモというのは「あんたバカぁ?」と言いたくなるような子が多いのだ。〔そうか。「ATフィールド」は伏線だったのか〕
7月10日、午前4時。
しばらくの間姿を見せなかった近所のオニグモ6ミリちゃんが2メートルほど離れた所に円網を張っていた。少し大きくなったような気もするから脱皮のついでに引っ越したんだろうと思う。それはいいのだが、この子は張り終えた円網をそのままにして住居へ戻ってしまったのだった。いったい何を考えているんだ、この子は? 以前書いたように円網はすぐ劣化する。だからこそクモたちは毎日のように張り替えるのだ。円網の性能が最高の状態の時に住居に戻ってしまったのでは獲物の捕獲効率が低下してしまうではないか! もしかして「オトナになんかなりたくないわ」というタイプなのか? それとも、円網を23時間張りっぱなしにしておいて、それにかかっている小型の獲物を糸ごと食べようというジョロウグモタイプのオニグモなのか? ああっと、この間まで早朝に円網を張り替えて24時間営業をしていたので、夜型への切り替えがうまくいっていないだけという可能性もあるかもしれない。本気で夜型に移行するつもりなら日没後に張り替えるようになる……のかなあ……。
オオヒメグモのお団子ちゃんはまた卵囊を造っていた。7個目である。お尻も二回りくらい小さくなったようだ。
午後3時。
サイクリング中に行き倒れのオニヤンマを見つけた。そのままにしておくと車に轢かれそうなので、道端に連れ出して介抱していたら元気になって飛び去って行った。今夜あたり、眼の大きな美女がやって来て「私はあの時助けていただいたオニヤンマです」と……。〔んなわけあるかい!〕
まあ、オニヤンマでは機織りもできないだろうしな。
午後4時。
体長50ミリほどのバッタをコガネグモのまん丸お尻ちゃんにあげてみたのだが、寄ってこない。ただ円網を揺らして威嚇するばかりである。そこで念のために5ミリほどのアリを投げてあげると、こちらには飛びついて捕帯を巻きつけるのだった。どうやら大型の獲物は狩る気がないらしい。バッタは回収して、後でオニグモのデンちゃんにあげることにしよう。デンちゃんが円網を張り替える頃には雨が降り出すらしいのが気がかりなんだが。
クモをつつくような話2021 その4に続く