513.聖騎士の噂
「また会いに来ていいですか?」「ダメです」と。
再会の約束を交わして。
「……ふう」
クノンはラサミンの研究室を後にした。
まあ、アレだが。
研究室のタグが出ている隣の教室から、だが。
まさか壁を抜いているとは。
実に大胆な偽教師である。
偽教師というだけでも大胆なのに。
「……」
考えたいことができた。
「鏡眼」の訓練は、やめる。
代わりに「望遠鏡型」の視界を追求する。
凸面鏡。
平面ではない鏡。
実際見てみたいので、探してみようと思う。
それから。
固有魔術の謎、法則。
これは思い付きの面も強いので、取り掛かるなら慎重に行いたい。
大勢の魔術師が、年月を掛けて研究している。
レポートもきっと多いだろう。
だが、未だ解明されていない。
その点からして、非常に時間が掛かりそうだ。
だから後回しでもいいと思う。
となると。
目下、一番取り掛かりやすいのは。
「……連射じゃないのか……なんだろ」
ラサミンが教えてくれたヒント。
素早く魔術を連射する方法。
今は、これがとても気になる。
教師リストの報告は夜だ。
門限の調整をしてもらうため、一度家に帰るつもりだが。
それまで時間がある。
急いで帰る理由はないので。
クノンは自分の研究室にやってきた。
「あれ?」
一通、手紙が届いていた。
一応毎日来てはいたのだ。
長居こそしなかったが、毎日手紙の確認はしていた。
つまり、結構新しい手紙ということだ。
「あ、レイエス嬢からだ」
差出人は、同期の聖女だ。
彼女もちゃんと、新学期に合わせて学校に戻っていた。
挨拶はしたが。
ここのところ何気に忙しくて、ゆっくり話す機会がなかった。
リーヤ・ホース。
ハンク・ビート。
同期の彼らとも会っている。
先日の第一校舎の掃除の件で、声を掛けたから。
まあ、逃げられたが。
思いっきり。
――まあ、同期の話はいい。
手紙の差出人は聖女だ。
それも封筒ではなく、紙を折っただけの簡素な伝言である。
開けばすぐに内容が飛び込んでくる。
「……お昼の誘いか」
今日は同期たちが来るからクノンもどうか、と。
要約すると、そういう内容だった。
昼。
現在だ。
まあ、少し過ぎているかもしれないが。
そして聖女がわざわざ手紙を出すのなら。
話したいことがあるのだろう。
「――よし」
レディからのお誘いだ。
行ってみよう。
「やあ、光に愛されし聖女と同期たち」
果たして、同期たちはまだ残っていた。
聖女の教室。
相変わらず緑が多い。
クノンを含めた同期は、自然とここに集まるようになった。
理由は特にない。
自然とこうなった形だ。
そして。
夏季休暇を終えて三年生になっても、特に変化はない。
今年も。
今年度も。
クノンたちは、これまでのような一年を過ごすのだろう。
――だが、確実に変わる点もある。
「実力」代表ベイルの卒業。
きっとほかに卒業する特級生もいるだろう。
少しずつ、周囲の顔ぶれが変わっていく。
これは明確な変化である。
「クノン、いいところに来ましたね」
座る席が決まったのは、いつだったか。
これも気が付けば決まっていた。
クノンがいつもの空いた椅子に座ると、聖女が言った。
「今年の一年生の三級クラスに、聖騎士が入りました」
「えっ!?」
聖騎士。
聖騎士といえば、聖女や勇者などと並ぶ固有魔術持ちだ。
そして、ヒューグリア出身のクノンだ。
聖騎士という存在には、少し馴染みがある。
かつての十七王大戦に参加した、聖騎士ヒストア。
彼はヒューグリア王国の王子だったから。
まあ。
今話している聖騎士は、まるで関係ない人だと思うが。
「元は光属性持ちということで入学したそうですが。
色々試してみたところ、聖騎士の固有魔術が使えたそうです」
なるほど。
こういうパターンもあるのか。
「三級なの?」
光属性は希少属性だ。
それに目覚めたとなれば、どこの国でも大切に育成するはずだが。
「遅咲きだったんだって」
「あ、そうなんだ」
リーヤの言葉に納得した。
――魔術師としての覚醒が遅かった、ということだ。
三歳から十歳くらいで、身体のどこかに紋章が現れる。
これが魔術師としての覚醒だ。
だが、覚醒の年齢はまちまちだ。
よくある年齢でも、最大で七歳ほどの開きがあるのだ。
そして、遅ければ十代半ばというケースも確認されている。
今のクノンが十四歳。
このくらいで覚醒した、という者もいるわけだ。
話の聖騎士。
この遅いパターンだったのだろう。
「聖騎士かぁ……」
ついさっき。
固有魔術について、何か閃きそうになった。
そして今、また固有魔術持ちの話を聞く。
なんだか不思議な縁を感じる。
ただの偶然だとは思うが。
「聖騎士の固有魔術って、アレだよね? 聖光盾」
つまり、頑丈な盾を出せるわけだ。
一説では聖女の「結界」より硬いとか、頑丈とか。
伝承にはそうある。
「同じ聖なる存在として色々教えてやってほしい、と言われました」
なるほど。
「聖なる」繋がりで、聖女に話が回ってきたのか。
「しかし私は、聖女というだけの存在です。
特に何か秀でているわけでもないし、誰かより優れているとも思いません」
「それはないよ」
「ないよね」
「ないな」
クノン、リーヤ、ハンクと。
ちゃんと言っておいた。
自覚のない聖女に。
「周りを見なよ」
鉢植えの数。
緑の多さ。
書きかけのレポートの山に、完成したレポートの山。
仮眠用のベッドまである。
植物の世話をするために用意したものだ。
「この教室のどこに、優秀じゃない人の証拠があるの?」
ここは、優秀で熱心な研究者の居場所ではないか。
どこからどう見ても。
まあ、クノンは見えないが。
「本当ですか? 私は優秀な聖女ですか?」
クノンらは頷く。
「面白いことなど一つも言えないし、冗談を信じるような聖女でも?」
クノンらは頷く。
聖女は面白いことを言う。
自覚がないだけで。
「雑貨屋の子供が『けしからん女になる方法? そんなの俺に相談するなよ』と匙を投げた聖女なのに?」
クノンらは頷く。
だが誰に何を相談しているのかは、ちょっと問い詰めたい。
「では、私が聖騎士の育成に関わってもいいと思いますか?」
クノンらは、頷く。
……ちょっと迷ったのは、内緒だ。
この教室を見る限り。
なんというか。
魔術の方向性の違いが……。
いや、大丈夫だろう。
聖女はとてもいい子ではあるから。
大丈夫だろう。
……大丈夫! きっと!





