511.魔術以外にも
「何か閃きましたか?」
急に黙り込んだのだ。
当然、ラサミンにはわかるだろう。
「え? あ、ええ……目の前にあなたという水の女神がいるのに、他所事を考えてしまった僕を許してください」
「なるほど。
女神を前に他所事を考えるようなことを閃いた、と」
聞かれそうだ。
何を閃いたのか、と。
質問されそうだ。
そう思ったクノンだが。
「ならば早く一人になって考えたいでしょう」
まさにその通りである。
落ち着いて、一人で。
ゆっくり考えたい。
――きっと、彼女も同じような閃きを繰り返してきたのだろう。
だから気持ちがわかるのだ。
「『鏡眼』はあなたの頭脳を損なう恐れがあります。使用を控えてください。
以上、偽教師としての忠告です。
これが言いたかったから、私はあなたを待っていたのです」
偽教師として。
確かにそうなのだが。
だが、とても教師らしい忠告だと思う。
――「鏡眼」の訓練は、ずっとしている。
考案した時から、ずっとだ。
おかげで使用できる時間は伸びている。
訓練の成果は出ているのだ。
が、……ラサミンの言う通り。
「鏡眼」は頭への負担が大きい。
そして、負担は大きいのに。
さほど成長している気がしない。
それよりは……。
「あの男の弟子などどうでもいいですが。
でも、同じ水属性の後進が減るのは嫌ですから。
あとは自分の判断で好きにしてください」
だから忠告、か。
「鏡眼」を使えるようになったラサミンの言葉だ。
「鏡眼」を体感しての意見だ。
きっと、無視するべきではない。
実際クノンも、迷いはあったのだ。
「鏡眼」の訓練を続けていていいのか、と。
いつか、ふいに。
頭の何かが切れて、意識を失い。
二度と目覚めなくなるのではないか。
そんな怖い想像もしていたから。
「……わかりました。長時間の使用は避けます」
訓練は終わりにしよう。
もう「鏡眼」の長時間使用はしない。
だが、今まで通り。
一瞬一瞬使うくらいなら、大丈夫だと思う。
あれで頭痛がしたことはないから。
だから、あれなら負担は小さいはずだ。
「代わりの『目』はないのですか?」
そう聞かれて、クノンは答えた。
ラサミンになら話してもいいだろう。
「実はつい最近、こういうものを発案しまして」
と、クノンは先日考えた「望遠鏡みたいに見える水球」を出して見せた。
形は「鏡眼」に似ているが。
性能は違う。
「ふむ……『鏡眼』の応用ですね。原理はほぼ一緒か」
目の前。
テーブルを挟んだだけの距離で見せたのだ。
ラサミンはすぐに再現してみせた。
当然のように。
恐るべき腕である。
「……なるほど。
これは神経系への接続がないから、私には見えませんね。
でも、あなたには見えているのですね?」
「はい」
これを読み取る機能は、魔力視だから。
景色を鏡に写し、魔力で見る。
つまり、魔力視が届く間近にまで景色を近づける、という感覚に近い。
「ただ、こう、小さな丸でしか見えないんですよね」
「小さな丸?」
「今はラサミン先生の右目だけ見えている感じです」
実に局所的である。
この辺の問題さえ解決できれば、嬉しいのだが。
「私の右目は美しいですか?」
「ええ、とても美しいですよ。まるで眠そうな猫のようです」
「…………まあいいでしょう」
ちょっと想像したのだろう。
眠そうな猫を。
どんな猫を考えたかまではわからないが、「まあいい」そうだ。
「構造を見るに、その水鏡に写ったものだけ見える、という効果であっていますか?」
「はい、そうです。
だから鏡を大きくすると、見える範囲も大きくなりますが……」
クノンは「望遠鏡型」をぐぐっと拡大してみた。
視界が少し広がる。
ラサミンの顔がくっきりだ。
実に眠そうだ。
「でも、邪魔でしょう?
こんな大きいの、常に出しておくっていうのも」
魔術を出しっぱなし。
それだけならまだしも、大きくて目立つ魔術だ。
あまり良い状態ではないと思う。
ディラシックは魔術師が多い街だ。
だから意識することは少ないが。
大っぴらに魔術師だと喧伝して、いいことはないだろう。
厄介ごとに巻き込まれそうだ。
それこそ「鏡眼」くらいの使い方が丁度いい。
それだけに、こちらは少し持て余し気味というか――
「凸面鏡は?」
「は……え? とつ?」
なんだ。
初めて聞く鏡の名前だ。
「曲げた鏡です。
平面状ではなく、わずかに曲線を描く鏡です。
鏡面に写ったものが見えるのであれば、鏡面を外側へ曲げれば広く視野を取れるのでは?」
「――すごい! ラサミン先生は天才だ!」
少し試してみて、なんとなくわかった。
これはいけそうな気がする!
「クノン」
喜ぶクノンに、ラサミンは冷静に言った。
「凸面鏡は、割と一般的な知識だと思います。
魔術方面に限らず。
それ以外の知識にも触れた方がいいですよ。
何がきっかけで何を考えつくかわからない。
特級生の課題には『生活費を自分で稼ぐ』というものがありますね。
あの課題には、一般社会に触れさせるという意味もあるのです。
もうお金には困らないでしょう?
安定して稼げるでしょう?
稼ぐ手段が安定して、一般社会から遠ざかっていませんか?
でも、時々でいいから魔術以外にも目を向けてみてください。
意外な発見があるかもしれませんよ」





