510.気づいてしまったかもしれない
2026/01/27 修正しました。
「――まず『これ』」
ラサミンが立てた人差し指の先には、「鏡眼」がある。
クノンにとっては見慣れたものだ。
いや。
見てはいないか。
使い慣れた、というべきか。
「これはあなたの『目』ですね。
恐ろしく繊細かつ複雑な『水球』に、魔力によるとてもチープな自身への接続……。
その歳でよく考えついたものです」
そう言って、ラサミンは「鏡眼」を消した。
「実に気に入らない」
気に入らない。
そう言われても。
「何か気に障りました?」
「ゼオンリーの教えがあって辿り着いたものでしょう?
私があなたに教えていれば、もっと早く『鏡眼』に辿り着かせてみせたのに」
まあ、そうかもしれない。
ゼオンリーは属性が違うから。
だから、水魔術のすべては、彼の教えからの応用に近い。
そういう意味では。
第一の師ジェニエ・コース。
彼女の教えの方が、クノンのベースになっていると思う。
本当に、細かく細かく。
いろんな課題を出してくれたから。
それに必死で食らいついていった結果が、今だから。
そのベースを、ゼオンリーは大いに伸ばしてくれたと思う。
――もしラサミンに師事していたら。
……。
いや。
「そうでもなかったかもしれませんよ」
ゼオンリーは、あれで根気強くクノンの相手をしてくれた。
今振り返れば、特に思う。
彼でよかったのだ。
今目の前にいる、「もしかしたら」でしか語れないラサミンではなく。
意見をぶつけあって。
言い合って。
ケンカもしたし、喜びを分かち合ったりもした。
魔術師としての腕のどうこう、属性のどうこうではない。
クノンが今ここにいる。
それがすべてだ。
「そうですか?
私なら、『鏡眼』は禁止しますが」
「は、はい? 禁止?」
「そうです。
それを伝えるためにあなたを待っていた面もあります。
『鏡眼』は、脳への負荷が強すぎます。
視覚的情報を、脳に直接送るような構造ですから。
視神経を介さない視界。
それがこんなにも負担が掛かるとは思いもよりませんでしたが」
しかし。
実際に再現してみて、それを理解した、と。
確かにそれは、同じ属性しかわかり合えないかもしれない。
「これはよくない。使いすぎると脳が焼かれますよ。
実際、あなたの頭はどうですか?
頭痛、吐き気、めまい、疲労、足が震える、甘いものが欲しくなる、等々の症状は?」
「あります」
全部心当たりがある。
「鏡眼」を長時間使ったらそうなる。
あ、いや。
「甘いものはないかも」
そういう欲求は一度もなかった。
「そうですか。私は甘いものが食べたいですね。今すぐ」
彼女の願望が漏れただけだったらしい。
「……場所移します? パフェのおいしい喫茶店なら知ってますけど」
「だるい」
……。
「誰かが持ってきてくれたらいいのに」
……。
ちょっと面倒臭い人かもしれない。
「そんな我儘なところも魅力的ですね、レディ」
「だるい」
だるいって言われた。
「先生にはやっぱりバレましたね」
「鏡眼」のことがちゃんとバレたのは初めてだ。
これまでは、周囲の隙を狙って一瞬使う、という方法を駆使していた。
ほんの一瞬。
初級魔術でも、更に魔力を抑えて。
大抵の人は気づかない。
魔術師もだ。
気づいても見逃してくれている、という人もいるとは思うが……。
それだって一握りだろう。
それくらい使用には気をつけていたのだ。
ただ、昨日は状況が違う。
対峙しての魔術戦の最中だった。
当然相手を観察している。
わずかな動きも見逃さない。
そんな状態だった。
ベイルの砂が解除されていなければ。
まだ誤魔化せたと思う。
完全に丸見えだったから。
あの時はとっさだった。
「ただの『水球』」に擬態することもできなかった。
「それで……どうですか?」
「魔術の感想ですか? 見事としか言いようがありません。
水を使って視界を得る。
こんな発想、古今東西の文献を開いても一文たりともなかった」
まあ、なんだ。
褒められて悪い気はしないが。
でも、そこは本題ではない。
そこではない、のだが。
しかしクノンは、確信した。
――ラサミンは見えていないのだろう。
クノンの背後の蟹も。
自身の背後の蟹も。
さっき目の前で「鏡眼」を使った。
そしてクノンを見たはずだ。
なのに反応がない。
蟹に対して発言することもない。
誤魔化している?
いや。
見えていれば、まずクノンに聞くだろう。
――この後ろの奴はなんだ、と。
クノンは「鏡眼」の生みの親だ。
まず聞くだろう。
何を置いても。
あまりにも謎の存在すぎるから。
この存在感に触れないなんて、ありえないから。
すごい存在感だから。
見えたら圧迫感もすごいし。
だから、つまり、そういうことだ。
「……ふう」
ほっとした。
国と約束した守秘義務は、まあ、かろうじて守られたと思っていいだろう。
大事なのは、見えることではない。
謎の存在が見えること、だから。
「……あれ」
ほっとして。
肩の力を抜いて。
そして、ふと思った。
――なぜラサミンには見えないのか、と。
「先生、その……これ」
と、クノンは「鏡眼」を出して見せた。
初めてかもしれない。
こんな「鏡眼」の使い方は。
こんなに堂々と。
こんなにこれ見よがしに。
なんだか「目」を見られているようで、少し落ち着かない。
ラサミンがじっと見ているせいだろうか。
「僕は『鏡眼』って名付けたんですが」
「鏡に映る景色を読み取って情報を頭に送る魔術。
相応しい名だと思います」
再現できるはずだ。
ちゃんと構造まで理解している。
「『鏡眼』を使った感想ってどうですか?」
「肉眼より鮮明に見えます。
色が多いというか、くっきりしているというか。明るいというか。
私の目が少し悪いせいもあるのかもしれませんが」
なるほど。
彼女には、ちゃんと普通に見えるわけだ。
空が変な色をしていたり。
太陽が黒かったり。
そんなことはない、と。
――つまり、クノンの「鏡眼」とは別物というわけだ。
クノンだけが変に見えている。
クノンだけが、違うものを見ている。
なぜ。
ラサミンと何が違うのか。
同じ水属性。
もっと言うと、彼女は優れた水魔術師だ。
クノンの魔術をすぐに再現できるほどに。
それくらい、クノンより水魔術を理解している。
なのに。
完全な再現ができていない。
クノンが見る限り。
ラサミンの「鏡眼」は、まったく同じものだった。
それは、つまり。
使い手によって効果が違う、ということ。
言い換えると。
特定の魔術師にしか使えない、ということ。
特定の魔術師にしか使えない。
「鏡眼」はそういう魔術、と言えるかもしれない。
「……!」
知っている。
知っているじゃないか。
クノンは知っている。
そういう魔術を、なんと呼ぶか。
――固有魔術と呼ぶのだ。
特定の人しか使えない、特別な魔術。
聖女の「結界」。
「調和」代表シロト・ロクソンの雷。
彼女らの共通項は、「自然と使えた」だった。
特に練習もせず、言葉もいらず。
使おうと思えば使えた、そうだ。
如何せんサンプルが少ない。
間違いない共通項、とは言いづらい面もあるが。
でも、大事なのは二点だ。
まず一点。
「鏡眼」は固有魔術ではない。
何せクノンが生み出したから。
もう一点。
これがずっと気になっていた。
教師クラヴィスも「結界」を使ったこと。
ダンジョンであれを見た時から、ずっと引っかかっていた。
「結界」は聖女の固有魔術。
なのに男であるクラヴィスが使ったのである。
クノンにしか使えない「鏡眼」。
聖女にしか使えない「結界」。
そして矛盾する、クラヴィスの「結界」という存在。
似たようなものはできる。
ラサミンが再現した「鏡眼」のように。
しかし、正確には再現できていない。
やはり固有魔術は違う。
それに似せたものとは、違うのだ。
――なんだ?
――クノンとラサミンの違いは、なんだ?
なぜクノンだけ「鏡眼」が使えるのか。
なぜ。
なぜ?
決まっているだろう。
クノンは見えないから、だ。
見えないから「鏡眼」を生み出し……いや。
違う。
その前にあった。
その前からあった。
――魔力視だ。
魔力の変質化が起こって、色がわかるようになった。
クノンにとっては、これこそが視界なのだ。
今も大変お世話になっている。
魔力の変質化。
これにより、魔力の質が変わった。
「……」
気づいた瞬間、心臓が高鳴った。
固有魔術の正体は。
……魔力の質、か?





