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506.ラサミン・アウリッツ





「なんかちょっと複雑ですね」


「確かに複雑だけど。


 でもおまえ『いってらっしゃい、土の中でも輝く夕黄鉱(ゆうおうこう)の君』って快く送り出してただろ」


 まあ、とにかく。


 個人的な事情を話してくれた偽教師アラーネ。

 彼女が授業へ行くのを見送る。


 偽教師が授業をするのか。

 このまま行かせていいのか。


 そんな気持ちは、クノンたちにもなくはないのだが。


「偽教師か……どうも単純な話じゃなさそうだな」


「そうですね。

 ちょっと複雑なシステムがある気がします。


 いや、システムっていうか、個々人の事情と言った方がいいんでしょうか」


 偽教師。


 最初は、ただの無職、不法占拠者。

 身分を騙り陰に潜む、魔術学校の闇。


 そんな風に思っていた時期がクノンにもあったが。


 どうも現役教師が偽教師を認めている節もある。

 たとえば教師ウィーカーとかが。


 存在を認めて、こき使っていたりするのかも……。

 きっと教師ウィーカー辺りが。


「冷静に考えてみればよ。

 学校側が本気になれば、偽教師の排除なんて簡単だろうしな」


「だとすれば、排除しない理由がある、ってことでしょうか」


 本当に謎が多い魔術学校だ。


 ――面白いな、とクノンは思った。


「ひとまず調査を続けませんか?」


 考えていても仕方ない。

 クノンらに、偽教師をどうこうする権限もない。


 今は、やるべきことをやるのがいいだろう。


「そうだな。次行くか」


 教師リストの調査を進めることにした。


 ――そして、出会うのである。


 クノンが生涯忘れられない魔術師に。









「――待っていましたよ、少年たち」


 と。


 出入口を塞ぐようにして立っていたベイルを押しのけ。

 彼女は研究室から出てきた。


 廊下で対峙し、身分証を投げる。


「事情はわかっています。

 まだるっこしいことは抜きにして、始めましょう」


 クノンもベイルも知らない人だ。

 名前も聞いたことがない。


 ――教師ラサミン。


 年齢は、二十代半ばから三十代だと思う。


 背が低いせいか、わかりづらい。

 十代にも見える。


 なんだか眠そうで、気だるい雰囲気をまとっている。

 声にも覇気がない。

 だらっとして、少し間延びしている。


 だが、それより。


 クノンは驚いていた。


 ――蟹だ。


 彼女の後ろには、蟹がいる。

 クノンのより大きい。


 ……まあ、ただ、それだけのことだ。


 それだけのこと、なのだが。


 なんだろう。

 不思議な感覚を覚える。


 会ったことがない、はずだが。

 彼女のことを知っているような。


 やっと会えた(・・・・・・)、というか。


 遠い昔。

 時のヴェールに覆われた、鮮明に思い出せない記憶。


 そこに、彼女がいる、気がする。


「ラサミン先生ですね」


 クノンの驚きと戸惑いをよそに。


 ベイルは投げられた身分証を拾い上げる。


 クノンも覗き込む。


 ――ラサミン・アウリッツ。

 ――水属性、三ツ星。


 ――教師。


「偽造っすね」


 否、偽教師。


 まあ、この状況からして。

 正規の教師ではない、とは思っていたが。


「ラサミン先生、どこかで僕と会ったことありますか?」


 ――ベイルは「ここでもナンパか」とクノンを見た、が。


 クノンは真剣な横顔で、ラサミンを見ていた。


 見えない目で。

 確かに。


 いつにない反応に、ベイルは少し驚く。


「私の記憶にはありませんが、私はあなたを知っています。クノン・グリオン」


「僕を? 素敵な紳士として?」


「否定はしないでおきましょう――簡単に言えば、ゼオンリーに恨みがあるのです」


 なるほど、とクノンは頷いた。


 今でこそ、あまり聞かなくなったが。

 入学当初はいろんな人に言われたものだ。


 ゼオンリーがどうこう、と。


 師は随分と恨まれて嫌われていて。


 それらを押しのけて黙らせる。

 それくらい実績を積み上げてきたんだな、と。


 クノンは何度も思い知った。


「そして、違う意味でも思うことがあります」


「え? 違う意味?」


 ゼオンリー以外で何かあるのか。


「クノン・グリオン。私は――」


 ふっ、と。


 周囲に、指先くらいの「水球」が発生する。


 細かく、恐ろしい数だ。


 逃げ場がない。

 人が通れないくらいの密度だ。


 ――クノンの全身が総毛だった。


 ラサミンは、いつ「水球(ア・オリ)」を展開した?

 一切魔力を感じなかった。


 この規模。

 この数。

 この細かさ。


 針の穴を通すような正確無比の魔力操作。

 それができてこそ、だ。


 クノンの感知範囲を避けて、魔力を展開した。

 クノンの感知範囲を正確に見抜いている。


 それが恐ろしい。


 この「水球(ア・オリ)」。


 すべてにおいて、クノンより上だ。


「あなたに洗礼をあげたかった」


 洗礼。

 どういう意味だ。


「かつて、この魔術学校では、古風な伝統があったそうです。


 優秀な若き魔術師には。

 老いた魔術師が洗礼をする、というものです。


 上には上がいる。

 そう教えるためです。


 ――つまり、驕り高ぶるな、あなたはまだ魔術の深淵さえ覗いていない。


 そう教えるためです」


「水球」が形を変える。


 動物に。

 魔物に。

 虫に。

 空想上の存在に。

 クノンが作ってきた、ありとあらゆるものに。


 そして、作っていないものもある。


 どれだけ訓練したんだ。

 クノンも初級魔術ばかりやってきたが。


 彼女の訓練した時間は、きっとそれを上回っている。


「私は思いました。


 あなたには私がするべきだ、と。

 あなたの噂、あなたの実績を知るたびに思いました。


 ついでにゼオンリーの弟子であることも含めて。

 あいつは許しません。


 でも、サトリ先生なら許そうと思っていました。

 あの方がクノンに洗礼をするなら、それなら譲ってもいいと。


 しかし、あの人はあなたに洗礼をしなかった。


 だから私がやりましょう。

 こうして出会ったのですから。


 ――異議と異論は? 古い伝統など受け入れる気はありませんか?」


「……」


 この返答だ。

 この返答で、魔術戦が始まる。


 ラサミン・アウリッツ。

 きっと、クノンのすべてを超えている水魔術師。


 それも同じ系統。

 細かい魔力操作を、より追求した形で。


 ――こんな人もいたのか。


 入学して二年以上が経っているのに。

 まるで知らなかった。





「あのー……」


 クノンが何か言おうとした瞬間、ベイルが口を開いた。


「もしかして、俺邪魔っすかね?」


「否定はしません」


「しないんすね……」


「しかしあなたはあなたの用事を済ませるべきでしょう。


 これはあくまでも私の事情。

 とても個人的なものです。


 私の事情に配慮する必要はないかと」


「あ、そうすか。じゃあ――」


 ベイルの足元に、目の細かい砂塵が生まれる。


「俺も一緒に洗礼受けちゃおっかな」


 やる気になっている。


 一歩腰が及んでいるクノンに。

 見せつけるかのように。


 ――そうだ。


 自分より上の魔術師だからと、尻込みしている場合じゃない。


 むしろ嬉しいじゃないか。


 クノンが目指す水魔術師の理想が、彼女かもしれない。


 その実力を見せてくれる。

 体感させてくれる。


 これほど幸運なことは、そうそうない。





 ラサミンは、すでにやる気である。

 ベイルも、すでにやる気である。


 あとはクノンの返答次第――





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― 新着の感想 ―
小細工の上位互換だ!
ジュニエ先生の知り合いだったりする? 元祖小細工
小細工師匠の発想も持ってるって事よね 三つ星だし綺麗な上位互換キャラは楽しみだ
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