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505.偽教師の事情





「――いらっしゃいクノン。生きてる内にまた会えたねぇカッカッカッ」


 次は、土魔術師ウィーカーの研究室にやってきた。


「こんにちは、ウィーカー先生」


 彼女は安楽椅子で揺れながら、何かのレポートを読んでいた。


「あれ? 以前会った時より三十歳くらい若く見えますね。

 もしかして若返りの秘薬を完成させました?」


「え? わかる?」


「わかりますよ。……え? 本当に造ったんですか!?」


「造っとらん! カッカッカッ!」


「なーんだ、もう。驚いちゃいましたよ」


 はっはっはっ、と笑い合うクノンとウィーカー。


 仲が良い。

 まるでおばあちゃんとひ孫のようだ。


「この人が……」


 なごやかなクノンの横で。


 ベイルがごくりと喉を鳴らす。


 ――彼曰く、「ウィーカー先生は雲の上の憧れの人」らしい。


 クノンで言うところのサトリ・グルッケだろうか。


「学校側の調査だそうです。

 先生の身分証が見たいそうですよ」


 と、準教師セイフィが言う。


 クノンらがドアをノックして、出てきたのが彼女だった。

 今日、彼女は師の研究室にいた。


「はぁ? 身分証?」


 ウィーカーの動きが止まった。


 ……しばしの沈黙を経て、言った。


「知らん」


「え?」


「え?」


「え……」


 弟子のセイフィ。

 ウィーカーに憧れて今ガチガチになっているベイル。

 そして、クノン。


 年齢的に、教師勢の古参であろうウィーカー。


 クノンはいまいちわからないが。

 世界的に有名な土魔術師、らしい。


 まあ、「属性違いのサトリのような人」と言われれば、納得はできるが。


 そんな彼女に。

 今。


 偽教師疑惑が浮上した。


「先生、身分証ですよ身分証! 教員資格証と一緒になったやつ!

 ほら、外出の時持っていくでしょ!?」


 セイフィが焦って、安楽椅子を揺らしまくる。


 それはそうだ。

 世界的に有名な土魔術師に、まさかの偽教師疑惑だ。


 つまり、数十年に及ぶ不法占拠。

 並びに無職。

 更には弟子多数。


 被害が大きそうだ。


「外出? ……いや、知らんなぁ。持って行った試しもない」


「う、嘘でしょ!? ボケたの!?」


「カッカッカッ。おまえはボケたババアよりボケとるじゃろ。

 いつ教員試験に通るんかのう。なあ?」


「いや今はほんとそういう話じゃないんですよ! 憎まれ口叩いてる場合じゃないんですよ!」


 なんだか気まずくなってきた。


 このまま。

 ここにいていいのだろうか。


 そんな思いがよぎるクノンだが。


「あの、ちょっといいすか」


 と、ベイルが緊張した面持ちで口を出した。


「ウィーカー先生って、『白金の魔術師』すよね?」


「お? ……知らん」


 知らん。


 ――憧れが強すぎるベイルには、絶望さえ感じさせる返答だが。


「知ってるでしょ。

 新しい弟子ができたらまず自慢するじゃないですか」


 どうやら悪い冗談だったらしい。


 気を取り直して、ベイルは続けた。


「だったら『グレイ・ルーヴァの証』を持ってるのでは?」


「あー……わからん」


「あそこに飾ってるやつ?」


 ウィーカーを無視して、セイフィが指差す。


 その先。


 本棚の一角にスペースを取った大きな額縁に、小さなカードが飾られていた。


「ちょっと拝見します――うわ、これが本物か……すげえ!」


 確か――


「『蒼の魔術師』とか『紅の魔術師』とかのアレですか?」


 クノンが問うと、「そうそう」とベイルが頷く。


「グレイ・ルーヴァが認めた魔術師に贈られる称号だな」


 土魔術師は「白金の魔術師」というらしい。


「これ身分証と思っていいんじゃないすかね」


 まあ、そうかもしれない。

 この地の支配者が認めているわけだから。


 そもそも、だ。


「ウィーカー先生はたぶん身分証をなくしただけだと思います」


 と、クノンは意見した。


 世界的に有名。

 ならば学校側は把握しているはずだ。


 きっと記録が残っているだろう。

 教員資格ありますよ、みたいな記録が。


「ないと困るんか?」


 周囲の心配や戸惑いが伝わっていないのか。


 ウィーカーはものすごく素朴な疑問を、己が弟子に向け。


「困るんですよ、おばあちゃん」


 ものすごく優しい声で、弟子が答える。


 まるでおばあちゃんと孫のようだ。


「カッカッカッ。何言っとるかわからん」


 すっとセイフィの目が細くなり、冷たい声で言う。


「いやわかるでしょ。先生は自慢話が大好きでしょ」


 なんとも空気がギスギスし始めた。


 まあ、用事は済んだので。

 クノンらは退散することにした。





「いや、すげぇ先生だったな。あー緊張した」


 教師ウィーカー。

 クノンにとっては、常に睡眠不足の女性教師、なのだが。


 土属性にとってはすごい人、らしい。


「ベイル先輩、今年度で卒業するんでしょう?

 会えなくなる前に何か教えてもらったらどうですか?」


「う、うーん……リーグ先生にも言われたことあるけど、恐れ多いんだよなぁ……」


 気持ちはわかるが。

 クノンも、サトリに会おうと決めるまで、時間が掛かったが。


「そんなに気後れしなくても大丈夫。

 ウィーカー先生もただの年上のお嬢さんですよ」


「……その思考は俺にはできねぇけど、ちょっと頑張ってみようかな……」


 クノンは応援することしかできないが。

 ぜひ、頑張ってほしい。


 そんな話をしながら、校舎を出てきて。


「――なんでいるんすか!」


 会ってしまった。


 ついさっき会って、逃がした、偽教師に。


 アラーネ先生に。


 ベイルじゃないが。

 クノンも思った。


 なぜここにいるのか、と。


「え、いや、授業があるから……」


 さっきの彼女は、覚悟した顔をしていたが。

 今は戸惑っていた。


 恐らく、こっちが普段の彼女なのだろう。


 間違っても「ガキども理解らせる」などと。

 思いもしない、はずだ。


 ……実際思っていたかどうかは知らないが。


「調査が終わるまで数日は大人しくしてよう、とか思わないすか!?」


 ベイルがちょっと荒れている。


 色々とショックが大きいのだろう。


「だって授業はしないと、生徒がかわいそうだし……」


 言っていることは立派だと思う。


 何があろうと授業はする。

 生徒のために。


 立派だと、思う。


 これでちゃんと正規の教師だったら……。


 そう思わずにはいられない。


「……あの、私ってどうなるのかな?」


「知らないっすよ……。

 というかなんで教員試験受けてないんすか。


 アラーネ先生だったら一発合格するでしょ」


 特級クラスも認める実力。

 長く二十代後半をやっているだけあって、知識も豊富だろう。


 魔術学校は、実力主義の面がある。


 それで人気があるのだ。

 絶対に伊達ではない。


「……あのね、私ね、試験官やってたウィーカー先生と相性が悪かったのよ」


 ウィーカー。

 ついさっき顔を合わせた、優秀な土魔術師だ。


「筆記は問題なし。

 六年連続首位だった。


 ……でも、実技が。


 あの人、私の苦手な魔術を、ピンポイントで狙ってくるの。


 知っててやってるんじゃないか、って。

 それくらい正確に狙ってくるの。


 毎年毎年ずっとずっと! ずっと!」


 アラーネは嘆いた。

 泣きそうな顔をしている。


「おまけに『授業やれ』って圧かけてくるし。押し付けてくるし。資格がないって言ってもおかまいなしでスケジュールに組み込むし。やらないと生徒がかわいそうだけどどうする、とか理不尽に追い詰めてくるし!


 おまけに七年目と八年目は、試験を受けさせように遠征に行かせるし!


 で、資格試験に受かる前から先生って呼ばれ始めて、教師のスケジュールに自然と組み込まれて異様に忙しくなって、もう試験どころじゃなくなったのよ!」


「……」


「……」


 悲しい告白に、クノンもベイルも何も言えない。


 偽教師にも色々な事情がある。

 そういうことだ。


「それで、十年くらい前に事情がわかったのよ」


「え?」


「ウィーカー先生が試験の邪魔してた理由っすか?」


 気になる。

 恐ろしく気になる。


 果たして、アラーネの試験を邪魔していた理由とは。


「教員になると自分の時間がなくなる。

 学校側の指令が入って、嫌でも仕事をしなければいけなくなる。


 あんたは才能があるから魔術の研究だけやってりゃええんよ、って言われた」


 ……。


「……もうがっくり来たわ。

 それなら早く言え、って言ったら、あの人さも面白そうに笑ったのよね。


 ――だから教師らしい仕事を回してやってただろ、資格を取ったらこうなるぞ、これでも望むか……だって。


 その質問に答えられなかったのよ、私。


 だから、その時点で正規教員は諦めたの」


 授業を入れて。

 遠征に行かせて。


 なるほど。

 教師になったらこれらが急に決まるわけか。


「実際すごく忙しかったから。

 自分の勉強や研究ができないくらいにね。


 私、やっぱり学校から追い出されるのかな?」


「……どうなるかはわかんないっすけど、解雇はないんじゃないすかね」


 事情はともあれ。


 アラーネは有能な魔術師だ。

 学校側も、放り出すには惜しい人だと思うのだが。


「解雇っていうか、普通に無職だからね。私」


「あ、そうだったっすね……」


 そう。

 偽教師とは、そういう存在だった。





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― 新着の感想 ―
無給って ふふ 笑ってまうわ
人に歴史あり...と言っていいのか?
助教みたいにちゃんと仕事してて教師補佐してる人の身分もフォローしてあげたいとこですねえ。どう決着するか楽しみです!!
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