504.偽教師を捕まえろ!!
アラーネ。
土属性、二ッ星。
二十代後半になって十数年。
つまり二十代後半の美人である。
二級クラス、三級クラス。
臨時ではあるが、どちらも請け負うことがある、自称新人教師。
教えるのがうまくて、魔術もうまい。
優しい。
美人。
時々世代を感じさせる発言があるが、間違いなく美人。
クノンは知らなかったが。
有名な人らしい。
土の教師といえば。
そう問えば、一番に名前を上げる者も多いだろう、とのこと。
教師として人気がある人だ。
ベイルでさえ「あのアラーネ先生が!?」と驚くくらいには。
そう、驚いたのだ。
彼女には偽教師の疑いがあるから。
――方々から情報、とりわけ教師の名前と居場所を聞いて動いている。
その情報を聞くに。
彼女は偽教師っぽいのだ。
「――ちょっと複雑なんすけど……」
アラーネの研究室前。
クノンらは身分証の提示を求めた。
そして。
やってきたクノンらを見て、瞬時に顔を引き締めたアラーネ。
真剣な顔だ。
覚悟を決めた者の顔だ。
いつもなら「真剣なあなたも魅力的ですよ。今日のお昼は空いてますか?」くらいは言っているクノンも。
高まる緊張感に、口を噤んでいる。
やる気だ。
アラーネは、すでに、やる気だ。
言われるまま廊下に出てきて。
対峙する。
いつでもやってやる。
ガキどもめ理解らせてやる。
そんな感じだ。
きっと自覚があるのだろう。
偽、という自覚が。
少なくとも、うっかり失効パターンではなさそうだ。
そしてベイルは、とても複雑そうな顔をして。
「――これ、偽造っすね」
言った。
ついに核心に触れた。
「はっ!」
アラーネの掛け声に合わせ、鉄壁が発生する。
クノンらとアラーネを遮断する壁だ。
やはり実力はあるのだ。
土の壁ならともかく。
鉄の壁を用意するなんて。
これは恐らく中級魔術。
とにかく硬い壁だ。
――水対策だ。
半端な土壁では。
クノンが一瞬で穴を開けるから。
師ゼオンリーと散々訓練してきたのだ。
土壁に穴を開ける方法は、熟知している。
だが、鉄となると――
「任せろ!」
ベイルが鉄壁に触れると、どろりと融解した。
鉄を溶かしたわけではない。
魔術の操作を乗っ取り、解除したのだ。
魔力操作が甘ければ、こういうこともできる。
同じ属性なら猶更だ。
「行け!」
すかさず。
クノンは開いた穴に「砲魚」――細い放水を飛ばす。
粘着水性だ。
当たった物にくっつき、落ちない。
そして放水は、クノンから出ている。
いつかのように飛ばすわけではなく。
魔術が伸びている感覚だ。
つまり。
カエルが長い舌で捕食するような、捕まえるタイプの放水である。
しかも、元は水。
クノンが使えば大きさも動きも変幻自在だ。
穴を通す時だけ細く。
通った後は、人を飲み込むほど大きく。
そんな操作もできる。
が――
「あ、二重だ」
穴を抜けた放水は、壁に当たった。
鉄壁だ。
アラーネは壁を二枚構築していたらしい。
あの一瞬で、二枚も。
――いや、すごい。
この規模の鉄の壁を。
初級魔術より早く。
しかも、二枚も。
彼女の得意魔術なのかもしれない。
これだけ取れば、ゼオンリーより早いから。
ベイルが二枚目の壁も溶かしに掛かる、が。
それと同時に、壁は消えてしまった。
使用者に解除されたのだ。
つまり、逃げられた。
廊下には、もうアラーネの姿はない。
土の道ができていた。
一面に広げた「ぬるぬる粘着水」を土で埋め立てたのだ。
廊下のど真ん中を行ったのは、他の罠を警戒してのことだろう。
窓や壁にはベイルの罠がある。
だから近寄らなかった。
廊下は水。
窓や壁は土。
そういう仕掛けで逃げ道を塞いでいたのだが……。
「こりゃ昨日とは違う手を考えないと、通用しそうにねぇな」
「そうですね。
このままじゃ今日は全敗するかも」
偽教師も教師。
これを肝に銘じて策を練らないと。
昨日やったことは、通用しない。
そう思っていいだろう。
その辺の情報も、きっと共有されているから。
「……にしてもアラーネ先生が偽教師かぁ」
ベイルは面識があったらしい。
だいぶがっくり来ている。
同じ土属性同士。
縁があったのだろう。
「まあいいじゃないですか。
女性なんだし」
「いやそういう問題じゃねぇだろ。
あの人、どういうつもりで授業とかやってたんだろうな……」
「授業やってるんですか?」
「やってるんだよ。めちゃくちゃわかりやすくて優秀な先生なんだぜ」
「じゃあいいじゃないですか。
二十代後半のレディなんだし」
「十年以上そう言ってるけどな」
「逆にいいじゃないですか。
歳を取らないレディなんて、この世にたくさんいますよ。みんなお嬢さんですよ」
「……おまえほんとすげぇな、そういうとこ」
◆
クノンたちが偽教師対策を相談している頃。
「――すまん、その、教員資格失効についてなんだが……」
学校の受付カウンターに、偽教師キーブン・ブリッドの姿があった。
「ああ、はいはい」
受付嬢ルーベラが、にこやかに対応する。
「キーブン先生は大丈夫です。
教師の資格を持っていたこと、ちゃんと憶えていますから」
キーブンはほっと胸を撫でおろす。
お叱りはないらしい。
今のところは。
「いや、本当にすまない。
知らぬ間に身分証が新しくなっていたらしい」
「お互い様ですよ。
私も細かく見てなかったですから」
――教師全員、ほぼ顔パスで通していた。
挨拶しつつ身分証を見せながら素通りする、という感じで。
いちいちしっかり確認などしない。
だって知っている顔だから。
だから、一番最初に確認して。
あとは顔パスになる。
特にキーブンのことは、ルーベラは憶えている。
彼はちゃんと教員資格を持っていることを。
「こちらに記入をお願いします。
身分証再発行の申請書になります」
「わかった」
名前を書くだけでいいらしい。
どうやら、面倒な手続きも必要なさそうだ。
「今、こういうの多いかい?」
ここ数日。
クノンたちの調査のせいで、偽教師があぶり出されている。
キーブンもその中の一人である。
表向き、なんの問題もなさそうだが。
一部の教師たちは、気が気じゃないのではなかろうか。
「そうですね。何人かは来ましたね」
出頭している者もいるらしい。
……。
「あの、彼女は……?」
キーブンの横に、泣いている女性教師がいる。
顔は知っている。
だが、名前も属性も知らない相手だ。
そんな人が、泣いている。
キーブンが来るまで、受付嬢と何か話していたようだが……。
「その、なんといいますが……なんとかならないか、と頼み込まれていました」
と、ルーベラは苦笑する。
「個人的な理由なので詳細は話せませんが……」
「ああ、そうか」
まあ、泣くほどの理由があるのだろう。
――ちなみに、泣いている女性教師サリーは。
実家に帰れ、国に帰れ。
そんな要請ばかりしてくる故郷に、「教師になったから帰れない」と嘘の報告をしてしまい。
何度も教員資格試験を受け。
落ちて。
落ちまくって。
ここ数年は、試験も受けなくなって。
なんとなく。
誰に何を言われることもないので。
そのまま学校に住み着いていた、らしい。
そして、いつの間にか教師扱いをされていた。
ずっと学校にいるからそうなんだろう、みたいな論調で。
これ幸いと、サリーは動き出した。
私は教師です、という顔をして。
堂々と活動していた。
要するに。
今回の調査であぶり出されて、窮地に陥った偽教師だ。
「帰りたくない」と駄々を捏ねているところに、キーブンがやってきたのだ。
――どうしようもない。
受付嬢に、教師の進退を左右する権限など、ない。
偽教師ならもっとない。
だって、本来なら学校には関係ない人だから。
頼まれても困るだけだ。





