497.教師リーグの推薦状
※2025/12/30 修正しました。
「――なんとなく聞いたことはあったんですけど」
試作品二号を持って。
ベイルとクノンは、まず教師リーグの研究室にやってきた。
彼の研究室はとても綺麗で静かで、暗い。
特に。
壁際に並べられた鉱物が目を引く。
まるで洞窟のようだ、とクノンは思った。
「新しい魔術や学説、魔道具って、まずは教師に見せるものなんですね」
という話を、今聞いたところだ。
「え? おまえ知らなかったのか?」
ベイルが意外そうな顔をする。
派閥の始まり。
かつては成果を奪われる、という事件もあったらしい。
というのは聞いたことがあるが……。
「そうですね。
聞いた気もするし、聞かなかった気もするんですけど……。
でもほら、単位くれるのって先生ですから。
だから自然と、まず先生に見せるじゃないですか」
だから考えたこともなかったのだが。
……だが、そう考えると。
以前行った「魔道式飛行盤」の試行。
あれは結構な部外者に手伝ってもらったものだ。
「あまりよくないのだよ」
落ち着いた低い声。
黒いローブに黒いフード。
絵に描いたような魔術師の男。
土魔術師リーグ。
ベイルが最も尊敬する教師だそうだ。
ちなみにクノンは面識がないし、彼を見かけたこともない。
完全に初対面である。
声からして、二十代か三十代だと思うが。
それ以上はわからない。
暗がりが関係ないクノンにも、まるで見えない。
元から見えないが。
――彼の背後には、銀鉱石のいびつなゴーレムが憑いている。
かなり大きい。
もしかしたら、彼は三ツ星かもしれない。
「この手の記録媒体は、だいたい各国が持っている。
形や技術、製法もまちまちだがね。
そして隠している。
自国だけで管理しているわけだ。
ゆえに、こういうものは徒に広められては困るのだよ。
こういうものが広まると。
隠している意味と、独占している利が失われる。
こういうのばかり作っていると、最悪国に睨まれるよ」
恐ろしい話だ。
……。
クノンは冷静に、これまでの学校生活を振り返る。
本当に恐ろしい話だ。
記録媒体。
いたずらに広める。
……「声を記憶する小鳥」は大丈夫だろうか。
あれは記録媒体と見なされるのだろうか。
「気を付けたまえよ。
特級生は優秀だ、見ただけでそれが何かを看破する者もいるだろう。
軽はずみに見せて、研究結果を盗まれる。
そんなこともあるかもしれない。
そして、そんなことがあっても文句は言えないのだよ」
まあ、そうだろう。
クノンもいろんな魔術を見て。
特徴や効果を学び、再現してきた。
言ってしまえば、それも「盗んでいる」ことになる。
だから文句は言えない。
自分もやっているから。
「……それにしてもこれはなかなかだよ」
と、リーグはベイルから受け取った「景色を記録する魔道具」を子細に眺める。
ちなみにそこには。
今記録した、ベイルとクノンが写っている。
まあこの暗い環境だ。
誰かが二人立っている、くらいしかわからないが。
「これほどコンパクトで単純構造、かつありふれた素材で造れるものなのか。
これは欲しがる国も多そうだよ」
それはクノンも思う。
ぜひミリカを記録したい。
そして自室の机の上にでも飾っておきたい。
「単位は二点あげよう。
ただし公表は控えたまえ。秘匿するように」
やはりそうなるか。
「生徒たちには見せるな、ってことっすか?」
「ああ。この技術は広めてはいけない。
あくまでも個人で使いたまえ」
……まあ、妥当な線かもしれない。
「景色を記録する魔道具」の披露は終わった。
これから試行を重ねて完成させて。
それからレポートを提出する、までの話がついた。
ひとまず、魔道具の件はこれで片付いた。
単位も二点貰えるそうだ。
非常に嬉しい。
「あの、先生、リーグ先生」
本題が終わるのを待っていたクノンは、ようやく違う話をする。
「何かね?」
「あそこの棚にあるのって、淡炎水晶ですか? 淡炎水晶ですよね?」
「わかるかね?」
「やっぱり!?」
壁際に並べてある鉱石や原石。
よくよく見れば、すべて珍しいものだが。
クノンが特に気になったのが、淡炎水晶の原石。
炎を思わせる朱を帯び、奥底が明暗する魔的素材だ。
あれは高い。
爪の先ほどのサイズでも、何百万はする。
にも拘わらず、一抱えはあろうというサイズだ。
あれ一つで屋敷が建つ。
冗談抜きで。
とても貴重な一品である。
「いいだろう? 私のコレクションの中でもかなり珍しいよ。
あれくらいになると、もはや金額どうこうの話ではなくなる。
どこで見つけたと思う?」
「えー!? どこだろう!? 特産地でも滅多に出ないアレですよね!?」
だいぶ気分が盛り上がってきたクノンだが。
「あ、先生。俺らはこの辺で失礼します」
ベイルが割り込んだ。
「え? もう行くのかね?」
リーグも拍子抜けという感じだ。
語りたかったのだろう。
珍しいコレクションのことを。
「先生、石の話し始めたら長いじゃないすか。
俺はまだ土属性だから興味深く聞けましたけど、そうじゃないときついっすよ」
むしろ聞きたいのだが、とクノンは思った。
師ゼオンリーも原石や鉱石が好きだった。
何くれと聞かされていたので、クノンも興味はあるのだ。
が。
ベイルが「長い」と言う以上。
たぶん、本当に、一度始まると長いのだろう。
クノンが想像する以上に。
ここは引いた方が無難かもしれない。
次の予定もあるし。
「ああ、そうか。彼は水だったね」
「……僕のこと知ってました?」
クノンは、ベイルの付き人みたいにやってきた。
自己紹介もしていないのだが。
「ああ、私はウィーカー先生の弟子だから。
師から君の話は聞いているのだよ」
ウィーカーと言えば、あの不眠のレディだ。
睡眠提供の商売をやめてから。
すっかり会わなくなってしまった。
「彼女を眠らせてくれてありがとう。
君が入学してから、彼女は三十歳は若返ったよ」
三十歳も。
元の年齢がわからないので、なんとも言えないが。
「ウィーカー先生って、あのおばあちゃんっすよね?
……若返りすぎじゃないすか?」
「何か不都合でも?」
クノンが率直に問うと、ベイルは「いや、なんでも」と言葉を濁した。
文句がないならいいだろう。
そう。
女性の肌年齢は若返る。
いつだってあの頃を取り戻せる。
ただそれだけのことだ。
「えっと、八十代のうるおいお肌が、五十代のぴちぴちお肌に?」
クノンが問うと、リーグは頷く。
「そうなのだよ。
枯れた軽石から、うるおいのクエイ石のように。それくらいの変貌なのだよ」
すばらしい。
そう言わざるを得ない。
「ついでに『おまえらは何十年も私の弟子やっとるのにベッド一つ作ってくれんかったなぁ』と嫌味も言われたよ。
『冷たい弟子どもの相手をしていたら早死にしちまうわい』とも言っていたっけ」
相変わらずブラックなジョークを飛ばしているようだ。
「――ああ、ちょっと待ってくれ」
お暇しようとしていたクノンらを、リーグが止めた。
「これから時間はあるかね?」
「魔道具を試すつもりですけど」
「なら好都合だ。少し待ってくれ――よし」
一筆書いた紙を封筒に入れ。
リーグは立ち上がってこちらへやってきた。
立ち上がると、余計に魔術師らしい。
このローブ姿は魔術師にしか見えない。
「これを持って理事長に会いに行ってくれたまえ」
「は? 理事長、って……」
ベイルは驚いている。
もちろんクノンも驚いている。
理事長。
この魔術学校の全権を握っている偉い人だ。
グレイ・ルーヴァはこの地の支配者である。
しかし政治はしない。
魔術学校の運営もしていない。
まあ、世界最強の後ろ盾ではあるが。
このディラシックは、あくまでも。
グレイ・ルーヴァの名の下に集った、有志たちの作った街である。
その有志の代表の一人が、理事長だ。
街には街の代表もいるらしいが、それ以上のことはクノンは聞いたことがない。
「詳しくは理事長に聞いてほしいが、簡単に説明する。
現在、この学校にどれくらい教師がいるか、確かめたいそうだ。
ふらっと旅立っている教師がいる。
学校に来ていない教師もいる。
長く一ヵ所に留まらない者も多いから、把握しきれていないらしい。
一度ちゃんと確かめたいそうだ。
そこで、その魔道具の出番だ」
つまり。
「なるほど。
試すなら丁度いいかもしれませんね」
「景色を記録する魔道具」で教師たちを記録しろ、と。
「手紙は推薦状だよ。
話が通れば、理事長から報酬も出ると思うのだよ」
「ああ、いいっすね。魔道具試すついでに小遣い稼ぎもできると。
どうだクノン?」
「問題ないと思います」
クノンも気になるから。
このリーグのように。
まだ会ったことのない教師もいるだろう。
どんな人がいて。
どんなことをしているか。
とても興味がある。
――そもそも、ジュネーブィズとエリアが帰ってくるまで待つ必要がある。
教師探し。
悪くない過ごし方だと思う。
まあ、理事長に話が通ったら、の話だが。





