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480.引っ張られる





 今日も弦楽器の音が続いている。


 音楽室が近付くにつれて。

 はっきり聴こえてくる。


「ひ、ひい……音だけ聴こえる……!」


 そして、目的地に到着した。


 荒れた教室に、転がる机や楽器。


 ずっと前に時間が止まってしまったかのような空間。


 唯一の変化は、寂しげな旋律が聴こえることだけ。


 正体不明の音の調べに。

 サンドラの右腕にしがみついているユシータが、怯え切った声を漏らした。


「何がそんなに怖いんだ? 今更音が聴こえるだけで」


 彼女に対するサンドラは、ひどくドライである。


 ちなみに。

 三人の後ろに続いてきたクノンも、サンドラと同じ意見である。


 音以外。

 ほかの怖い要素、驚く要素。


 触れるべき点は、たくさんあると思うのだが。


 たとえば、クノンの頭上とか。身体とか。

 今日もぴちゃぴちゃやられているし、手もいっぱいだ。ひんやりしている。


 あと、ユシータの背後とか。


 たぶん本人は気づいていないと思うが。

 もやっとした人影が、すぐ後ろに、ぴったりと張り付いている。


「ああ、これか……。

 いい!? 一曲だけだからね!? 絶対に一曲だけだから!」


 サンドラの左腕にしがみついていたカシスが、念を押す。


「おう、頼むわ――あ、ちょっと待て」


 と、サンドラは両手の花を離して。


 荒れた教室を片付け始めた。


 と言っても、近い机や楽器を外側に移動させるだけだが。


 教室中央だけ空けるつもりなのだろう。


 その間に、カシスは持参したバイオリンを取り出す。


「……早く終わらせてよね」


 ユシータも片付けに参加する。

 人影を背負ったまま。


 こうなると。


 女性だけに作業をさせるわけにはいかない。


 片付けが苦手とか。

 そんなことを言っている場合ではない。


 紳士として。


「僕も――」


 歩き出そうとした瞬間。


「「動くな!」」


 ユシータとカシスの目がギラリと光った。


「クノン君は来るな! 怖いのよ! 何その手! あとその上の奴!」


「あんたはいいから見てろ! 見えるとか見えないとかもういいから、その辺で大人しくしてろ!」


「……」


 散々である。

 手伝おうとしただけなのに。





 仕方ないので、三人を見守ることにした。


 ――カシスはバイオリンが弾けた。


 本人曰く「一応弾けるだけ」とのこと。

 腕がいいわけではないのだとか。

 

 ウフル・シヴァンは知っていた。

 弾いたことはないが、聴いたことはあるそうだ。


 街で借りたバイオリンと、探し出した楽譜で。

 練習してきたそうだ。


 思ったより簡単だった、とは言っていたが。

 時間を取ったのは確かである。


 頭が下がる。

 今回は本当に世話になっている。


 ――今日のユシータは、とばっちりである。


 カシスが「一人だけ逃げるのは許さない」と言い張り。

 ちょっとケンカになったりもしたそうだが。


 結局ここにいる。


 詳しく聞くつもりはない。

 頭が下がる。


 でも、今日は来なくてもよかったと思う。

 本当に。


 ――サンドラは優しさだ。


 たぶんそれ以外はないと思う。


 なんというか。

 思い立ったら即行動の行動派なのだろう。


 素敵である。





 そんなことを考えている間に、準備ができたようだ。


 空いた中央のスペース。

 カシスと、見えないドレスの女性が向かい合っている。


 いよいよだ。


 曲が終わるのを待つ。

 次の演奏が始まる時に、カシスが合わせるそうだ。


 ――少しばかり都合がいい。


 離れていろ、と言われて少し傷ついたクノンは。


 音楽室に入ってすぐの場所。

 つまり、出入り口付近にいる。


 もし何かあったら。

 教師クラヴィスの元へ走る予定だ。


 かつて、師ゼオンリーとともに、ディラシックの夜を駆けたのだ。

 謎のオーガに追われて。


 あの件は忘れられるものではない。


 今回は……さすがに追われることはないと思う。

 ドレスの彼女が怒る理由はないだろう。


 だが、何があるかわからない。


 一応、迷ったのだ。

 クラヴィスに相談することを。


 だが、もしも止められた場合、試すことができなくなる。


 もっと言うと。


 なぜドレスの女子が見えるのか、と。

 クノンの「鏡眼」のことを聞かれる可能性がある。


 それは避けたかった。

 これに関しては国の意向だ、話せないのである。


 この前、成り行きで婚約者ミリカに話してしまったが。


 あれは事故である。

 あくまでも事故である。


 ――とにかく。


 もし危険があった場合。


 クノンは全力で彼女らを守る。

 身を挺してでも。


 そして、自分には無理だと思えば、即クラヴィスを呼ぶ。


 そう決めてきた。


 幸い、ここにいる三人のレディは皆魔術師。

 しかも腕が立つ。


 余程のことがなければ。

 解決は無理にしても、対処くらいはできるだろう。


 ひとまず逃げるとか。

 危険を足止めするとか。


 それくらいは、きっとできる、はずだ。


「そろそろだな」


 サンドラの声に、クノンの思考が止まる。


 曲が終わる。

 カシスがバイオリンを構える。


 サンドラは、何が起こるかとわくわくしている。


 彼女に寄り添うユシータは、サンドラの後ろに下がり盾にする。


 ――果たして、紡がれる音色が途絶え。


 また、始まった。

 終わりのない音が繰り返される。


 だが、今回はそれに合わせて。

 カシスの音が重なった。


 途端。


 細く寂しい旋律に。

 厚みと温かみが加わった。


 音が豊かになる。

 二重の音とは思えないほどに。


 そうして――クノンは見た。


「なんだ……?」


 中央に、線が発生し始めた


 幾重もの線のようなものが。

 カシスと女性を取り巻くように。


 まるで繭を作る糸のように。


 音が見える――直感でそう思った。


 いや、実際どうだろう。


「鏡眼」で見えるこの糸は、音か?

 旋律なのか?

 

 青、緑、白、赤。

 多彩な色の糸が、二人の周りをぐるぐると回り――


「えっ!?」


 手を、引かれた。


 突然、クノンの右手が、見えない何かに強く引かれた。


 いきなりのことに体勢を崩し。

 杖を落とし。

 引かれるまま、クノンの身体は前に導かれる。


 その先には――


「お、なんだなんだ」


 同じように。

 謎の力で引っ張られるサンドラがいて。


「……っ」


 邪魔者の乱入に迷惑そうな顔をしたカシスは、後ろに下がった。


 そう。


 クノンとサンドラは、教室の中央に呼ばれた。


 向かい合い。

 見詰め合う。


 この場の意図が、嫌でも伝わる。


 ――何せ身体の自由が利かないのだ。


 足が動かない。

 手も動かない。


 この場から離れることができない。


 動かせるのは、顔くらいか。


「……おまえ踊れる?」


「ちょっと怪しいです」


「足踏んだらなんか奢れよ」


「わかりました」


 抵抗を止め、身体を委ねると。


 自然とクノンの右手が上がり。

 差し出されたサンドラの左手と重なった。


 導かれるままに。





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― 新着の感想 ―
またヤキモキする手紙確定だよ しかも今度は辺境伯の娘
浮気だ
また、ほら、婚約者殿への手紙の内容がこう、あれだよ
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