371.アイオンは夜型
2024/07/01 修正しました。
ロジー邸で今後の話をして、数日。
いつかのように、クノンの行動パターンが決まってきた。
午前中は学校へ。
昼頃にロジー邸へやってくる。
そしてシロトの腕の観察をするのだが――
「びっくりするよね」
今日は「自由の派閥」アイオンと、顔を合わせることができた。
いや。
グレイ・ルーヴァの直弟子アイオン、と言うべきか。
この数日。
彼女とは生活習慣が違うようで、ほとんど会えなかった。
会ってもゆっくり話はできなかった。
クノンの門限などがあったから。
どうもアイオンは夜型らしい。
この屋敷に泊まり込んでいるが、活動時間はほぼ真逆だ。
まあ、夜の観察をする人も必要なのだ。
問題も文句もない。
今日は早い時間に、廊下で会えた。
たぶん、これはイレギュラーなのだと思う。
「私もここで会うまで知らなかったよ……」
二人が顔を合わせ、真っ先に話したこと。
それはグレイちゃんのことである。
あのグレイ・ルーヴァが、魔人の腕の定着観察に参加する。
アイオンも事前に聞いておらず。
ここで会うまで知らなかったそうだ。
「あの、グレイ・ルーヴァってどんな人なんですか? 色々と戸惑うばかりで……」
遭遇するたびに絡まれているクノンである。
毎回デートに誘われる。
別に嫌いなわけじゃないから、一度くらいはいいかという気はしている。
だが、やはりグレイ・ルーヴァである。
誘い文句も一筋縄ではいかない。
魔術に関する質問をしてみると、「デートしたら教えてやるぞクックックッ」と邪悪に笑うのだ。
まさに悪魔の誘惑である。
本当に性質が悪い。
そんなことを言われたら、一度の関係では済まなくなる。
きっと二度、三度と、邪でただれた魔術師の関係が始まってしまう。
自分には愛しき婚約者がいるのに。
……ミリカはデートくらい許してくれないだろうか。
いや、そんなの紳士じゃない。
迷うな。
ちょっとくらいならいいんじゃないかと思うけど、迷うな!
「結構自由な人だと思うよ。
急におかしなことを始めても不思議じゃないし、変なミスをするのもらしい気がするかな。
いろんな逸話が示す通りに魔術が得意だけど、それ以外は割と普通の人かも」
小声で囁くように言うアイオン。
なるほど、確かに堅いイメージはない。
堅そうなイメージはあったが、それに反して……という感じだ。
厳格がある、堅そう。
その点で言うなら、尊敬する教師サトリの方がまだそれっぽい。
「でも恐れ多いでしょう?
アイオンさんやシロト嬢みたいに、大地を照らす陽光のように親しみを持てないというか……気軽に接することができないです。
素敵なレディであることはわかるんですが……」
「まあ、恐れ多いよね。でも遠慮してばかりだと何も始まらないからね」
確かにそうだ。
遠慮していても、得るものがない。
グレイ・ルーヴァは世界一有名な魔女だ。
嘘のような逸話を多数持つ、生きる伝説とも言える存在。
……でも、ここにいる間は、違う。
ロジー・ロクソンの遠い親戚。
グレイちゃんなのだ。
何を遠慮する必要がある。
いつも通り、きわめて紳士的に接すればいいだけじゃないか。
そう、いつも通りに――
「――おう、密談か?」
「うわぁ!」
「出たぁ!」
アイオンが声を張り上げて飛び上がり。
クノンも「出たぁ」とか言ってしまった。
「いつも通り」?
無理だ。
やはり、落ち着いてなどいられない。
「なんだおまえら。儂の悪口でも言ってたのか?」
すぐ傍にグレイちゃんがいて、呆れた顔をしている。
いつの間に来たのか。
いつの間に接近したのか。
全然わからなかった。
――恐れ多いのだ。
どれだけ自分に言い聞かせても。
彼女はただの素敵なレディだと言い聞かせても。
恐れ多いものは恐れ多いのだ。
直弟子のアイオンも。
まだまだ彼女に慣れてはいないのかもしれない。
まあ、仕方ない気はする。
グレイちゃんには緊張するのだ。
あのロジーでさえもだ。
緊張して接している。
「デートはちょっと……私には義娘もペットもいますし……」と断っている姿を見た。
あんな紳士の見本のような初老の男でも、緊張してしまう相手なのだ。
仕方ないだろう。
「まあいい。シロトと甘い物を食いに行くが、一緒に来るか?」
ここ数日。
グレイちゃんとシロトは、よく一緒に外出している。
元々面倒見がいいシロトである。
グレイちゃんのことを可愛く思っているのだろう。
この屋敷でグレイちゃんのデートを受け入れているのは、シロトだけである。
――今は、知らないという事実が、とても羨ましい。
「ごめん……私はグレイ・ルーヴァとはそれなりに長い付き合いになるけど、いきなり出てこられるとまだアレで……気が弱いから……」
グレイちゃんを見送り、アイオンは溜息を吐いた。
仕方ない。
彼女は本当に、それほどまでに偉大な存在だから。
――まあ、一旦グレイちゃんのことは置いておこう。
ここでアイオンと会えた。
クノンにとっては幸運だった。
ロジーやシロトには、相談しづらいのだ。
ロジーは滅多に自分の研究室から出てこない。
造魔方面の仕事で忙しいそうだ。
シロトも今はここに住んでいるが、常に忙しそうだ。
観察対象だし、派閥の代表として活動もしているし。
自分の実験や研究もあるし。
おまけに今は、この屋敷の簡単な家事を担っているし。
更には造魔犬と造魔猫の面倒も見ているし。
グレイちゃんとのデートも欠かさないし。
なんというか。
「調和の派閥」の代表になるべくしてなった人だと思う。
なった時は二年生だったはずなのに。
まあとにかく。
これだけ忙しい彼女には、相談などできやしない。
「アイオンさん、あなたを背の高いレディと見込んで相談したいことが……」
「何? 背の悩み?」
グレイちゃんのことで、落ち着かない日々が続いていたが。
いつまでも観察だけしているのは勿体ない。
この場所、この環境でできることは、きっとたくさんある。
魔人の腕を観察する傍ら、何かをしたい。
できれば実験や開発をしたい。
いい題材はないだろうか。
そんな話をすると、アイオンは「背の話関係ないんだ……」と呟き、考え込む。
「クノン君とは属性も専攻も違うから……なんとも……」
まあ、そうだろう。
アイオンは魔属性で、クノンは水属性だ。
できることが違う。
目指す方向性も違うだろう。
もっと言えば、アイオンはクノンより先を行く魔術師だ。
クノンのレベルまで下げて考える必要がある。
まあ、クノンとしては。
身の丈に合わない高レベルの開発実験も望むところだが。
先日の魔人の腕開発実験は、とても勉強になったから。
やるとなれば必死で頑張るだけだ。
「……クノン君がやりたいことは?」
「色々ありますけど、ここではできないものが多くて……」
真っ先に思い浮かぶのは、多機能豊穣装置だ。
遠征先で作ろうとして。
でも失敗した、あの魔道具。
あれが今一番の気掛かりではあるが……。
しかし、あれは関係者以外と開発することはできない。
ロジー邸でやると情報漏洩になってしまう。
「――あ」
アイオンは声を漏らした。
「君は魔道具、作れるんだよね?」
「少しなら」
師ゼオンリーほどはできないが。
まあ、単位が貰えるくらいには、できていると思う。
「じゃあ、温泉が出る魔道具ってできないかな?」
「おんせん?」