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367.まだ戻ってないらしい





 隣の空き教室には、クラヴィスとキーブンがいた。


 そして、教室は植物が溢れていた。


 つまり。


「もしかして、この教室はレイエス嬢が借りたんですか?」


 彼女が借りて、先生方は引っ越しと植物の世話を……。


 と、考えたが。


 ありえないか。

 教師に雑用なんて頼めないだろう。


 ――とも思うのだが、そこに「理由」があれば、話が変わってくる。


「それもちょっと違うんだ……あまり聞かないでくれ。訳ありだ」


「そうですか」


 クノンはもう聞かないことにした。


 返答するキーブンが、明らかに困っているから。


「そもそもレイエスはまだ学校に帰ってきていないよ」


 と、クラヴィスが言った。


 手に持ったジョウロから、鉢植えに水を注ぎながら。


 なんだか優雅である。


「まだ戻ってないんですね」


 遠征から帰ってきて、約二週間くらいだろうか。


 聖女はまだ戻っていないらしい。


 彼女と侍女たちとは、遠征先で別れた。


 帰りにセントランスに寄る。

 つまり故郷、実家に顔を出してからディラシックへ戻る、と言っていた。


 行きに「一緒にセントランスへ来ないか」と誘われたりもしたが。

 結局、クノンは行かなかった。

 

 というか、行けなかった。


 思いのほか遠征が長引いたから。


 色々と気掛かりもあったから、魔術学校へ戻ることを優先した。

 そして、すぐに魔人の腕開発実験に臨んだのだ。


 なんだか忙しいし、慌ただしい。


 クラヴィスが優雅に見えるのも、最近は気が急いているせいかもしれない。


 いや。


 実際彼が優雅なのだろう。本当に。


「ちょっと遅い気がしますね、レイエス嬢」


 クノンらが戻ってきたのは、二週間前だ。


 彼女は今、実家にいるのか。

 それとも別の用事か――


「私の読みでは妥当かな」


「え? そうですか?」


「光る種に、貴重な霊草や薬草類の栽培。

 この辺の頼み事で、足止めを食らっているんじゃないかな。レイエスにはできることがたくさん増えたようだからね」


 なるほどありそうだ、とクノンは思った。


 セララフィラに頼んだ地下温室。


 あれが作られた理由も。

 その手の依頼が増えたから、と言っていたはず。


「それにしてもこの技術は面白いね。私も知らなかった可能性だ」


「……」

 

 クノンは少し迷った。


 迷ったが、きっと。

 たぶん。


 このタイミングでクラヴィスがそれを言うということは。

「今なら聞いてもいいよ」というサインではないか。


 そう思ったので、聞いてみた。


「これ『結界』ですか?」


 そこら辺にたくさん並ぶ鉢植え。

 それを覆う、ドーム状の光の膜。


 もう隠しようがないだろう。

 隠しようがないほどの「結界」だろう。


 丸出しだろう。

 こんなの。


「似たようなものだと思ってくれていい」


 似たようなもの。

 正確には違うのだろうか。


 それはそれで気になるが……これ以上は教えてくれないと思う。


 だから、話を変えることにした。


「つまり、この教室はクラヴィス先生の実験?」


「うん」


 なんだか嬉しそうに彼は頷いた。


「レイエスがディラシックを出ている間、彼女はキーブンやスレヤに植物の世話を頼んだらしい。


 で、いつだったか、私も手伝いで参加してね。


 それで興味が湧いたから、私も同じ実験を始めてみた、ってわけだ」


 同じ研究を。


「霊草の栽培とかですか?」


 見れば、植物の種類にはばらつきがある。


 だいたいは聖女の教室で見たことがある。

 貴重なものも、そうじゃないものも、たくさんある。


「それも含めているよ。


 本当に興味深い現象だ。

 これは要するに、人工的な聖地を作って簡易的温室にしているんだね。

 

 ――植物に効果的、というのは知らなかったな。ただの遮断や障壁でしかないと思っていたんだが」


「『結界』が?」


 クラヴィスは答えず、笑った。


 やはり、はっきりは教えてくれないらしい。


 ……見れば見るほど、これは聖女の「結界」でしかないと思うのだが。


 まあ、見えないが。





「ところでクノン、何か用事があったのか?」


 ついでに一緒に水やりをしていると、キーブンが問う。


 クノンは何をしに来たのか、と。


「あ、そうだ。新しいお隣さんに挨拶をしようかと思って」


 そう思って来てみたのだが。

 しかし、だ。


「でもこれってずっとやるわけじゃないでしょう?」


 クラヴィスの実験室は、この校舎にはないのだ。

 なのにここで実験をしている。


 つまり、一時的な間借りだと思う。


「そうだね。だいたいのデータは取れたし、もうすぐ撤収するかな」


 読み通りのようだ。


「それにしても、こういう過ごし方もいいね。

 たまにはこうして植物を愛でて、植物に囲まれてのんびり読書でもしたいものだ」


 わかる、とクノンは思った。


 遠征から帰還して。

 それからずっと忙しい。


 興味深いことばかりだから、苦にはならないが。

 しかし、やはり疲れは溜まってしまう。


 たまには療養も必要だと思う。 


 のんびり読書。

 今は最高の贅沢だとさえ思える。


「ああ、いいですね。ここのところ肩の凝ることばかりしていますから」


 キーブンも同感のようだ。


 



 クラヴィス、キーブンと別れ。


 クノンは今度こそ自分の教室へやってきた。


「……さて、と」


 さあ、レポートだ。


 午前中はこれに集中して。

 昼過ぎにはロジー邸へ行く予定である。


 ――今頃は、シロトに魔人の腕を移植している頃だろうか。


 今日の午前中にやる、と言っていた。

 クノンも見たい、立ち合いたいと頼んだのだが。


 ダメだった。


 シロトが断固拒否した。

「裸を見られるより恥ずかしい」とまで言われた。


 僕見えませんけど、なんて。


 そんなこと言えないくらい、はっきりした拒絶だった。

 さすがに食い下がることなどできなかった。


 ただ、経過は見せてくれるらしい。


 移植自体はすぐに済むが。

 完全に馴染むのは、数ヵ月は掛かるとか。


 人体パーツの移植。

 それも、造るのが困難な魔人の腕だ。

 

 当然、経過は気になる。

 ぜひ観察したい。


 クノンにとっては、違う意味でも気になることだ。


 クノンの目標は、目玉を作ることだ。

 正確に言うと視界を得ることだ。


 自前のものがある。

 だから、さすがに目玉を移植……とまでは、考えていないが。


 しかし、それも選択肢の一つでは、あるのかもしれない。


 その辺を見定めるためにも、移植後の状態や変化は、見ておきたい。





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― 新着の感想 ―
[良い点] あ、そういえば視界を得るのが目的でしたっけ。 すっかり忘れてた…
[一言] そういや人工結界はいつから再開するんだろ?もしかして領地に戻ってからになる?
[一言] 更新ありがとうございます!
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