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276.例の時間





「――うん、だいたいこんなものか」


 木材貯蔵庫で仕事を始めたのは、ハンク・ビートである。


 切り出した丸太材が運ばれる、開拓地でも大きな建物。

 そこで木材を割り、薪を作っている。


 本来なら、木材を乾燥させるために何ヵ月か掛かるのだが。


 火の魔術を使えるハンクならあっという間だ。


 まあ、貯蔵量はすでに充分あったようだが。

 この冬を超えるだけの余裕はあったが、まあ、ありすぎて困ることはないだろう。


 魔術や施設がない場合、水分を抜くのに何ヵ月も掛かるのだ。


「――ハンクさん。お願いしますー」


「ああ」


 午前中は薪作り。

 昼を過ぎたら、開拓民の女性たちに呼ばれる。


 別にモテているわけではない。

 次は茶葉作りや燻製作りで、それらは女性がやっているだけだ。


 一応、簡単な金属製品の修理もできるが。

 その辺の仕事はもう終わっている。


「どうです? ここでの生活は慣れましたか?」


 呼びに来たのは、屋敷で仕事をしているメイドのイコ・ホーンズである。


「そうだな。ちょっとのんびりしているが、問題はないかな」


 並んで歩くハンクは、問題はないと思っている。


 暇じゃないか、と問われれば。

 少し暇だと答えるだろう。


 だが、それでも問題ない。


 いつまでも、あのクノンが動かないわけがない。

 彼が動き出せば、相応に忙しくなるだろう。


 だから、暇なのは今だけだと思っている。





 食品加工は、人が集まっても余裕がある広い屋内。

 つまりあの屋敷の一室で行われる。


 担当の女性たちが集まり、作業をするのである。


「――やはり香りがいいな」


 室内には茶葉の香りが満ちていた。


 強く爽やかで、甘くて、どことなく気高い。


 ヒューグリアでは一般的な、ルグスという茶葉だ。

 紅茶の一種である。


 だが、赤い色は薄くしか出ず。

 湯にちょっと色が付く程度のものだ。


 そのせいで上流階級からは好まれていない。


 彼らは何より、見た目にこだわる。

 華やかじゃないものは敬遠する。


 だから、あくまでも、庶民が楽しむ茶葉である。

 安価であることも含めて。


 その認識が少し変わったのは、ここ最近のことだ。


 ――どこからか流れてくるルグス茶は、ピンク色の可愛らしい紅茶だ。


 そんな噂が流れ始めている。

 まあ、王都辺りの噂や評判など、ここに入ってくるわけもないので、誰も知らないことだが。


 実は、産地はここである。


 王宮魔術師がやりすぎた温室で育てたルグス茶を、ミリカが気に入った。

 思った以上に出来がよかったからだ。 


 そして――


「今日もよろしくお願いします、ハンクさん」


「あ、ミリカさん。微力ながらお手伝いします」


 今日は茶葉作りだ。

 手伝いに来たミリカに挨拶する。


 ――そして、ミリカが国王(ちち)側室(はは)に送った物が、広がった。


 国の中心からじわじわと噂が拡散しているのだが……。


 まあ、開拓地には関係ないことである。


「やはり便利ですね」


 広げたクロスに生の茶葉を乗せて。

火帯(カ・ツタ)」の魔術で手に熱を宿し、茶葉を揉む。


 こうして水分を飛ばして乾燥させるのだ。

 本来なら、茶葉を火で炙った後、それを揉むのだが。


 ハンクくらいになると、他人に付加するのも簡単である。


 ミリカ、イコとの三人で、ひたすら茶葉を転がす。


「――少し休憩しましょうか」


 どれほどの時間が経っただろうか。

 額の汗を袖で拭いながら、ミリカが言った。


 火傷はしないが、熱は発している。

 我慢はできるが熱いことには変わりないので、結構な肉体労働である。


 他の仕事をしていた女性たちが窓を開け、こもった熱を逃がす。

 今は冬の外気が心地いい。


「――お茶の準備ができましたよー。そろそろ休憩入れてくださいー」


 と、クノンの侍女リンコがトレイを手にやってきた。

 いいタイミングである。

 

 さて。


 人数分のカップと、人数分の小ぶりの柿。

 柿はアンバラという品種で、基本的には渋柿だ。しかも野生のものである。


「ハンクさん、お願いします」


「はい」


 指先で一つずつ触れ、――燃やす。


 焼くのは上だけでいい。

 これで焼き柿の出来上がりだ。


「「わあ!」」


 女性たちが歓声を上げた。


 皮が焦げ、煙とともに甘い香りが立ち上り。

 フォークで割ると、柿の実はどろりと溶けるように崩れた。


 覗くのは鮮やかなオレンジ色。

 いい焼き加減である。


 アンバラは渋柿だ。

 だが、焼き柿にすると非常にうまいのだ。


 焼くことで渋みが抜けた上の部位と、渋みを残した下の部位。

 合わせて食べると、癖はあるが独特の味になる。


 そんな休憩を経て、今日も穏やかな時間は過ぎていく――


 かに思われたが。





「――あ、ミリカ様。今日のアレ(・・・・・)、もう準備できてますよ」


「――ほんとに!?」


 こそっと囁いたリンコだが、ミリカの反応が大きかった。


 女性たちの注目を集めるが。

 彼女は「何でもない」と首を振って立ち上がる。


「用事ができたので外します。ハンクさん、例のアレ(・・・・)です」


「あ、はい」


 と、ハンクも立ち上がる。


 ――今日は早い。いつもより。


 だからミリカは驚いたのだろう。


 ハンクも驚いている。

 こんな、まだ陽も高い内から、始めていいのか……と。


 いや、まあ。

 嫌いなわけではないので、頼まれればやるだけなのだが。





 こんな時間からいいのだろうか……。

 ハンクはそう思いながら、ミリカの後を追う。


 ――これから酒の時間である。





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― 新着の感想 ―
[一言] 渋柿は皮を剥き、10日程度揉みながら干すとトロットロで柔らかなものになる。その状態で市販はされないが普通の乾いた干し柿とは全く異なる美味しさがあるとだけ書いておこう…。
[良い点] 火魔術師がめっちゃ生活に役立ってる……
[気になる点] 作者様は渋柿を食べたことがありますか? 渋は苦味と違って舌が痺れる感じでとてもじゃありませんが私は甘さと同時に楽しめるものではなかったです(´;Д;`) 急いで水道にいってうがいして舌…
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