201.次の機会は
「――なあ、もし魔術師以外の『一部出てるもの』を全部引きずり出したら、どうなると思う?」
ゼオンリーの言葉に、クノンは思った。
ああ、やっぱりその辺のことを考えるよな、と。
「見えるもの」と魔術の関係はわからない。
だが、法則らしきものがある。
ならば無関係とも思えない。
「師匠、僕も色々考えてきました」
――たとえば、だ。
「たとえば、この『見えるもの』は精霊だとしたらどうか。
基本的に一人一つ憑いていて、魔術師は何らかの理由で精霊の力を借りて魔術を放っている。
最近、精霊という存在が確かにいると確証が得られたので、こんな仮定もあるんじゃないと思います」
以前から精霊については聞く機会があった。
だが、確証が得られたのは最近だ。
先日の霊花騒動である。
あれはまさに精霊の仕業だった。
いまいち「精霊とは何か?」という疑問は解消できていないが。
確かなのは、精霊もまた魔術関係の存在であることだ。
「精霊なぁ……俺の見立てじゃちょっと違うっぽいんだよな」
「違いますか?」
「基本的に精霊は見えない。だが感じることはある。魔力そのものみたいな存在だからな。
でもおまえの今の仮定で言えば、魔術師じゃない奴にも一人一つは精霊が憑いてる、ってことだろ?
魔術師じゃない奴から魔力を感じたことがねぇ。一度もな」
「魔術師として覚醒したら感じるようになる、とか」
「というと、人体の中に魔力が閉じ込められている、とか? ――なんかピンと来ねぇな」
クノンも同感だ。
言ってはみたものの、己の経験と勘が違うと告げている。
「一部出てる人のそれに触れてみる、っていうのは考えたことがあるんです」
「お、やったのか?」
「いえ、さすがに怖くてできませんでした」
「あ? なんだよ怖いって」
いや怖いだろう、とクノンは憮然とした。
「何かわからないものに、何もわからないまま触るんですよ? ほかのことならまだしも、魔術関係にあるものなんですよ?
下手に触って何か起こったらどうするんですか」
魔術関係の代物には、迂闊に触ってはならない。
絶対にだ。
下手に触れると壊す、魔力が漏れ出す、暴走する。
だから何もわからないなら触るな、と。
そう教えたのはゼオンリーだ。
だからクノンは、実行しないのだ。
好奇心はあるが。
でも、取り返しのつかないことが起こることもありえるから。
「まあ……そうだな。魔術に関わる件なら、試しにやってみるってわけにはいかねぇか」
その通りだ。
「でしょ? 下手に触れて、もし相手が爆散したらどうするんですか」
「さすがに爆散はしねぇだろ」
「わかりませんよ? 下手に触れたせいで内なる魔力が暴発するかもしれませんよ。その結果爆散するかも。爆散って知ってます? 飛び散るんですよ?」
「うるせぇな知ってるよ。……まあ、しないと断言もできねぇか」
こと魔術においては、絶対はない。
あの魔術学校で一年も過ごせば学ぶことだ。
ありえない事件だって、あそこでは毎日のように起こるのだ。
普通に。
最近では聖女が知らない間に行方不明になっていたし。
気が付けば帰ってきていたし。
本国ではお姫様のような扱いらしいのに。
行方不明って。
その上、誰もそれに気づかないって。
でも、そんなことも普通にあるのだ。
「でもやってみてぇな。魔術の発展には多少のリスクはつきものだろ」
「それ、自分のリスクじゃないからそんなこと言えるんですよ」
「あたりまえだろ。俺は世界の財産であり、財宝だぞ。現に輝いてるだろ? 俺を失うなんて世界の輝きの損失だろうが」
「そりゃ輝いてますけど――あっ」
そういえば、とクノンは思い出す。
入学してすぐのことだ。
偶然、狭い通路の間に挟まっている何かがいるのを発見した。
たぶんオーガという魔物だと思う。
見かけた時からずっと気になっていて。
ほぼ毎日のように観察はしている。
きっと今もあそこに佇んでいるに違いない。
「ディラシックの街中に、孤立している『見えるもの』がいました」
いつ見てもそこにいて、動きはない。
よく見ると向こう側が透けて見えるので、実体もない。
もちろん、クノン以外には見えていないようだ。
何から何まで、クノンの背後にいるカニのような存在……
魔術師たちに憑いている「見えるもの」と同種に思えた。
ちなみに魔力も感じないので、精霊とも違うと思う。
だが、先の理由から接触はしていない。
あくまでも距離をおいて見るだけだ。
爆散したら大変だ。
案外触れた自分の方が爆散するかもしれない。そうなったら大変だ。
「それだ! そいつをどうにかしに行こうぜ!」
ゼオンリーが色めきだった。
どうにかしに行く、とは。
まあ、ほかに言いようもないが。
「これからですか?」
「俺には時間がねぇんだよ!」
「ダリオ様は? もう寝てるんじゃ?」
「ちょっと行くだけだ、問題ねぇだろ! 夜の散歩としゃれ込もうぜ!」
「えぇ……」
それはまずいだろう、とクノンは思った。
ゼオンリーについては、最悪彼が怒られて減俸になるだけなので、まだいいとしても。
クノンだって門限があるのだ。
それに夜遊びは大人の紳士の嗜み。
クノンにはまだ早い。
だが渋るクノンに、ゼオンリーは真面目な声で囁いた。
「――あいつが一緒だと試せねぇだろ? おまえの目については誰にも話せねぇんだから」
「……」
「やるなら今しかねぇんだよ。
もし何かあった時、俺がいたら対処できる可能性は高いだろ。
それとも何か? おまえはこの機会を逃して、次の機会を待つつもりか?
言っておくが、今後俺がディラシックまで来る機会はないかもしれねぇ。それでもやらないのか?」
そう言われると、心が揺れる。
クノンだってやりたくないわけではない。
ずっと気になっているのだ。
――確かにゼオンリーの言う通りなのだ。
師がいる今なら、ある程度の危険はどうとでもなるだろう。
クノンだけでは手に負えない事態になっても、彼がどうにかしてくれるはずだ。
クノンの「鏡眼」は誰にも話せない。
はっきり言ってしまえば、国家機密に等しい。
その辺の事情がある以上。
「鏡眼」に関わる協力者は、ゼオンリー以外いないのである。
今のところは。
将来的にはわからない。
だがそれにしたって、何年先の話になるやら。
そう。
この機会を逃せば、次の機会はいつになるかわからない。
「……すぐ帰ってきましょうね」
結局クノンは、好奇心の誘惑に負けた。
「よし、さっさと行くぞ」
こうして男二人は、夜のディラシックに繰り出す――





