181.同じである
昼まで自分の教室で過ごしたクノンは、シロトの手紙に応じることにした。
「調和の派閥」が拠点としている、背の低い塔へ向かう。
それとなく身だしなみを整えてから。
三派閥のリーダーは、皆だいたい忙しい。
ただ会うだけならまだしも、多少時間を取る場合は、前もって約束を取り付ける必要がある。
今回は呼ばれてすぐだった。
だからこそ、クノンは問題なくシロトと会うことができた。
「えっ!? デートのお誘いじゃないの!?」
まあ、出会い頭にそんな発言もしたが。
――拠点の中にある食堂で話をすることにした。
昼食を出してもらいつつ、二人でテーブルに着く。
パンとスープという簡素なメニューである。
だが今重要なのは、「何を食べるか」ではなく「誰と食べるか」である。
なんだかんだと接点はあったが。
シロトとゆっくり話をする機会は、実はあまりなかったのだ。
いつも何かをしながら……主にクノン周辺の片づけをしながらだったし、二人きりになることもほとんどなかった。
まあ、周囲に「調和」の生徒がいるので、今も二人きりではないが。
「午前中おまえの教室に行ったんだが、不在だった。だから書き置きを残しておいた」
メモ書きでも良かったとは思うが。
几帳面なシロトは、ちゃんと封筒に入れた。
便箋も封筒もメモ用紙も常に持っているので、特に手間ではない。
「シロト嬢が直接来たんですか……すみません、ちょっと用事があって」
商売があるので、基本的に午前中は自分の教室にいるクノンである。
だが、今日はセララフィラの相談もあり、少しばかり留守にしてしまった。
その間にシロトが来たようだ。
三派閥のリーダーは忙しい。
なのに、わざわざ彼女が来た。
それはつまり――
「シロト嬢が直接来るほどの用事って……やっぱりデートのお誘いでは?」
「デートか。時間が惜しくてそんなのやってられないな」
クノンの軽口に、真顔で応えるシロト。
どこまでも真面目な彼女らしい返答である。
「あ、もしかして男の僕から誘うのを待ってるとか? 僕の紳士が仕事をするのを待っているとか?」
「紳士はよくわからんが、誘われても応じないぞ。
――それよりクノン、少し私の話をさせてほしい」
「シロト嬢の話……?」
クノンは首を傾げた。
「これまで好きになった男性の話とか?」
「してもいいが、すぐ終わるぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。皆無だからな」
期待通りな気もするし。
それはそれで少し寂しい気もするし。
まあ、とにかく。
シロトは恋愛事にはまるで興味はないようだ。
「話を戻すが――私もおまえと似たようなものだ」
そう言って、シロトは左手で右の二の腕を触った。
長袖の服の上からである。
その仕草に、特に違和感はない。
――真意のわかる者にしか、わからない。
「生まれつきだ。おまえの目も生まれつきと聞いている」
クノンの表情が、少し引き締まった。
こんな話をされるとわかっていたら、シロトの男性遍歴なんて聞かなかったのに。
真面目な話くらいクノンだってできるのだ。
いつもはアレであっても。
――シロトを一目見て、すぐにわかった。
彼女の右腕は、ない。
いつも長袖の服を着ているので、傍目にはそうは見えない。
どんな仕掛けで右腕を再現しているのか。
パッと見ただけでは、実際は右腕がないことなんて、わからない。
だが、ないものはないのだ。
そしてシロトは、クノンがそれに気づいていることを、知っていた。
おいそれと触れてはならない問題だと、クノンもちゃんと理解していた。
自分がそうであるがゆえに。
だから、おくびにも気にする素振りなど見せなかったはずだが。
しかしそれでも、シロトは知っていた。
「新王国って『英雄の傷跡』に対して対応がきついと聞いたことがありますが……」
ヒューグリア王国や聖教国セントランスでは、「英雄の傷跡」は歓迎される特徴だが。
国が違えば常識が違う。
文化も違う。
シロトの祖国である新王国では、「魔王の呪い」と呼ばれているそうだ。
あまり歓迎されないのだとか。
「そうだな。まあ小さい頃は色々あったが、今はどうでもいい」
彼女の発言は本当にどうでもよさそうだった。
だが、本音は彼女しか知らないこと。
クノンはその辺には触れず、シロトの言葉の続きを待つ。
「私が魔術師として発現したのは七歳の頃だ。周囲の反応もあり、当時は己の境遇に不満と不安しかなかった。
魔術師の証が身体に現れてすぐ、私は家出同然に国を出た。
そしてディラシックにやってきたんだ」
「え? 七歳で?」
「家にいたら売られていたと思う。『魔王の呪い』だが魔術師だ、買い手は腐るほどいただろうな」
「……」
「おまえでもそんな顔をする時があるんだな。面白くもない話をしてすまないが、頭から話した方がきっと早いんだ。
ここからが本題だと思ってくれ。
あと私の過去は本当に気にしなくていいからな。
おまえと同じだ。ある程度は克服した。だから今は、それと同じくらい大事な問題がたくさんある。
いつまでもこだわってなどいられないからな」
クノンは「わかりました」と頷いた。
――シロトの言い分は、確かにクノンの内情と似ていたから。
「目玉」は今でもほしい。
魔術の全ては、その目的へ向かっていると言っても過言ではない。
だが、ある程度克服している現状。
「目玉」とは関係ない、違う疑問や問題も、同時に気になっている。
魔術そのものが好きになっている。
「目玉」のための魔術ではなく。
魔術のための「目玉」と言えるようになってしまった。
執着はしているが、固執はしていない。
簡単に言えばそんな感じである。
「それで、本題とは?」
「うん」
シロトは少しだけ声を潜め、囁くように言った。
「――クノン。おまえは造魔学というものを知っているか?」
その言葉を認識した瞬間。
「まさかっ……!」
クノンは眼帯の下で、驚きに目を見開いていた。
造魔学。
それは、魔術により新たな生命を創るという、禁忌の一つである。





