180.秘密の地下温室
秘密の地下温室。
クノンとセララフィラに緊張感が生まれた。
秘密と付くだけで際立つ、あやしさといかがわしさ。
そして否定できない一匙のときめき。
まさか聖女に限って。
そう思いつつも、とんでもないことを聞かされるんじゃないかと内心身構える。
「冗談のように聞こえるかもしれませんが、必要に迫られている面もあるのです」
そんな二人の緊張になど気づかない聖女は、いつも通りだ。
これまで通り、なんでもないことのように続けた。
「要するに栽培スペースが足りなくなったのです」
と、彼女は教室を見回した。
所狭しと並ぶ鉢植えには、青々と元気な植物たちが背を伸ばしている。
「ここにある植物全てが、それなりの値段が付く貴重な物ばかりです。でもこれ以上増やすのは難しくなってきました」
そこまで言われて、クノンも理解した。
「なるほど。栽培スペースか」
――ここ以外で育てる場所がない、という単純な話である。
今は霊草シ・シルラを始め、滅多にお目に掛かれない薬草なども育てているのだ。
ここにある植物、捨て値でさばいても二千万くらいにはなると思う。
借家の庭先で育てるには、貴重なものが多すぎる。
これは間違いなく泥棒が狙ってくる額だ。
だから、新たな栽培スペースがほしい。
その場所の候補に地下を選んだ、と。
そういうことだ。
クノンは聖女から「温室が欲しい」とだけ聞いていたのだが。
漠然とした希望ではなく、明確な目的があったようだ。
――もしちゃんとした温室が欲しいと言われれば、クノンはセララフィラを手伝って温室作りに参加するつもりだった。
それも楽しそうだ、と思っていたのだが。
「学校で新しく教室を借りることもできるんじゃないの?」
「もう相談しましたが、この近くに空き教室はないそうです。移動する時間も惜しいので、近場にあるのが理想的です。
しかしよくよく考えると、別に学校内に栽培スペースがある必要もないと気づきました」
今住んでいる家の庭は、すでに植物が溢れている。
もうどうやっても増やすのは難しいだろう。
何しろ家の中にも溢れているくらいだ。
使用人も「もうこれ以上は……」と散々言われた。
広い家に引っ越したいという要望も、使用人たちに断られた。
教皇経由で「使用人を困らせてはダメだよ」と直々の手紙が来たので、これは諦めるしかない。
そこで聖女が目を付けたのは、地面の下だ。
庭の地下に部屋を作り、そこで育てるのはどうだろうか。
そんな発想に辿り着いた。
そこなら無理なく毎日通えるし。
自分で面倒を見るから、使用人たちの負担も掛からない。
「最近、秘密裏に薬草や植物の栽培を頼まれることも増えました。依頼者への守秘義務もあるので、誰も知らない栽培場所が欲しかったのです」
地下室に関しては、使用人たちの許可も下りている。
聖女の趣味も実益も兼ねているが。
何より、仕事に関わるという面が大きかった。
加えて今は聖教国からの霊草・薬草の要望もあるので、新たな栽培スペースはむしろ必須だった。
流れからクノンとセララフィラには話したが。
今後は関係者以外に教えるつもりはない。
ゆえに、秘密なのだ。
「必要なことは、穴を掘る。整地する。固める。
これらは簡単な土魔術でどうにかなると聞いています」
土魔術は土に作用する。
岩に穴を掘るのは大変だが、土に穴を空けるのは簡単だ。
もちろん整地も固めるのも、初歩の魔術である。
「特殊な仕掛けは考えていません。地下に部屋を作るだけの仕事になります」
――まだ聖女のことをよく知らないだけに、セララフィラには若干話が通じていない部分もあるが。
しかし、割のいい仕事のようだ。
話を聞く限りでは、素直にそう思えた。
さっき言っていた報酬も、収入源のない今は非常に魅力的である。
「詳しいお話を聞かせていただけますか? わたくしはまだまだ未熟なので、特に何をすればいいのかをちゃんと確認したいのですが」
「わかりました」
――二人が前向きに話し出したので、クノンはその場を辞することにした。
ここから先は、聖女とセララフィラの仕事の話。
あくまでも仲介でしかないクノンがここに残り、話を聞く権利はない。
仕事の内容も気にはなるが。
だが、出過ぎるのは紳士的じゃない。
そう考え、クノンはそっと聖女の教室を後にした。
「……『結界』か」
教室を出たところで、クノンはまたあの疑問を思い出す。
先日、クラヴィスが使用した「結界」のことだ。
さっきも確認したが、やはり、聖女のそれとそっくりだった。同じものにしか感じられなかった。
同じなのか?
しかしクラヴィスは男である。
聖女しか使えない「結界」を使えるはずがない。
数日間悩んできた疑問が、また頭の中を駆け回る。
答えが出るはずもないのに、考えるのを辞めることはできない。
まるで呪いのようだ。
とっくにセララフィラと聖女のことも忘れ去り、考えながら自分の教室へ向かう。
と――
「あれ? シロト嬢?」
教室の外に設置した伝言用ポストを流れ作業で確認すると、手紙が届いていた。
気になる差出人の名は、シロト。
「調和の派閥」代表シロト・ロクソンだ。
去年なんだかんだとお世話になった人である。
主に部屋の片付け方面で。
「なんだろう」
気になったので、すぐに封を破って中身を確認する。
手紙にはたった一行。
「話したいことがある。」とだけ書いてあった。
「――なるほどね」
クノンは思った。
デートの誘いか魔術の相談だな、と。
どちらにしても魅力的で楽しそうなので、午後には会いに行くことにした。





