161.最後の頼みの綱
2022/7/10修正しました。
2022/7/8 「魔術師クノンは見えている」書籍2巻が発売されました。
よろしくお願いします。
ディラシックは魔術師の多い街である。
魔術師を中心に発展してきただけに、従来の街とは違うところも多い。
たとえば、店。
魔術師しか欲しがらないようなアイテムを扱う店は少なくない。
要するに専門店である。
一般人にはただのガラクタ。
しかしその道のプロからすれば、お宝である。
それと同じ理屈だ。
世間一般では早すぎる時刻である。
だが、ディラシックならば、普通に営業している喫茶店や軽食屋がある。
魔術師は朝昼夜の概念で動かない者が多いからだ。
実験していれば時間は不規則になる。
睡眠時間も削れ、当然食事の時間も定まらなくなる。
そういう魔術師事情に店側が合わせた結果。
この時間でも開店しているのだ。
朝も早くからクォーツ家の執事ルージンに捕まったクノンは、近くの喫茶店に連れてこられた。
「僕はルッコン茶を」
席に着きつつ。
クノンは案内した従業員に、流れるように注文した。
――こいつ注文するのか、とルージンは思った。
セララフィラが行方不明の今。
心配のあまり、飲み物も食べ物もなかなか受け付けなくなっている老執事である。
いや。
店に入った以上注文しない方が失礼だろう、と考えを改めた。
店に入った。注文する。
普通のことである。
「冷たいのと温かいの、どちらにしましょうか?」
「そうだなぁ、冷たいのと温かいのの間くらいで」
――こいつこんな面倒臭い注文もするのか、とルージンは思った。
セララフィラが行方不明で、心配のあまり満足に眠れない老紳士である。
だが魔術師に合わせてきた店である。
こんな面倒な注文でも、従業員は「かしこまりました」と普通に受け入れた。
いや。
この柔軟性は自分も見習うべきだ、と考えを改めた。
不測の事態は臨機応変に対処する。
大事なことである。
「あとクッキーみたいな小さい甘味みたいなのないかな」
――更に注文するのか、とルージンは思った。
セララフィラが行方不明で、心配のあまり甘味など……
まあ、もうこの際細かいことはいいだろう、と考えを改めた。
「今だけは同席をお許しください」
「あ、お気になさらず。ここでの僕はただの魔術学校の生徒ですから」
使用人と貴族の息子。
本来なら同席など許されない。
だが、ディラシックで身分にこだわる者など、ごく少数である。
「ありがとうございます。失礼いたします」
クノンの許可を得て、ルージンはクノンの正面に座った。
「ルージンさんは何にします?」
「では同じ物を」
「ここはパフェがおいしいですよ」
「お気遣いありがとうございます。しかし仕事中ですので」
従業員を追い払うように即答し、早速本題に入ることにした。
「それで、セララフィラお嬢様のことですが」
「はい。あ、彼女もパフェ好き?」
「どうでしょうな。甘味は好みますが。それで――」
「そっか。今度誘ってみようっと」
「……ええ、それで、お嬢様のことなのですが」
「大丈夫ですよ。僕は紳士なので、何度か彼女と会ってから誘うか、二人きりでは来ませんので」
「…………」
――やりづらい、とルージンは思った。
クノンのことは調べてある。
本人を知る者たちに「実際どんな人なのか」と聞き取りもした。
全員、言葉は違うが。
総じて「やたら軽い男の子」と言っていた。
これは確かに噂通りだ。
羽毛のごとく軽い男の子だ。
「知ってます? ここだけの話、ここのパフェって時々聖女が卸してる果物を使ってるんですよ。彼女の作物は本当に出来がいいから」
そんな話はどうでもいい。
「あの、クノン様。お話を遮ってしまい恐縮なのですが、どうか私めの話を先にさせていただけないでしょうか?」
よろしくお願いします、と頭を下げた。
――是が非でも、渋るようなら少々脅してでも話を聞こうと思っていた。それだけの覚悟をしてきた。
だがこれは、違う方向性だ。
違う方向性で話しづらいタイプだ。
むしろ友好的だし、むしろおしゃべりもできる子だ。
むしろ情報収集しやすい相手である。
しかし。
どうでもいい情報は自ら話すのに、一番欲しい情報が手に入らない。
そこを意図しているわけもないだろうが、今のルージンは本当に、無駄話をしている余裕はないのだ。
「あ、そうですか。セララフィラ嬢の話でしたっけ?」
ようやく。
やっと本題に入れそうだ。
「え? セララフィラ嬢の居場所?」
ほぼ二週間だ。
ルージンはこの時を、ほぼ二週間待っていたのだ。
毎日のようにクノンがディラシック郊外へ行くから、どうしても捕まえられなかったのだ。
それで約二週間だ。
「はい。もう何日も家に帰っておりませんので、探しているのです。
何日も帰らない、などとお嬢様から聞いておりませんでしたので……何か事件にでも巻き込まれたのはないかと、心配で」
その二週間で、クノンのことを調べたのである。
たとえばクノンに手紙を残すだの。
一緒に住んでいる使用人に伝言を残すだの。
どうしても繋ぎを取るためなら、そんな手段も当然思いついた。
だが、事が事である。
貴族の娘が行方不明だなんて、家名を傷つける可能性が非常に高い。とてもデリケートな問題なのだ。
だから形に残る証拠、手紙は残せなかった。
使用人への伝言は……あの使用人は危険だと判断した。
近隣住人の噂話や家庭内トラブルを、目を輝かせて聞いていたあの女。
あれはきっと口が軽い。
あの手の使用人は、黙っているよう言いつけるのではなく、知らせないようにして扱うのがいいだろう。
だから言えなかったし、接触もしなかった。
色々と考えた結果。
あまりに難しく繊細な問題だと思ったがゆえ、ルージンは自分でクノンを捕まえるしかなかったのだ。
――幸い、セララフィラの居場所はわからないが、行方不明の原因はわかっている。
だからこそ、危険自体はないと思っている。
……そう思わないとやってられなかった、というのもあるが。
心労と心配。
後々クォーツ家に残る瑕疵。
セララフィラの未来。
おまけに、自分が付いていながら、入学早々の大事件である。
もはやすでに。
ルージンは、大恩あるクォーツ家に顔向けできない状況にあると思っている。
真剣に考えたら衝動的に首を吊ってしまいそうだ。
「確か『調和の派閥』と一緒に素材集めの旅に出たはずですよ」
――それは知っている。
そこまでは知っているのだ。
そこまでしか知りようがなかったのだ。
ルージンが知りたいのは、そこからの続報だ。
「セララフィラお嬢様は、あなたに会った翌日からいなくなりました。
恐らく学校関係者で最後に長くお話したのは、あなたです。
何でも構いません。どうかセララフィラお嬢様のことを教えてください。
特に、あなたと会って何を話したのか。
そしてあなたはお嬢様と話した後どうしたのか。
無関係だと思われることでも構いません。
何でも教えてください。もしかしたら関係しているかもしれません。どうか、どうか」
ルージンは必死で頼み込んだ。
この眼帯の少年。
彼こそ、ルージンの最後の頼みの綱なのだ。
彼から何も聞けないようでは、そこで情報は途絶える。
なんでもいい。
なんでもいいから、情報を聞き出さねば――
「うーん。セララフィラ嬢のことかぁ」
クノンは腕を組み、しばし黙り、言った。
「『調和』の人にセララフィラ嬢の面倒を見るよう頼んだのは僕だけど、今の居場所まではなぁ」
――おまえのせいか、とルージンは思った。
セララフィラが行方不明になった原因は、きっとそれである。
どうやら最後の頼みの綱は、犯人と直結していたようだ。