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145.幕間 聖女の悩み事





 聖女レイエスは悩んでいた。


 そう、悩んでいた。

 感情面に欠落があるせいで、悩むことなどあまりなかったのだが。


 しかし、確かに悩んでいた。


「私ならお酒ですけどね」


 侍女ジルニが言う。


 彼女は酒好きなので、彼女への贈り物ならそれ一択だろう。

 悩むとすれば、本数か銘柄くらいだ。


「私は花束でいいと思いますが。レイエス様が育てた花なら尚更です」

 

 侍女フィレアが言う。


 それが無難なのだろう、とレイエスも思う。

 現に、小さい頃からずっとそれを贈っていた。


 野生の花を摘むだけでいいので、手間は掛かるがお金は掛からない。

 基本的にお小遣いも給料も貰っていないレイエスには、お手軽なのである。


 ――今までは、勧められればそのまま従っていたのだが。


「なんだか違う気がします」


 レイエスは、それではいけないと思っていた。


 そう。

 だからレイエスは悩んでいた。





 野菜の多い朝食を済ませ、レイエスは庭に出た。


 借りた当初は広かった借家の庭先は、今や大変にぎやかだ。


 青々と茂る緑。

 色取り取りに咲き誇る花々。


 借りた時は閑散と、そして広々としていた庭である。

 だが今は窮屈である。


 おびただしいと言えるほどに、レイエスが植えた植物や作物が広がっているから。


 なお、レイエスは更なる植物の拡張を望んでいる。

 もっともっと庭の広い家に引っ越したいなと思っている。 


 そして、それを必死で侍女たちに止められている。

 世話が大変だからこの辺を上限にしてくれ、と言われている。


 ――まあ、そんな些事はさておき。


 庭に出て目に付く雑草をむしりながら、聖女はやはり悩んでいた。


 もう時間がない。

 そろそろ決めないと、間に合わない。


 だが、これといったものが決まらない。


 何を候補に考えても、これはちょっと違うと、思ってしまう。


「――レイエス様、時間ですよ」


 ジルニに声を掛けられて、レイエスは学校へ向かうため立ち上がった。





 レイエスが学校へ行く支度をしている頃、侍女二人は玄関前で待機していた。


 護衛のための同伴だ。

 学校まで送り届けるのも仕事の内なのである。


 ちなみに、帰りは一人である。


 当初こそ迎えにも行っていたが。

 聖女が実験に――植物を中心として魔術にのめり込んできた頃から、帰る時間がまちまちになってきたため、そういうことになった。


 何せ泊まりもあるくらいなのだ。


 ――聖教国からは、使用人以外の護衛もこの魔術都市に潜り込んでいるので、特に問題はない。


「そんなに悩むことなの?」


 ジルニとしては、悩む理由がわからないくらいなのだが。


 レイエスの感情は、顔にも態度にもほとんど出ない。


 その彼女が、よくよく見れば。

 ずっと何事かを悩んでいるように見え出したのは、最近のことである。


「ちょっと難しいのよ」


 ジルニには隠しているが。

 輝女神教の信者であるフィレアは、レイエスの悩みを理解している。


「教皇様への誕生日プレゼントでしょ? 酒でいいじゃない」


 そう。

 もうすぐ聖教国教皇アーチルド・セントランスの誕生日なのである。


 現在のこの家の経済状況は、かなり良い。


 入学当初こそ財政難に陥っていた。

 だが時が経つにつれ、家計簿から赤字は完全に消え失せた。


 今やだいぶ余裕があるくらいだ。


 聖女が作り過ぎた野菜も、近くのレストランと個人契約で取引している。

 出来が良いおかげで高値で売れているのである。


 世間的に「魔術師は儲かる」という定説はある。

 聖女レイエスもその例に漏れず、説を証明した形となった。


 常に命懸けで戦い食いつないできた冒険者ジルニとしては、羨ましい限りだ。


「それこそ、滅多に見ない高い酒とか贈ればいいのに」


「あの方はあまり呑まないという話よ」


 正確には、あまり呑まないし安酒を好むのだ。

 

 だが、フィレアはアーチルドとは面識がない――ということになっている。


 だからあまり正確かつ明確なことは言えないのだ。


「変わってるよね。一国のトップが高価な物や贅沢品を避けてる、って」


 フィレアからすれば当然なのだが。


 教皇と呼ばれようとも、神の前ではただの一信者に過ぎない。

 アーチルド本人が説教をする際によく言う言葉だ。


 輝女神と信者への約束であり、己の戒めでもあるのだろう。

 だから言葉にもするのだろう。


 ――だからレイエスも悩んでいるのだ。


 親しい大司教のように、毛皮の衣類が好きとか、そういう嗜好でもあればわかりやすいのだが。


 教皇アーチルドは、本当に清貧だ。


 高価な物は好まない。

 酒も安酒をほんの少し。

 式典や接待以外の食事だって、その辺の庶民より質素かもしれない。

 物を大切にするので、身の周りの物も長年愛用のものばかり。


 そんな人に何を贈れば喜んでくれるのか。

 レイエスの悩みはそこにある。


 毎年花束ばかり贈っていたレイエスだが――


 魔術学校に入学してから、明らかに、レイエスの感情や情緒が成長している。

 良いか悪いかは別として、成長している。


 そんなレイエスは、毎年花束を贈っている。

 教皇アーチルドへの誕生日プレゼントは、毎年そうだった。


 だが、今年は違う。


「なんの花束を贈ろうか、贈るための花を育てなければ」と迷ったところから、レイエスの中に疑問が生じたのだ。


 ――贈るものは本当に花束でいいのか、と。


「あの子の影響だよね?」


「恐らく」


 友人がレイエスに言ったそうだ。


 ――この開発は大切な人に上げるための物でもある、と。


 恐らくあの軽口ばかりの男の子の言葉だろう。

 レイエスはそこに、贈る側から受け取る人への気遣いを、確かに感じたのだとか。


 だから悩んでいるのだ。


 これでいいのか、と。

 果たして、何も考えず花束を贈り続けることが、自分の気持ちの証明になるのか、と。


「まあ、私は大いに悩めばいいと思うわ」


 何事にも関心を向けず、人のことさえ無関心だったレイエス。

 そんな彼女が、誰かのためを想い、悩んでいる。


 ――決して悪いことではないと、フィレアは思っていた。


 たとえ何をプレゼントに選ぼうとも、教皇アーチルドなら、きっと喜んでくれるはずだ。













「決めました。私は教皇様に、お尻のラインが綺麗に見えるパンツを贈ります」


「ちょっと待ってください」


 帰ってくるなり宣言したレイエスに、フィレアは待てと答えた。


 何があった。

 何があってパンツを選んだ。


 いや確かにアーチルドは喜ぶだろう。

 レイエスが選んだものなら、その辺に落ちてる石や小枝だって喜ぶだろう。


 だが、なぜパンツ。

 なぜよりによってパンツ。

 しかもお尻のラインを気にしたパンツを選んだ理由はなんだ。


「あ、いいじゃんパンツ」


「ジルニは黙ってて」


「デリケートな部分に接触する消耗品だし、いいパンツって結局使い心地もいいし」


「ジルニ」


「あと、パンツのラインって一回気にし出すと案外ずっと気になるしね。自分のも他人のも」


「ジルニ!」


「え、ダメ? ほんとに悪くないと思うけど」


 確かにパンツは大事だ。

 実用面で考えたら悪くない気はする。


 だが、パンツなのだ。

 どんなに利便性を語られようと、パンツはパンツなのだ。


 娘同然の年齢のレイエスから。

 父親か、あるいは祖父の年齢になるアーチルドへ贈る誕生日プレゼントとして。


 果たしてそれは正解なのか?


 ――フィレアにはわからなかった。


 だが、このまま見過ごしていいかも、判断ができなかった。




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― 新着の感想 ―
野菜の詰め合わせとか乾燥させて保存食にするとかリンゴとかブドウとかもいけるんだからそれで酒作るとか色々あるでしょうよ! なんなら綿花とか桑の木育てて蚕育てるとか花あるんだから養蜂とかね?! パンツは…
このエピソード大好きなんだよねwまさかのパンツwww
[一言] いや無難に育てたブドウでワインを造って贈るとかにしない? ……今回は時間が足りないだろうけどさ……
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