09.月日は流れる
時は平等である。
貴人だろうと悪人だろうと、今は永遠には続かない。
月日は流れる。
人の想いも、個々の事情も、日々の研鑽もお構いなしに。
「――また資料が届きましたよ」
「――うん」
本、書類、紐で結わえた写本、お小遣い帳等々。
テーブルの上どころか、それらは床にまで広がり、部屋の半分がそれらに占領されている。
最低限の整頓しかされていないが、この部屋の主は、どこに何があるのか全てを把握している。
魔術に没頭し始めて、約二年。
クノン・グリオンは九歳になっていた。
二年が経ったが、生活自体はあまり変わっていない。
離れ暮らしはそのままだ。
午前中の座学は続いているし、午後は魔術と剣術の訓練。
日課の風呂の用意もちゃんとこなしている。
ただ、大きく変わったのは、文字を覚えたことだ。
クノンの夢あるいは野望は、父アーソンと許嫁ミリカ、そして魔術の先生ジェニエの応援もあり、今も継続されている。
魔術で視界を得ること。
未だ達成されてはいないが、クノンは諦めずに努力を続けている。
次々に届けられる本や資料は、主にミリカとジェニエからである。
依然として何がどう作用するのかわからないので、水の魔術に関わるものはどんどん送ってもらっている。
夜は、それらの本と資料を読む時間に当てられるようになった。
気が付いたらテーブルで寝ていて、侍女にベッドに運ばれるという毎日が続いている。
「何か気になる記述はありました?」
と、侍女はクノンが目を通した書類や本を片付けつつ問う。
「ん? うん、そうだなぁ……」
次の本を手にしたクノンは、最近頭に入れた情報を整理しつつ、応えた。
「水見式占術に火影占術、水晶膜にガラス膜、使い魔、悪魔との契約、水煉華、魔鏡、水鏡、虹色魚の鱗、……辺りが気になるけど」
その内、「使い魔」と「悪魔との契約」はなしだ。
気にならないと言えば嘘になるが、あまりにも代償とリスクが高すぎるようなので、これらは関わるべきではないと決めている。
「占術、っていうと、占いですか?」
「そうだよ。水見式は、呪術的な加工を施した器に水を張って、そこに知りたいことを見せるみたい。失せもの探しとか未来を見るとか遠くを見るとか、そういうのを占うんだって」
「え、じゃあ私がどこかで失った若さと青春の輝きとかも見つかります?」
「大丈夫。イコは若いしまだまだ青春どまんなかだよ」
「いやあ、私も歳取っちゃいましたよ?」
「大丈夫だよ。こんなに綺麗な使用人、この世に二人といないって」
「んもう、見えないくせにぃ」
はっはっはっ、と笑い合う二人。
――人によっては評価が真っ二つくらいに分かれるかもしれないが、この二年で、クノンはとても明るくなった。
「で、そのなんとかセンジュツで、私のお婿さんとか見つかりませんかね?」
「大丈夫だよ。イコみたいないい女は男が放っておかないよ。あーあ、僕が侯爵家の次男じゃなければ嫁にほしかったなぁ」
「んもうっ、十歳以上年上を捕まえて何言ってるんですか!」
あっはっはっ、と笑い合う二人。
――望むべきか望まざるべきか。
クノンは少し明るくなり過ぎたかもしれない。
「――うん、大変よろしい!」
元々は身体作りが目的だった素振りだった。
だが、いつからか東虎流剣道術のオウロ師匠からは、ちゃんとした剣術を習うようになっていた。
思いのほかクノンに素質があることを見極めたからだ。
「クノン君は本当に筋がいい。同い年くらいの子なら、そう簡単には負けませんぞ」
「本当ですか? 見えないのに?」
「うんうん。ちゃんと剣術がやれておりますよ。見えずとも勘はいいし、いざという時は割と戦えると思いますぞ」
――いや、本当はちゃんと剣術がやれているわけではないのだが。
だが、他と比較できない環境にあるクノンは、今自分が学んでいるそれが普通だと思っている。
剣術というよりは杖術寄りだし、そもそも打ち合うことを想定していないので、一般的な剣術とは大きくかけ離れている。
「いいですか? しつこいようですが、基本の型さえ身に付ければ応用はあとから付いてくるもんです。ひたすら型を繰り返すのです。反射的に出せるほどに。無意識でも出せるほどに。寝ていても出せるほどに。
そこまでやって、ようやく実戦でほんの少し実力が出せるのです。その時に後悔しないようにとことんやりなさい」
「はい」と返事をしながら全然聞いていないクノンは、ひたすら型の素振りを繰り返した。